いまは亡き公国の謳

紫藤市

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第六章 再会

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「送ってくれてありがとう。本当に助かった」
 宿泊先である司祭館までクロイゼルに馬で送ってもらったジェルメーヌは、館の門扉の前で馬から下りた。
 真夏だというのにつばの広い帽子を被り、厚い外灯を羽織っているため蒸し暑い。深夜で外灯がほぼないとはいえ、ロレーヌ公国公子が夜更けにひとりで戻るところを見られては都合が悪いため、クロイゼルに無理矢理着せられたのだ。
 声を潜めているとはいえ、門番に聞こえるとも限らないため、ジェルメーヌは女言葉を止めた。
「いや、こちらこそ感謝する。貴方が説得してくれなければ、どうなっていたことか……」
 言い淀んだクロイゼルの態度から、彼がステファーヌを持て余していたことが伺い知れた。お姫様育ちの公子など、どのように扱えば良いのかわからなかったのだろう。
「クロイゼル。頼むから、男爵には内密に事を進めてくれ。彼らには彼らの計画があるだろうが、実行するのは君だろう?」
「多分そうなるはずだ。男爵らは万が一計画が失敗することを恐れて、公子殿にはできるだけ近づかないようにしているのだ」
「では、好都合だ」
 トロッケン男爵らがどこまでクロイゼルを信頼しているかはわからないが、ステファーヌの傍にいるのがクロイゼルならば彼を利用しない手はない。
(わたしを誘拐犯から救ってくれたということは、別に悪党というわけでもないようだし)
「近況は手紙で知らせてくれるとありがたい。こちらがプラハに着く時期も知らせる。わたしは明日か明後日にはここを発つ予定だが、あちらこちらを視察しながらの旅だから、早々にプラハには着かないはずだ。弟もかなり遅れて到着することになるだろうが、それも決まり次第知らせる」
 ステファーヌたちには、フランソワよりも先にプラハに到着してもらわなければ、ジェルメーヌとの入れ替わりが成立しない。ロレーヌ公国嫡嗣としては、できるだけ早くカール六世に謁見するため、フランソワは一行と合流し次第、皇帝の宿泊先へ向かう予定だ。
「手紙の遣り取りは難しいかもしれないが、なんとか連絡する手段を考えておこう。あと、公女殿はくれぐれも気をつけて。二度と、ひとりでは出歩かないことだ。どうもあなたは危なっかしすぎる」
「わかった」
「私を信用し過ぎるのも止めておくべきだ」
「なぜ?」
 帽子を持ち上げ、ジェルメーヌは上目遣いに相手を見つめた。
「私が公女殿を助けるのは、あなたがこちらの計画に必要な駒だからだ。公女殿が不要となれば、私はあなたを見捨てるだろう」
「――忠告、心に留めておこう」
 この男がそこまで非情になれるものだろうか、と考えつつ、ジェルメーヌは頷いた。
 わざわざ口に出すということは、いざというときに迷いが生じないよう、彼自身が自分に言い聞かせているようにも思えた。
「しかし、プラハにあの子を連れてきてくれるという約束は、信じて良いのだろう?」
「もちろん」
 門扉の灯りがほのかに届く通りの片隅で、クロイゼルは頷いた。
「すべて上手くいったあかつきには、君を雇うよう父に頼んでやる。貴族に取り立ててやることはすぐには難しいかもしれないが、もしあの子が父の後を継ぐことになれば、君は功労者として出世させてやるよ」
「……期待している」
 公女の口約束などあてにならないと考えたのか、素っ気なくぼやくと、クロイゼルは馬に跨がった。
「では、プラハでまた会おう」
 ジェルメーヌが軽く手を振ると、クロイゼルは「早く館に入れ」と言わんばかりに顎をしゃくった。
 仕方なく、ジェルメーヌは司祭館の門扉へと駆け出す。
 通りには人影はない。
 夕方の誘拐犯は果たして何者だったのか。
 疑問は頭の中で渦巻くものの、答えを出すには手掛かりが少なすぎた。
(狙われているのがロレーヌ公国公子なら、わたしがステファーヌと入れ替わる前になんとかしてしまいたいものだけれど)
 ジェルメーヌが門番に声を掛けると、初老の門番はすぐに門扉を開けてくれた。
 石畳を靴音も高らかに玄関まで走り、ジェルメーヌは扉を叩く。
 振り返ると、司祭館を取り囲む柵の向こう側に、馬に跨がったクロイゼルの姿が影となってぼんやりと浮かんで見えた。
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