いまは亡き公国の謳

紫藤市

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第六章 再会

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「ジェルメーヌ……どうしてここにいるの? それにその格好は……」
 燭台を手にしたクロイゼルが近づいてきて初めて、ステファーヌはジェルメーヌの格好に気付いたようだ。目を丸くして、ジェルメーヌの服に触れる。質素な服というだけではなく、ジェルメーヌが明らかに男装していることに驚いたらしい。
「いつもは公子らしく着飾っているのだけれど、今日はお忍びで町を散策していたものだから、こんな格好なの。ステファーヌこそ、どうしたのよ」
 ジェルメーヌに抱きつかれたステファーヌが苦しそうに咳き込んだため、彼女は腕をゆるめると、まじまじと相手の姿を観察した。
 ロレーヌで最後に見たときよりも幾分痩せており、顔色も悪い。白い寝間着姿のせいもあるかもしれないが、気怠げな様子だ。腰まで伸びていた髪は肩甲骨辺りで切られている。
 ジェルメーヌが長い髪を器用に結い上げてリボンに絡ませ、肩甲骨辺りまでの長さに見えるようにしているのとは大違いだ。これでは、ロレーヌに帰った際、髪を結うのに苦労することになりそうだ。
「男の子みたいね」
「……一応、男だからね」
「そうだったわね。ところで、ミネットは? 一緒ではないの?」
 ステファーヌと一緒に姿を消した侍女のミネットは、当然ステファーヌに付き添っているものだと考えていた。
 びくっとステファーヌの身体が震え、強張った顔で唇を噛み締める。
「別の部屋に閉じ込めてある」
 ジェルメーヌの疑問に答えたのはクロイゼルだった。
「公子殿を逃がそうとして剣を振り回して騒ぎを起こしたものだから、怪我をしたんだ。命に別状はない」
「……本当に生きているかどうか、わかったものじゃない。わたしに会わせようとしないじゃないか」
 吐き捨てるようにステファーヌが呟く。
「侍女が傷を負ったのを見た公子殿が激高して暴れたものだから、隔離してあるだけだ」
 言い訳がましくクロイゼルが告げる。
「ステファーヌ。これはどうしたの?」
 ステファーヌの左手首の包帯に気付いたジェルメーヌは、抑揚のない声音で尋ねた。
「――ちょっと、怪我をしただけ」
 うつむいてステファーヌがぼそぼそと答える。
「公子殿は侍女の事件と、直後のその怪我があって以来、食事をらなくなった。水もほとんど飲まず、絶食を続けて今日で三日目だ」
 ため息交じりにクロイゼルがジェルメーヌに耳打ちする。
「これが、あなたの言っていた問題ってこと?」
「そうだ」
 クロイゼルが大きく頷く。
 確かにこれでは、ステファーヌとフランソワ公子をすり替えることはできない。
 痩せ細ったステファーヌは、すっかり面変わりしており、もしフランソワ公子としてプラハへ辿り着くことができたとしても、カール六世に気に入ってもらえるかどうかは微妙だ。それ以前に、戴冠式の途中で倒れでもすれば、ロレーヌ公国の恥となる。
 トロッケン男爵らに必要なのは、完璧な姿をしたロレーヌ公国の公子だ。
「確かにこれは、深刻な問題ね」
 ジェルメーヌが顔を顰めたとき、部屋の扉を叩く音が響いた。
 さきほどの男が、盆の上に料理を載せて運んできたのだ。
 クロイゼルはそれらを受け取ると、顎で男を追い払い、自分で料理を手早く円卓の上に並べる。
「公女殿、腹が空いたのだろう? 食べるといい」
 ひとり分にしては多い食事は、パン、焼いた肉、揚げた魚、茹でたじゃいも、人参など様々な物が大きな皿の上に乗っていた。どうやら公子の好みがわからないため、すぐに調理できるものをひとまず作ったようだ。
 分厚い肉には濃厚なソースがたっぷりとかかっており、白い湯気が立っている。
「あら、気が利くわね。ありがとう。ねぇ、ステファーヌも食べましょうよ」
 できるだけ声を弾ませながらジェルメーヌがステファーヌの手を引くと、相手は首を横に振った。
「わたしはいらない」
 のない声でステファーヌは答える。
「お腹を空かせたままでは、怪我は治らないし、ミネットは助けられないじゃないの」
 ひとまずステファーヌから手を離すと、寝台から滑り降りたジェルメーヌは料理の方へと向かった。
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