8 / 55
#7 「ごきげんよう」くらい言っときませんか
しおりを挟む
曰く。
邪悪が復活せしとき地上に生まれる勇者とは、実は世界各地にいて、それぞれ地域の予言者が予言するそうである。五大聖人と呼ばれる偉い人に予言された勇者もいれば、地図にも載らないような村の小さな教会で予言された勇者もいる。勇者くんは、後者の勇者だった。
「俺は、…これ以上強くなれないんです」
言いながら、勇者くんがチンピラたちの怪我を魔法で癒した。そのうち目覚めるとのことなので、わたしも勇者くんに続いて歩き出す。
聞きたいことはあったけど、勇者くんの空気がそれを拒んでいるのを感じた。ので、黙って歩き続ける。いくばくか歩くうち、「さあ」と勇者くんが前方を指さした。
「あれがイドの町ですよ」
「…荷物を換金したいんだけど、そういう店ってあるかな」
古い町らしく、入り口が門になっている。勇者くんによると、このあたりでは昔しょっちゅう戦があったので、たいていの町や村は略奪からの自衛のため壁や柵に囲われているのだそうだ。野盗や獣の侵入を防ぐこともできる。
ツタの這うクラシックな壁の向こうに赤い屋根の町なみが見えた。やれやれ、やっと着いたよ。
ありますよ、と勇者くんが言った。曰く、イドの町は国や大きな街を結ぶ街道の中間点に位置するので、規模の割に人や物の出入りが多いということだった。旅の準備をととのえたり情報を仕入れるなら絶好の場所ということだ。
なんかますますRPGゲームみたいだなとわたしは他人事のように思う。わたしもそんなに数やってるわけじゃないけど、最初の村出てそこそこ操作に慣れてくるとあるじゃんね、そういう町が。『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』なんていかにもなタイトルだけど、本格RPG系の乙女ゲームだったんだろうか。機会があればプレイしてみたかったな。
町にはいったので、わたしは歩きながら荷物をさぐった。大きな宝石のついたネックレスをとりだし、勇者くんにさしだす。
「ありがとう。よかったらこれ、もらってくれないかな。たぶん、売ればそこそこ値段つくと思うんだけど」
宝石のことはよくわからないけど、ジアンナの私物だから本物だろう。二桁カラットは確実にあるはずなので、お礼にはじゅうぶんだと思いたい。
けれど勇者くんはおそろしげにネックレスを荷物の中に押し戻した。
「だ、だめですよ!」
「あ、やっぱ足りない?」
「そうじゃなくて! こんなところでそんなものを出しちゃだめですって! あとお礼とか気にしないでください、俺もたまたまここに寄るつもりだったんで」
口早に言う勇者くんの視線を追うと、人びとのなかにさっきのチンピラみたいな風体の連中が混ざっている。こちらを値踏みするようなそれらの目つきに、わたしは彼の言いたいことを理解した。
そういえば、同じ理由でマントを貸してくれたんだったよね。どこの世界でも「私は金持ちですよ」と示して得になることは何ひとつないということだ。
「でも――」
続けようとして、突然、わたしの視界がぐるっと回転する。周囲の悲鳴と我先にと逃げ出す人々を視界にとらえながら、わたしは我知らず息を止めた。
勇者くんの腕の中に閉じ込められていた。否、この表現は正しくない。勇者くんをクッションにして、わたしは地面をバウンドしていた。
「ご、ごめん、勇者くん!」
衝撃はあったけど、体重二人分を受けた勇者くんに比べたら小さなものだ。建物の壁を背にして座りこんでいる勇者くんにあわてて声をかけると、怪我はないかと逆にいたわられてしまった。
わたしは己を恥じた。
わたしはといえば、ひょろっとした印象あったけど胸板厚いなあとか着痩せする人なんだなあとか、勇者くんの腕の中でのんきにときめいていたのだ。主人公でもないくせにな。
「俺は、平気です」
それより、と勇者くんが指をさす。
大きさは猫の頭部ほどだろうか、路面を穴がえぐっていた。ちなみに勇者くんとわたしがついさきほどまでいた位置である。
「ひえっ」
わたしは思わず勇者くんに身を寄せた。古そうな石畳の路面が黒く焦げついて、なおシュウシュウと煙をふいている。勇者くんが気づかなかったら、わたしの胴部にはさぞかし風通しのいい穴が空いていたことだろう。
「やあ、ジアンナ」
偶然に出合った知人に話しかけるような気安い口調で、往来のど真ん中に穴をあけた迷惑な犯人は言った。やわらかそうなハチミツ色の髪と瞳に、「あ」とわたしは予感する。キーワードはカラー主張のうるさい美青年。貴公子らしく仕立てのよさそうな上下に身を包んだ彼は「ルウイ」と名乗る。
聖なる獣の化身さまの一人だ。貴公子名乗るなら嬢をつけろよデコ助野郎。
逃げ惑う人々にかまわず、ルウイはもったいぶった動作で前髪をかきあげた。アンケートをとったら「女がウザいと思う男のしぐさ」トップ5に余裕でランクインしそうなものだけども、美青年で貴公子なのでむしろ違和感がない。その周囲に、さながら火の玉のような火球がふよふよ浮かんでなかったら、もっとしっくりきていただろう。
「きみを、殺しにきたよ」
淑女をダンスに誘うような口調で、ルウイは宣言した。
邪悪が復活せしとき地上に生まれる勇者とは、実は世界各地にいて、それぞれ地域の予言者が予言するそうである。五大聖人と呼ばれる偉い人に予言された勇者もいれば、地図にも載らないような村の小さな教会で予言された勇者もいる。勇者くんは、後者の勇者だった。
「俺は、…これ以上強くなれないんです」
言いながら、勇者くんがチンピラたちの怪我を魔法で癒した。そのうち目覚めるとのことなので、わたしも勇者くんに続いて歩き出す。
