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#10 悪役令嬢・イン・クロスオーバー

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 一度に手放すとかえって荷物になるのではという勇者くんのアドバイスをうけ、ひとまずわたしは機動性最悪なドレスを換金することにした。そのお金で、服装を一般的な装いに改める。それでも結構なおつりができちゃったけど。
 ルウイの特大攻撃魔法をサヨナラホームランしたあと、わたしたちはその隙に逃げ出したのだけども、その後ルウイが追撃に来る様子はなかった。警戒して退いてくれたのならめっけもんだ。なにしろ当のわたしたち自身も、何が起きたのかよくわかっていない。

「髪も切っちゃおうかなあ」

 わたしは一つにまとめた髪をひと房、手に取った。結い方で調整の利く範囲の長さではあれ、何かの状況で不利にならないとも限らない。屋敷にいたときはメイドさんたちが全部やってくれたけど、管理するにはやや面倒な長さだ。それなら価値のあるうちに売っちゃった方がよくない? 髪なんてどうせまた伸びるんだし。
 って思ったんだけど、勇者くんはまるで、明日から太陽は西から昇りますよとでも聞いたような顔で真っ青になった。

「そ、そんなにきれいな髪なのに!? いえ、ジアンナさんならどんな髪型でも似合うと思いますけど……」

 だんだん語尾が弱くなっていって、最終的に勇者くんはうつむいてしまう。お散歩に行きたい! って目をキラキラさせながらハーネス持ってきてはみたけど、あっお忙しいですか……? あっやっぱりいいですお気遣いなく…、みたいな感じでそろそろと後退していく大型犬をわたしは思い出した。
 思い出しつつ、考える。
 勇者くんに言われて気づいたけど、厳密にいえばこの体はわたしのものじゃないんだよなあって。前世を思いだす今朝までわたしはたしかに「ジアンナ・ゲイル」という人間で、記憶も意識も継続してるのだけども、こう、何となく「借り物」感ができるよね。

「なんか、おなかすいちゃったな」

 とりあえず髪のことは保留にして、わたしは勇者くんの意見を求めてみる。そうですねと勇者くんが言い、ちょっと遅いランチをとることにした。ねんのため現場からやや離れたお店に入り、わたしたちは席に着く。

「マントは洗って返すよ。香水のにおいとかついちゃったし」
「えっそれって何か悪いんですか?」

 注文して料理を待つ間に言うと、勇者くんがきょとんとした。して、まもなく何かに気づいたようにじわっとその顔が赤くなる。
「勇者くん?」
「いえ、その、…気にしないでください。亡くなった祖母がこしらえてくれたもので、高価なものじゃないので……」
「なおさらだよ。よかった、破れたりしなくて。大事なもの借りちゃったね、ありがとう」
 かえって洗わなくてよかったかもしれないとわたしは内心で冷や汗をかいた。おばあちゃんの手作りなんて、文字通り世界に一つしかないやつじゃん。むしろ形見じゃん。うっかり破りでもしたらそれこそおわびできないやつだった。

「それであの、…ずっと気になってたんですけど」

 勇者くんはしばらく物思うようにマントを見つめたあと、けれど身に着けることなく、いそいそと荷物の中にしまった。コホ、と軽く咳払いをし、居住まいを正すようにする。
「俺、アレクといいます。アレク・ブレイデン。女性に名前をたずねておいて、俺の方こそ、紳士じゃなかったですね」
「アレクくん」
 わたしは復唱した。はい、と勇者くんが返事をするのへ、もう一度くりかえす。

「アレクくんだね。うん、覚えた」
「ふぁっ」

 勇者くん改めアレクくんがなぜかしゃっくりをした。びっくりして見ると、顔が赤くなっている。
「な、なんでもないです。ちょっと呼吸の仕方を忘れちゃっただけで」
 それって普通に大丈夫じゃないのでは?
 と思ったけれど、料理が届いたので食事を開始した。メインはピザやパン、肉料理といった顔ぶれで、ケチャップに似た辛めのソースがたっぷりとかかっている。テーブルには酒類がよく出ているようだったから、そちらに合うようにしてあるのかもしれない。

(アレクくん、おいしそうに食べるなあ)

 残念ながら「ジアンナ」は少食なので、わたしはサラダの小皿だけでおなかがいっぱいになってしまった。それでこのプロポーションなのだから、神様は不公平である。
「そういや、魔女が現れたんだって?」
 ちょうどわたしの座っている席の後ろのテーブルだった。アレクくんから視線を転じないまま、わたしは聞き耳をたてる。
 魔女って、まさかわたしのこと?

「世界中で勇者の予言がなされて二十年。ついに現れたんか、『静暁せいぎょうの魔女』が」
「すさまじい火炎魔法だったそうでねえか。予言の通り、世界は焼き尽されちまうってことか」
「何言ってんだ、おめえら。魔法使ってたのは男だったで。そりゃあ、そこらの女なんかよりよっぽど美人な男だったが」

 ジアンナさん? とアレクくんが呼んだ。よっぽど顔色が悪いのか、お水までもらってくれている。わたしは「なんでもないよ」と返した。
 空耳でなければ、いま、なんか不穏な単語が聞こえませんでしたか?
(せいぎょうのまじょ?)
 わたしは正面の、元気よく食事を続けているアレクくんにおそるおそるたずねた。テーブルに新しい料理が増えている。

「つかぬことをおたずねしますが、このあたりに聖暁教会ってあるかな」
「聖暁教会?」

 アレクくんが首をかしげる。どうやらアレクくんには、後ろのテーブルの話が聞こえていなかったようだ。かえって都合がいいかもしれない。わたしはさらにたずねる。
「わたしね、ハドリ・ハワーズっていうところからきたんだけど、…地図でいうとどのへんなのかな」
「ハドリ・ハワーズ?」
 ますますアレクくんが目をぱちぱちさせた。そうして懐から出して見せてくれた地図を見、今度はわたしが言葉を失う。

「“スタンシア・ツアチヌク”」
 それがこの国の名前だった。
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