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第70話 ファントム
しおりを挟むアンジェリカ、アンジェリカから私にキスをしてくれた。
私の頭はアンジェリカの柔らかい唇の感触でいっぱいだった。
初めてアンジェリカに出会った時の感動も衝撃的だったが、アンジェリカからのキスはそれを上回るほどの衝撃だった。
嬉しくて嬉しくて嬉しくて、私はどうにかなってしまいそうだった。
このままアンジェリカを見ていたらアンジェリカを襲ってしまうかもしれない。そう思った私はアンジェリカから視線を外した。
アンジェリカから視線をはずすと、アンジェリカの侍女のロザリーという女性と目が合った。先ほどまで、ロザリー嬢を見ると襲い掛かってしまいそうな衝動にかられたが、今はそんな衝動は全く起きなかった。それどころか、アンジェリカに襲い掛かってしまいそうだ。
どうやら、呪いは解けたらしい。
でも、呪いが解けたこと以上にアンジェリカからキスをしてくれたのが嬉しい。こんな嬉しいことなど今までなかった。いや、アンジェリカに会えたこともそれに匹敵するくらい嬉しいことだったが。
「あの……。侯爵様、呪いが解けたみたいで、よかったですね?」
アンジェリカの可愛らしい声が私に問いかける。ああ、「侯爵様」だなんて他人行儀な呼び方をせずに「ファントム」と名前を呼んでくれたらどれほど良いことか。ああ、でも「旦那様」と呼ばれるのもいいかもしれない。
「あ、ああ……。ああ……。」
口を開くと思わず私のことは「侯爵様」ではなく「ファントム」と呼んでくれと叫んでしまいそうだ。私は、声にならない声をだしてその場を誤魔化した。
むしろ、これ以上喋ると「ファントム」と呼んでくれと叫ぶ。絶対叫んでしまう。
そんなことを叫んだらアンジェリカに嫌われてしまうかもしれない。そう思ってぎゅっと堪える。
こういう時は違うことを考えて気を紛らわすといいかもしれない。そう思ったところで先ほどのアンジェリカの柔らかく温かい唇の感触を思い出してしまった。
「……アンジェリカとキスしてしまった。ああ……。」
そして思わず耐え切れずに言葉がでてしまった。
「侯爵様、私とキスしたのがそんなに衝撃的だったんですか?」
声に出ていたとしても小さな呟きだったと思うのだが、アンジェリカが私の発言を拾ってしまったようだ。聞き流してくれればよかったのに。
だが、他の誰でもないアンジェリカの問いだ。答えないわけにはいかない。
だが、アンジェリカへの想いが爆発している今の状態で私は正常に答えることができるのだろうか。冷静沈着な紳士としてアンジェリカの問いへと答えることができるのだろうか。
「衝撃的もなにも!!アンジェリカとのキスだぞ!!もっと、こう堪能していたかったのにっ!私としたことが、驚きで固まってしまった……。情けない。せっかくアンジェリカからキスをしてくれたのにっ。こんな機会なかなかないだろうにっ。私としたことが……。私としたことが……。」
ああ、ダメだった。
私の口からはアンジェリカへの想いともっとアンジェリカとのキスを堪能していたかったという欲望が駄々洩れた。
これではいけない。アンジェリカに愛想をつかされる。
いや、そもそそも好かれてはいない自覚はあるが。これ以上嫌われるのは避けたいところだ。
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