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#29 予言の勇者(二人目)

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 ジアンナさんと一緒に第四聖人ジル殺害の容疑をかけられている俺たちがいざ脱獄したとして、目下問題はどうやって王都まで行くかということだった。徒歩で行けない距離ではないがそれでは間に合わない。
 俺たちにとって不運だったのは逮捕は白昼のそれも往来でおこなわれたことだった。人のうわさはそれが悪いものであればあるほど風のような速さで広まっていくものだ。第四番聖都で助けを得るのは難しいだろう。

「そこの兄やんらあ、ちくとえいろうか」

 建物を抜け出し、俺たちを捜索する騎士たちを撒いてどうにか入り口付近まではきたものの、さすがに門はしっかりと封じられてネズミ一匹外に出すものかという様相だ。
 俺たちをとらえようとする声はすぐそばまで迫っている。もう一度捕まれば二度とこの街を出るチャンスはこないだろう。
 せっかくここまできたのに。歯噛みする俺たちに声をかけてきたのが彼だった。

「いらちな連れやき、すっと行きよる。俺はあいたぁがおらんと右も左もわからんきに、ちくとおたずねしますが、王都はどがぁ行きよったらえいですろうか」

 すごく失礼なことだけど、街道に捨てられたときの俺みたいだなって思った。もしかしたらあの時よりひどいかもしれない。
 金に近い髪はぼさぼさで、目を隠すまでになっている。どれくらい切っていないんだろう、申し訳程度に紐でくくってあるけど正直あんまり意味を感じない。ひげは伸び放題だし、服は数日以上は洗っていないように見えた。だからかちょっと臭い。
 それでいて彼には隠しきれない風格のようなものがあるのだった。たとえるなら、民衆に扮した王太子みたいな。

「拝見いたします」
 ジャンくんはにっこりと笑って自称迷子の青年から地図を受け取った。正体を明かしただけなので見た目は「ラアルさん」のままである。たしかにあったのに、やっぱり銀の髪のきれいな女の子にしか見えない。表情もしぐさも、本当に完璧に「女の子」なんだよね。
 だからか、ラアルさんの説明をうける迷子青年の頬がうっすらと染まっていた。気持ちはわかるけど、その子はれっきとした男の子だからね! ちゃんとついてるからね!

「俺は昔から地図と数字が苦手ですき、助かりました。ほにほに、逆さに見ちょったわけですか、どうりで」
 あはは、と迷子くんが笑った。ジャンくんに礼を言い、それからおもむろにジャンくんの手をとる。なんだか嫌な予感。

「おまさん、まっこと綺麗なおなごやにゃあ。あのう、俺と結婚してください」
「お気持ちは大変うれしいのですが、わたくしは修道の身。どうかご容赦を」

 さらっと出てくるあたりに場慣れを感じる。そういえばジアンナさんのこともしばしばそうやってかわしてたなと俺は思いだした。
 ところで一般に流通している地図の規格として方位が必ず記入されているのが普通だ。彼の地図にももちろんあった。そのうえで逆さに見てたってどういうことなんだろう。
 くり返すようだけどしかし、俺たちは追われている身だ。すごく急いでる。同じくらい不安ではあるけれど必要なことは彼に教示したし、彼に別れを告げようとした。そして見てしまったのである。迷子くんがなぜかジャンくんの示した方向とは逆に歩き出すのを。
 なんでそうなんの!?

「待って待って!」

 俺はあわてて迷子くんを追いかけて言った。なぜそっちになるのかとたずねると、彼はふしぎそうに首をかしげて曰く。
「ほうなが? こっちやち言いよったがろう」
「そうじゃなくて、地図、また逆さになってますけど!?」
 逆さにしたら左右も逆になっちゃうじゃん。また迷子になっちゃうじゃん。
 このたぐいの人は地図を工夫して読もうとするわりに方向の修正をしなくて、そのうち面倒になってどんどん勘にまかせて動くから余計迷子になるんだよね。まったくもう。ぷりぷりしながら教えていたときだった。

「あ、いたぞ!」

 まあそうなるよね。
 彼まで巻きこんじゃうし、俺とジャンくんは今度こそ行こうとしたのだけども、なぜか迷子くんまで俺たちと一緒になって逃げだす。角を曲がり、俺は彼に言った。
「きみは関係ないでしょ!? なんできみまで俺たちと逃げるわけ!?」
「やまった! けんど、そちらのおなごに名前を聞いちゃあせんきに」
 迷子くんが照れ照れと頭を掻く。それからどれくらい四番聖都内を走り回っただろう。地の利は圧倒的に向こうが勝ってるし、ようやく身をひそめることに成功したものの、俺たちは会話もできないほどだった。

(やっぱり夜にすればよかったかな)
 何がしんどいって、追手もそうだけど往来にいるひとたちが追手の騎士に俺たちの去った方向を教えていくんだよね。だからせっかく撒いたと思ってもすぐに見つかってしまう。第四番聖都そのものが追手というか。
「ところでおまさんら、どういて逃げゆう? なんちゃあしよったがか?」
「王都に行くためです」

 俺は彼に、とある誤解で濡れ衣を着せられていること、助け出したい人がいることを説明した。その間に足音がまた近づいてくる。右からも、左からも。
 みんな地元だから潜みそうな場所の見当がつきやすいんだろう。もうだめかもしれない。重石のいくつもつけられているような足を、それでも上げようとしたときだった。
 いたぞ、あそこだ。追手の怒号があたりに響き、どっと人数がふくれあがる。

「ほいたら、ちくと失礼します」

 迷子くんは落ち着いたもので、俺の手に地図を握らせると、俺たちに王都の場所を念じていてほしいと頼んだ。呪文の詠唱とともに淡い光と、地面のなくなったような感覚が足底に起こる。たとえるなら空間がそこだけ液状化して、頭から呑まれるみたいだった。

(転移魔法)
 ざわりと俺の背中を寒気にも似た何かが走りあがる。俺は逃げ出したいような気持ちで迷子くんを見た。もしかして、このひと。
 だけどそれは叶わない。次の瞬間、俺たちは文字通り、その場から姿を消してしまったからだ。


        *


 初めてその噂を聞いたとき、そんなバカなと思ったのを覚えている。とある地点から移動に数日以上要する別の地点に一瞬で移動する。そんなことができるのは神々だけだと思っていた。
 五大聖人すら持ちえない奇跡のような領域を、しかしとある大義名分のもととくべつに許された人間が、地上には存在する。それが『勇者』。ただし、だからといってすべてが習得できる奇跡ではないのは、まあ見ての通りである。

「俺一人だと座標がうまく定まらざったきに。助かったぜよ」
 信じられないことだけど、そこはたしかに王都だった。正しくは王都を目前とした道上だったけど。
「かわりに俺は治癒系はようせんねや」
 ユグノ・ハイゼンベルグ。それが第二聖人リルケの予言した勇者の名だった。


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