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第88話

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「……どうして!どうして!!黙っていたんですかっ!!わ、私、クリスが侯爵様だったなんて知らなくてクリスの身体中をなで回してしまいました。それに、か、身体中にキスしちゃったじゃないですかっ!どうして!どうして、止めてくださらなかったんですかっ!!」

 侯爵様が悪いわけじゃない。
 私が、クリスはただの可愛くて可愛くて仕方の無い猫としか思っていなかったのがいけなかったのだ。

「クリスの!クリスのお腹に顔を埋めてぐりぐりもしちゃったじゃないですかっ!!もふもふしてて至福の時でしたけど!!クリスってば嫌がらなかったじゃないですかっ!!猫だって思うじゃないですか!なんで侯爵様なんですか。なんで、なんで侯爵様なんですかぁ……。」

 侯爵様が悪いわけじゃない。
 それなのに、私の口からは侯爵様を責め立てる言葉ばかりが飛び出してしまう。侯爵様が悪いわけじゃないのに。きっと、私があまりにもクリスを可愛がるから、実は人間なんだなんて言い出せなかったんだと思うし。そりゃあ、侯爵様にお会いしたときに「実は私はクリスなんだ。」って言ってくれれば……。いいえ、ダメだわ。それじゃあ遅いわ。侯爵様にお会いしたころには既にクリスの身体中モフった後だったし。

「す、すまない……。」

 ポカポカと侯爵様の胸を叩きながら感情を吐露していると、侯爵様が私の頭を優しく撫でてきた。ビックリして溢れていた涙がピタッと止まる。

「どうして……。どうして、侯爵様が謝るのですかっ。私がクリスが猫だと思い込んでいただけなのに、どうして……。」

「いや、だが。そうは言うが私がクリスの時の姿はまんま猫だ。猫としか言いようがないのは事実だ。アンジェリカが猫だと思うのは仕方のないことだ。むしろ、クリスが私だなんて普通思うわけがないだろう。だから、言い出せなかった私が悪い。すまない。私がもっと早くに打ち明けていればよかったんだ。」

「違うっ!侯爵様が悪いんじゃないわ!私が、見境無くクリスを可愛がってしまったのがいけないの。思えばクリスが嫌がるそぶりを見せることもあったような気がするわ。それでも、私はクリスを……。」

「いや、アンジェリカは悪くない。私はアンジェリカにクリスの姿で撫でられるのが好きだったんだ。アンジェリカの可愛い顔を見つめるのが好きだったんだ。アンジェリカの膝の上で眠るのが私にとって唯一の至福の時だったんだっ!すまなかった。すまなかった。アンジェリカ。」

「いいえっ!!いいえっ!!侯爵様、私がっ!!」

「いいや、私が悪かったのだ。」

「違うわ。私がっ!!」

「いいや、私だっ!!」

「私がっ!!」

「私だっ!!」

「お二人とも、いい加減になさいまし。それよりも侯爵様、着替えをお持ちいたしました。まずは着替えてからアンジェリカお嬢様とゆっくりお話をされたらいかがでしょうか。」

「えっ?あっ……。」

「えっ?ああっ!!す、すまないっ!!」

 侯爵様と言い合っていると、見かねたロザリーが仲裁にやってきた。その手に侯爵様のためと思われる着替えを持って。


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