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第66話

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「クリス、どうかしたの?」

 クリスの様子がおかしいことに気を取られて、私はすっかり侯爵が急に姿を消したことは頭の中から消し飛んでいた。

「にゃ……。」

 私は項垂れているように見えるクリスをそっと抱き上げると、胸に大切に抱き寄せる。クリスに頬ずりしながら、クリスの様子を伺うと、クリスが戸惑ったような声を上げて放して欲しいともがいた。

 珍しい。クリスが私の腕の中で暴れるだなんて。いつもは大人しく抱かせてくれるのに。

「クリス……本当にどうしちゃったの?」

 クリスに拒絶されたような気がして私は気落ちしてしまう。

 誰に何を言われるよりも、誰に何をされるよりも、クリスに拒絶されることが一番辛く悲しい。

「にゃう……。」

 クリスは暴れるのをやめて、身体の力を抜いた。長く黒い尻尾が力なくだらりと垂れ下がっている。相当ショックなことでもあったのだろうか。私はクリスのことがとても心配になってきた。

「ロザリー。クリスに何があったのっ!」

 クリスを凝視したまま固まっているロザリーに声をかける。ずっとクリスを見ていたみたいだから、きっとロザリーだったら何か知っているのではないかと思ったのだ。

 ロザリーは私に話しかけられると、「はっ」としたように顔を上げて私を見た。

「アンジェリカお嬢様……。」

 だが、ロザリーはそれ以上何も言わない。

「クリスの様子が変なの。なにがあったの?教えてちょうだい。」

「そ、それは……。」

 ロザリーは何か考え込むような仕草を見せ、戸惑ったように視線を彷徨わせた。

 なにか、そんなに言い辛いことでもあるのだろうか。

「ロザリー。どうしたの?何か言い辛いことでもあるの?クリスは何か病気なの?治らないの?」

 クリスがどうしてこんなに元気がないのかわからなくて不安になってくる。ロザリーが口ごもるのも、不安を加速させる。私に言えないようなことがクリスにあったのかと不安になってくる。このままクリスが私を置いてお空に旅立ってしまうのではないかと最悪なケースが思い浮かぶ。

「……アンジェリカお嬢様。あの……その……気を確かにお持ちになってくださいっ。」

 ロザリーは言いにくそうに口を開いた。

「えっ……。クリス、死んじゃうの?嘘よね?嘘だと言ってちょうだい。」

 ロザリーの言葉に私の不安は一気に加速する。まさか、気を確かに持つようにとロザリーに言われるとは思ってもみなかった。ロザリーがそんなことを言うだなんて、やっぱりクリスは重い病にでもかかってしまったのだろうか。

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