聞きたいことはあったけど、勇者くんの空気がそれを拒んでいるのを感じた。ので、黙って歩き続ける。いくばくか歩くうち、「さあ」と勇者くんが前方を指さした。
「あれがイドの町ですよ」
「…荷物を換金したいんだけど、そういう店ってあるかな」
古い町らしく、入り口が門になっている。勇者くんによると、このあたりでは昔しょっちゅう戦があったので、たいていの町や村は略奪からの自衛のため壁や柵に囲われているのだそうだ。野盗や獣の侵入を防ぐこともできる。
ツタの這うクラシックな壁の向こうに赤い屋根の町なみが見えた。やれやれ、やっと着いたよ。
ありますよ、と勇者くんが言った。曰く、イドの町は国や大きな街を結ぶ街道の中間点に位置するので、規模の割に人や物の出入りが多いということだった。旅の準備をととのえたり情報を仕入れるなら絶好の場所ということだ。
なんかますますRPGゲームみたいだなとわたしは他人事のように思う。わたしもそんなに数やってるわけじゃないけど、最初の村出てそこそこ操作に慣れてくるとあるじゃんね、そういう町が。『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』なんていかにもなタイトルだけど、本格RPG系の乙女ゲームだったんだろうか。機会があればプレイしてみたかったな。
町にはいったので、わたしは歩きながら荷物をさぐった。大きな宝石のついたネックレスをとりだし、勇者くんにさしだす。
「ありがとう。よかったらこれ、もらってくれないかな。たぶん、売ればそこそこ値段つくと思うんだけど」
宝石のことはよくわからないけど、ジアンナの私物だから本物だろう。二桁カラットは確実にあるはずなので、お礼にはじゅうぶんだと思いたい。
けれど勇者くんはおそろしげにネックレスを荷物の中に押し戻した。
「だ、だめですよ!」
「あ、やっぱ足りない?」
「そうじゃなくて! こんなところでそんなものを出しちゃだめですって! あとお礼とか気にしないでください、俺もたまたまここに寄るつもりだったんで」
口早に言う勇者くんの視線を追うと、人びとのなかにさっきのチンピラみたいな風体の連中が混ざっている。こちらを値踏みするようなそれらの目つきに、わたしは彼の言いたいことを理解した。
そういえば、同じ理由でマントを貸してくれたんだったよね。どこの世界でも「私は金持ちですよ」と示して得になることは何ひとつないということだ。
「でも――」
続けようとして、突然、わたしの視界がぐるっと回転する。周囲の悲鳴と我先にと逃げ出す人々を視界にとらえながら、わたしは我知らず息を止めた。
勇者くんの腕の中に閉じ込められていた。否、この表現は正しくない。勇者くんをクッションにして、わたしは地面をバウンドしていた。
「ご、ごめん、勇者くん!」
衝撃はあったけど、体重二人分を受けた勇者くんに比べたら小さなものだ。建物の壁を背にして座りこんでいる勇者くんにあわてて声をかけると、怪我はないかと逆にいたわられてしまった。
わたしは己を恥じた。
わたしはといえば、ひょろっとした印象あったけど胸板厚いなあとか着痩せする人なんだなあとか、勇者くんの腕の中でのんきにときめいていたのだ。主人公でもないくせにな。
「俺は、平気です」
それより、と勇者くんが指をさす。
大きさは猫の頭部ほどだろうか、路面を穴がえぐっていた。ちなみに勇者くんとわたしがついさきほどまでいた位置である。
「ひえっ」
わたしは思わず勇者くんに身を寄せた。古そうな石畳の路面が黒く焦げついて、なおシュウシュウと煙をふいている。勇者くんが気づかなかったら、わたしの胴部にはさぞかし風通しのいい穴が空いていたことだろう。
「やあ、ジアンナ」
偶然に出合った知人に話しかけるような気安い口調で、往来のど真ん中に穴をあけた迷惑な犯人は言った。やわらかそうなハチミツ色の髪と瞳に、「あ」とわたしは予感する。キーワードはカラー主張のうるさい美青年。貴公子らしく仕立てのよさそうな上下に身を包んだ彼は「ルウイ」と名乗る。
聖なる獣の化身さまの一人だ。貴公子名乗るなら嬢をつけろよデコ助野郎。
逃げ惑う人々にかまわず、ルウイはもったいぶった動作で前髪をかきあげた。アンケートをとったら「女がウザいと思う男のしぐさ」トップ5に余裕でランクインしそうなものだけども、美青年で貴公子なのでむしろ違和感がない。その周囲に、さながら火の玉のような火球がふよふよ浮かんでなかったら、もっとしっくりきていただろう。
「きみを、殺しにきたよ」
淑女をダンスに誘うような口調で、ルウイは宣言した。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。
小説家になろうでも公開している短編集です。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~
りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。
ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。
我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。
――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。
「はい、では平民になります」
虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる