潦国王妃の後宮再建計画

紫藤市

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四十 赤鴉宮-夜深

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(明日は午前中にそん妃の取り調べがあるけど、午後からはまた西にしよんぐうの様子を見に行くことにしようかしら。出不精なばく兄様がとくがくかん再開のために頑張るんだから、わたしだって後宮再開のためにできることからしなくちゃ。でも、そのできることってのがなにかがまだわからないけれど、まずはゆう王家に取り憑いている呪いをどうにかするべきなんでしょうね)

 寝支度を終えたれんは、寝台の上できんに髪を梳かしてもらいながら翌日の予定を頭の中で組み立てた。

(そもそも、誰が游王家を呪っているのかしら。いま呪われているのがじゅん様だけなのかどうかもよくわからないけれど、呪いに詳しそうな方士を王宮に呼ぶっていうのもあまり得策ではないわよね。これまで游王家が呪われていたことは秘密にされていたわけだし、りょうにはごうを方士だと紹介してしまったし、もし轟では手に負えそうにないから他の方士を呼んでみてはどうかと提案した際に現れた方士がめいてんしゅうの息がかかっている者ならますます都合が悪くなるし)

 なぜこの呪いが長年放置されてきたのか。
 蓮花は游王家の祖先たちに文句を言いたくなった。

(そういえば、夢の中でねいねいがなにか言っていたわよね。あの夢の中にはなぜか轟もいたけれど、あれはきっと轟が隼暉様の息子だったからね。甯々は呪いについてなにか名前があるようなことを言っていたような気がするわ。あれは確か――)

 瞼を閉じて記憶の奥の奥に手を伸ばそうと、蓮花はこめかみに指を当てる。

「…………
「砥がどうしたって?」

 ぱっと蓮花が目を開くと、稜雅が臥所に入ってくるところだった。

「砥って、なぁに? 人の名前?」

 蓮花は質問に質問を返した。

「砥氏は、あれだろう。游の前にこの辺りを支配していた一族だ。王は名乗っていなかったが、かなり有力な豪族だったはずだ。俺の先祖が砥氏を倒してそくを手に入れたんだ」
「豪族……その砥は倒されてどうなったの?」
「歴史書によれば滅んだそうだ。砥氏は游の軍勢と激しい戦いの末、血が絶えたんだそうだ」

 王族とはいえ、稜雅は歴史書以上の知識を持ち合わせていないらしい。

「ふうん」

 豪族だったのか、と蓮花は納得した。
 游氏に土地を奪われた滅びた豪族であれば、游を呪わずにはいられないだろう。
 ろう国はかつては束慧に都を置いてはいなかった。束慧よりも北の荒れた土地を国土としており、南下して領土を拡大した。その過程で束慧は潦国の都となり、潦国は現在のように発展した。束慧は豊かな都市だが、北方はいまだに貧しい地域が多く、北から束慧に移ってくる民は多い。人口が束慧に集まれば北方は過疎地帯となり、貧富の差が激しくなるという悪循環だ。
 父であるきょうが、なんとかして北方の地域に人が戻るよう産業を作れないかと頭を痛めていることを蓮花は幾度となく聞いていた。

「……絶えているのね」
「一応はそういうことになっている。うじを変えた末裔は生きているだろうが、砥を名乗っている者はいないそうだ。国外ではもしかしたらいるかもしれないが、どうだろうな。それで、砥氏についてなにか気になることがあるのか?」
「砥ってなにかしらって気になっていたの」
「どこで砥の名を聞いたんだ? いまではその名を口にするのは歴史家くらいだろうに」

 游王族の前では口にするのもはばかられる氏なのだろう。
 戦いの勝者は游氏なのに、なぜか砥氏の名が伏せられるということは、それだけの理由があるはずだ。

「夢で聞いたの」
「夢?」
「甯々が、そう言ってたの」

 蓮花が正直に答えると、稜雅は目を丸くした。

「甯々は喋るのか?」

 普通の猫ではないのでもしかしたら喋るかもしれない、と稜雅は一瞬考えたらしい。

「喋らないわ。だから、夢なのよ」

 くすっと蓮花が答えると、稜雅は「そうか」と苦笑した。
 いつの間にか芹那の姿が消えている。
 部屋の外から甯々がふぎぃと抵抗するような鳴き声を上げているので、どうやら芹那に連れ出されたらしい。

「――――昼間、西四宮を見て蓮花はどう思った?」

 稜雅は寝台の上に腰を下ろすと、蓮花の顔を覗き込みながら尋ねた。

「あそこを住めるように修復するのは時間とお金がかかりそうだと思ったわ。篤学館と違って、後宮を再開すると宣言すれば使えるようになるものではなさそうね。ちょうちゅんぐうも思ったより酷い荒れようだったし、一年や二年でどうにかなるものでもないようだわ」

 自分の目で確認し、蓮花は現実として認めるしかなかった。
 後宮に妃をたくさん集めて君臨するのは、そう簡単ではなさそうだ。
 妃のための殿舎であるのだから荒れていても住めれば良い、というものでもない。

ひがしよんぐうはなんとか十日ていどで片付けられる被害だったから蓮花をすぐに呼ぶことができたが、こう殿でんには西四宮以外にも使えない殿舎がいくつもある。反乱軍が攻め入った影響だけではなく、以前から王家の財政が厳しくて修繕ができていなかったらしい」

 建物は完成すると、後は傷んでいく一方だ。数年単位で繰り返し修理が必要となるのは、王宮も貴族の邸宅も同じである。
 稜雅は蓮花を抱き寄せると耳元に唇を寄せて囁いた。

「大臣たちが言うには、王家は火の車だそうだ。妃はひとり以上は娶るなと言われた。俺は蓮花以外の妃は貰うつもりはないから構わないと答えたが、もし蓮花との間に……子ができなければ」
「大臣たちって他に心配事がないのかしら。自分たちが陰謀に巻き込まれて失脚するんじゃないかとか、新しい王の不興を買って地方に飛ばされたりしないかとか、新しい王がやっぱり王なんて面倒だから辞めるって言い出すとか」
「……ないんだろうな」
「お気楽ねぇ」

 首筋にかかる熱い吐息を意識しながら、蓮花はぼやいた。
 灯台の油が少なくなってきたのか、炎が小さくなる。
 稜雅は破顔しながら蓮花を寝台の上に押し倒した。

「そうか。俺が王を辞めて君と一緒に王宮を出て行けばいいだけか」
「別に一緒に出て行かなくてもいいのよ」

 薄暗い部屋の中で、蓮花の存在を確かめるように稜雅は両手で妃の頬を掴む。

「一緒に出て行く。君が嫌だと言っても、王を辞めても、君の夫であり続けたい」
「王を辞めたらなにをするの? なにか仕事をしないと、食べてはいけないわよ」
「そうだな」
「わたしができる仕事ってなにかしら」
「蓮花は、俺よりさきに仕事を見つけそうだな」

 唇が重なり、会話が一端途切れる。

「新しい仕事は、王を辞めるまでに決めておいてね」
「わかった。考えておく」

 ふっと灯台の炎が消え、夜の帳が部屋を包んだ。

「あ、でも、妃を辞めたら後宮で君臨する野望が達成できなくなるわ」
「後宮を再開できたとしても、妃は君ひとりだけどな」
「まぁ、そうねぇ」

 瞼を閉じながら、蓮花は埒も無いことを考えるのを止めた。
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