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第36話

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「初めまして。アンジェリカ様。私は、侯爵家に行儀見習いとして来ておりますローゼリア・ハーウェルフと申しますわ。」

 金髪美人のローゼリアさんは妖艶な笑みを浮かべて、綺麗な所作で一礼した。

 私と同じ年齢なのか、と思わずローゼリアさんを凝視してしまう。それほどまでにローゼリアさんは妖艶で、女性として魅力的な身体をしていた。

「ハーウェルフ男爵のご令嬢です。」

 ヒースクリフさんが説明してくれる。ハーウェルフ男爵と言えば、最近羽振りが良いという噂だ。キャティエル伯爵家と比べれば爵位こそキャティエル伯爵家が上だが、財力はハーウェルフ男爵の方が確実に上だ。それも2倍や3倍の話ではないだろう。

「アンジェリカ・キャティエルと申しますわ。よろしくお願いいたしますね。」

 余所行きの笑顔を浮かべて、ローゼリア嬢に挨拶をする。キャティエルと言えば伯爵家だというのはわかるだろう。それも、貧乏伯爵家として有名だからだ。

「まあ、あのキャティエル伯爵家のご令嬢ですか。」

 案の定、ローゼリア嬢は大げさに目を見開いて驚いてみせた。

「あら、ご存知でしたか。」

 私は表情に出さないように笑みを顔に貼り付ける。

「ええ。ええ。知っておりますわ。生活が苦しいのでしょう?日頃哀れに思っておりましたの。私でよければ援助させていただけませんか?」

 ローゼリア嬢の言葉に、思わず笑みをかたどった唇の端がピクピクと動く。ローゼリア嬢は笑顔でこちらの痛いところをチクチクと刺してくるのだ。

 キャティエル伯爵家の財政状況を考えると、ローゼリア嬢の援助は喉から手が出るほど欲しいものだが、安易に差し伸べられた手を掴んでしまったら大変なことになりそうだ。ローゼリア嬢に弱みを握られそうで。

「まあ、嬉しい申し出でございますが、お会いしたばかりですのに援助をしていただくなど恐れ多いことですわ。それに、私、国王陛下の命でもうすぐキャリエール侯爵と結婚する予定ですの。ご心配には及びませんわ。」

 にっこりと幸せそうに見える笑みを浮かべながら、ローゼリア嬢に告げる。

「まあ!まあ!そうでしたの!まさか、キャティエル伯爵家のご令嬢がキャリエール侯爵様とご結婚なさるとは夢にも思いませんでしたわ。でも、まだ婚約段階なのでしょう?ねえ?ヒースクリフ?」

 ローゼリア嬢はとても驚いた表情を浮かべて、ヒースクリフさんに問いかけた。

 この人、ヒースクリフさんのこと呼び捨てだし。というか、侯爵はまだ誰とも結婚していないのだから、キャリエール侯爵家は侯爵夫人が不在のはずだ。それなのに、行儀見習いに侯爵家にいるとはどういうことだろうか。誰から学ぶのだろうか。

 確かに貴族の令嬢は行儀見習いとして、高位貴族の元に来る場合がある。ただ、その場合は、そのお屋敷の夫人がご令嬢に礼儀作法を教えるのだが。この侯爵家では誰が行儀見習いに来たローゼリア嬢に礼儀作法を教えるのだろうか。

「そうですね。ローゼリア嬢の言う通り、まだ婚約の状態でございます。ですが、旦那様はこの婚約話にとても乗り気でございます。」

 ヒースクリフさんはにこやかな笑みを浮かべてローゼリア嬢に告げる。ローゼリア嬢はヒースクリフさんの言葉を聞いて先ほどまで浮かべていた勝ち誇っていたような笑みを初めて崩した。

「まあ!なんということですのっ!侯爵家の当主ともあろうお方がっ。いくら国王陛下に命じられたと言っても、有能な女性、有用な家柄を後ろ盾に持つのが普通ですわ。特にキャリエール侯爵様は国王陛下の可愛がられていらっしゃる甥ですわ。キャリエール侯爵様がこの婚約に強く反対すれば、すぐに婚約話など掻き消えますのに。そのことをキャリエール侯爵様は認識しておりませんの!?」

 先ほどまでの笑顔はどこへやら。ローゼリア嬢は急に声を荒げ始めた。

 どうやら、ローゼリア嬢はキャリエール侯爵夫人の座を狙っていたらしい。

「ローゼリア嬢は、キャリエール侯爵様と結婚なさりたいの?」

 私はきょとんとした表情を浮かべて問いかける。

「ええ。そうよ!」

「なぜ?キャリエール侯爵様は呪い持ちなのよ?怖くはないの?」

 私が、問いかけるとローゼリア嬢は鼻で笑った。

「侯爵家よ?国王陛下の甥よ?呪いくらいなんてことないわ。それに、その呪いだって解呪方法があるという話でしょ?それに解呪できなくたって構わないわ。女性を襲うだけでしょ?そんなの、貴族では、よくある話だわ。私の母も男爵家の使用人よ。それをハーウェルフ男爵である父に襲われて私を授かったのだから。」

「え?襲うってそっちの襲うなのっ!?私、てっきり……。」

「あら。とんだお子様だわね。」

「アンジェリカお嬢様……言葉の通りに認識されておられたのですね。」

 ローゼリア嬢の言葉に驚いた私に、呆れたようにローゼリア嬢とヒースクリフさんが呟いた。

「そっか。そっか。殺されないんだったら問題ないわよね。……って、そうじゃないでしょ!!侯爵は女性を襲うことが嫌で身を隠しているのよ!立派な呪いじゃないの。そんなことずっと続けていたら侯爵の心が壊れてしまうわ。」

 ローゼリア嬢は、侯爵が精神を病んでもいいのだろうか。どうして、そのような状態の人と結婚したいだなんて。

「あなた、何を言っているの?だから、解呪方法があるのでしょう?解呪しちゃえば問題ないじゃない。」

「それは、そうなんだけど……。」

 ローゼリア嬢は事もなげに言ってくる。

 確かに解呪しちゃえばいいんだけど。だけど、解呪して私が婚約者じゃなくなって、そしたら侯爵はローゼリア嬢と結婚するの?

 なんだか、頭の中がいろいろな感情でぐちゃぐちゃになってきた。

 

 

 

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