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「それにしても、とても可愛らしい黒猫さんでしたね。」

 カルシファーに抱きかかえられたセレスティーナを残念そうに見送るフォン宰相。
 そんなフォン宰相の後ろにスッと人影が現れた。
 
「あら。フォン宰相が猫がお好きだったなんて知りませんでしたわ。」

「そうですか?私は無類の猫好きですよ。美味しそうにご飯を食べている姿も、そっけない態度も、ツンと澄ました態度も、用事があるときだけ甘えてくる姿も私にとってはどれも魅力的です。もちろん、貴女様よりも、ね。」

「まあ。焼けてしまいますわね。」

 フォン宰相は振り返らずに淡々と告げる。
 猫に対する情熱を語るときは声に熱が籠っていたが、最後に付け加えた言葉には一切の熱は籠っていなかった。逆に怜悧な刃物を思わすほどの冷たさを纏っている。
 
「作られた美しさと作られた外向きの儚くしおらしいお姿。どれも好ましくはありませんからね。」

「まあ!言ってくれるわね。私が美しくないとでも?」

「ええ。化粧で覆い隠された素顔はとても醜いものだと想像ができます。でなければ、そんなに厚化粧をする必要はないでしょう。特殊メイクの域ですよ、それ。」

 女は美しい顔を歪ませた。
 皺ひとつない女の顔はまるで作り物のようにも見える。
 
「……3時間かけていますもの。」

「そうですか。貴女様はとっても努力家ですね。そこは尊敬でるかと思います。」

「……フォン宰相は王宮の中と外では私に対する扱いが違いすぎますわね。」

「王宮では誰が聞き耳を立てているかわかりませんからね。貴女様もお気をつけた方がいいのでは?先日の王宮での中庭での貴女様は化けの皮が剥がれておりましたよ?」

「あら。王宮内では最大限に気を付けておりますわ。」

「では、街中でも気を付けてください。このような態度、普段の貴女様とはかけ離れておいでです。街の人たちに見つかりでもしたらどうなさるのですか。貴女様に幻滅なさる者たちがでてきますよ。」

「まあ。フォン宰相ったら怖いことを言うのね。王宮ではこれでも気を張り詰めているのよ。王宮の外でくらい自由にしてもいいではないの。それに、街の者の意見なんてどうでもいいわ。私がこの国のトップに立てば圧力で黙らせるだけよ。今だって、街の者の意見なんて大した役にも立たないもの。」

「……貴女様はこの国を破滅させたいのですか?」

 フォン宰相は声を低くして問いかける。
 女性はころころと笑い声をあげた。
 
「まさか。国を破滅させたら私が王宮で贅沢な暮らしができなくなるじゃない。国を破滅させるようなことはしないわ。最低限度の暮らしは確保してあげるつもりよ。」

「……それで、貴女様が私を追ってきた理由はなんです?重要な用があるからわざわざ私を追ってきたのでしょう?」

「ええ。そうね。重要な話をいたしましょう。フォン宰相の大切なロイド様を守るためにも、ちゃんとに私の話を聞いてくださいな。」

「……。」

 フォン宰相は女性の言葉に顔をしかめた。
 実はフォン宰相とロイドは乳兄弟であり、フォン宰相は幼い頃からロイドのことを実の弟のように可愛がっていたのだ。
 それを逆手に取られて、フォン宰相は目の前にいる女に脅されているのである。
 目の前にいる女は王族でもないのに、どうしてか巫女と通じ合い巫女の占いの結果を偽った可能性があるのだ。
 フォン宰相は、いくら調べても目の前の女がどうやって巫女と通じ合ったのかわからず、底知れぬ恐怖を目の前の女に感じていた。
 目の前にいる女は目的のためだったら手段を選ばない。そういう女なのだから。


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