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#7 「ごきげんよう」くらい言っときませんか

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 曰く。
 邪悪が復活せしとき地上に生まれる勇者とは、実は世界各地にいて、それぞれ地域の予言者が予言するそうである。五大聖人と呼ばれる偉い人に予言された勇者もいれば、地図にも載らないような村の小さな教会で予言された勇者もいる。勇者くんは、後者の勇者だった。

「俺は、…これ以上強くなれないんです」

 言いながら、勇者くんがチンピラたちの怪我を魔法で癒した。そのうち目覚めるとのことなので、わたしも勇者くんに続いて歩き出す。
 聞きたいことはあったけど、勇者くんの空気がそれを拒んでいるのを感じた。ので、黙って歩き続ける。いくばくか歩くうち、「さあ」と勇者くんが前方を指さした。

「あれがイドの町ですよ」
「…荷物を換金したいんだけど、そういう店ってあるかな」

 古い町らしく、入り口が門になっている。勇者くんによると、このあたりでは昔しょっちゅう戦があったので、たいていの町や村は略奪からの自衛のため壁や柵に囲われているのだそうだ。野盗や獣の侵入を防ぐこともできる。
 ツタの這うクラシックな壁の向こうに赤い屋根の町なみが見えた。やれやれ、やっと着いたよ。
 ありますよ、と勇者くんが言った。曰く、イドの町は国や大きな街を結ぶ街道の中間点に位置するので、規模の割に人や物の出入りが多いということだった。旅の準備をととのえたり情報を仕入れるなら絶好の場所ということだ。

 なんかますますRPGゲームみたいだなとわたしは他人事のように思う。わたしもそんなに数やってるわけじゃないけど、最初の村出てそこそこ操作に慣れてくるとあるじゃんね、そういう町が。『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』なんていかにもなタイトルだけど、本格RPG系の乙女ゲームだったんだろうか。機会があればプレイしてみたかったな。
 町にはいったので、わたしは歩きながら荷物をさぐった。大きな宝石のついたネックレスをとりだし、勇者くんにさしだす。

「ありがとう。よかったらこれ、もらってくれないかな。たぶん、売ればそこそこ値段つくと思うんだけど」
 宝石のことはよくわからないけど、ジアンナの私物だから本物だろう。二桁カラットは確実にあるはずなので、お礼にはじゅうぶんだと思いたい。
 けれど勇者くんはおそろしげにネックレスを荷物の中に押し戻した。

「だ、だめですよ!」
「あ、やっぱ足りない?」
「そうじゃなくて! こんなところでそんなものを出しちゃだめですって! あとお礼とか気にしないでください、俺もたまたまここに寄るつもりだったんで」

 口早に言う勇者くんの視線を追うと、人びとのなかにさっきのチンピラみたいな風体の連中が混ざっている。こちらを値踏みするようなそれらの目つきに、わたしは彼の言いたいことを理解した。
 そういえば、同じ理由でマントを貸してくれたんだったよね。どこの世界でも「私は金持ちですよ」と示して得になることは何ひとつないということだ。

「でも――」
 続けようとして、突然、わたしの視界がぐるっと回転する。周囲の悲鳴と我先にと逃げ出す人々を視界にとらえながら、わたしは我知らず息を止めた。
 勇者くんの腕の中に閉じ込められていた。否、この表現は正しくない。勇者くんをクッションにして、わたしは地面をバウンドしていた。

「ご、ごめん、勇者くん!」

 衝撃はあったけど、体重二人分を受けた勇者くんに比べたら小さなものだ。建物の壁を背にして座りこんでいる勇者くんにあわてて声をかけると、怪我はないかと逆にいたわられてしまった。
 わたしは己を恥じた。
 わたしはといえば、ひょろっとした印象あったけど胸板厚いなあとか着痩せする人なんだなあとか、勇者くんの腕の中でのんきにときめいていたのだ。主人公でもないくせにな。

「俺は、平気です」

 それより、と勇者くんが指をさす。
 大きさは猫の頭部ほどだろうか、路面を穴がえぐっていた。ちなみに勇者くんとわたしがついさきほどまでいた位置である。
「ひえっ」
 わたしは思わず勇者くんに身を寄せた。古そうな石畳の路面が黒く焦げついて、なおシュウシュウと煙をふいている。勇者くんが気づかなかったら、わたしの胴部にはさぞかし風通しのいい穴が空いていたことだろう。

「やあ、ジアンナ」

 偶然に出合った知人に話しかけるような気安い口調で、往来のど真ん中に穴をあけた迷惑な犯人は言った。やわらかそうなハチミツ色の髪と瞳に、「あ」とわたしは予感する。キーワードはカラー主張のうるさい美青年。貴公子らしく仕立てのよさそうな上下に身を包んだ彼は「ルウイ」と名乗る。

 聖なる獣の化身さまの一人だ。貴公子名乗るなら嬢をつけろよデコ助野郎。
 逃げ惑う人々にかまわず、ルウイはもったいぶった動作で前髪をかきあげた。アンケートをとったら「女がウザいと思う男のしぐさ」トップ5に余裕でランクインしそうなものだけども、美青年で貴公子なのでむしろ違和感がない。その周囲に、さながら火の玉のような火球がふよふよ浮かんでなかったら、もっとしっくりきていただろう。

「きみを、殺しにきたよ」
 淑女をダンスに誘うような口調で、ルウイは宣言した。

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