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第6話
しおりを挟む「お話し中のところ大変申し訳ございません。」
ルードヴィッヒ様からの回答を待っていると、侍女頭のユーフェが割り込んできた。
私たちの会話に割り込んでくるということはよほどのことなのだろうか。
「どうしたんだ?」
ルードヴィッヒ様は無表情のまま、ユーフェを振り返る。
「あの……ミーア様が……。」
ユーフェは私の顔色を伺うように見てから、ルードヴィッヒ様に耳打ちする。
ユーフェの言葉を聞いてルードヴィッヒ様は慌てたような表情を浮かべた。
「……わかった。すぐに行く。話の途中ですまない。……ユフィリア様。話の続きはまた後日ということでよろしいでしょうか。」
「……ええ。構いませんわ。」
本当は嫌だと言いたい。今ここで話の続きをしたいと言いたい。
だけれども、ルードヴィッヒ様はとても焦っているように見えた。普段、ルードヴィッヒ様はあまり表情を変えないのに。それほどの緊急事態が発生したということだ。
「ミーア様」というのが気になるところだが。
「ありがとうございます。ユーフェ。すぐに向かう。」
「はい。旦那様。」
ルードヴィッヒ様は、ユーフェを連れて離れに足早に向かっていってしまった。
☆☆☆☆☆
「ねえ、ライラ。ルードヴィッヒ様はあなたから見てどんな人に見えるかしら?」
ルードヴィッヒ様と結婚してから一週間。
未だにルードヴィッヒ様が住んでいらっしゃる離れに行く許可がおりない。
許可が下りないというよりあれからルードヴィッヒ様と会話をする時間が取れていない。いつも「忙しいから、また後で。」という言葉でかわされてしまう。
「とてもお優しくて誠実なお方だと思います。」
ライラは澱むことなくはっきりと告げる。
まあ、コンフィチュール辺境伯邸の侍女なので主人のことを悪く言うようなことはないとは思うけれど。
私はちょっと意地悪心を出してライラに尋ねてみることにした。
「結婚したばかりの妻を放っておいても誠実だと言うのかしら?」
「そ、それはっ……。ルードヴィッヒ様はとてもお忙しく……その、今はミーア様が大変な時期なのでそちらにつきっきりでして……。」
ライラは私の言葉に慌てふためく。
ミーア様、ミーア様、ミーア様。
どうやらルードヴィッヒ様は私よりもミーア様とやらが大事らしい。結婚したばかりの妻などお飾りとでも言いたいのかしら。
「……そう。ルードヴィッヒ様の大切なミーア様に何があったのかしら?」
「そ、それは……そのっ……。」
私の問いかけにライラは焦りだす。
きっとルードヴィッヒ様からミーア様の話題を出すなと言われているのだろう。
「……ライラ。大丈夫です。旦那様から、ミーア様のことをお伝えしても良いという許可を得ております。」
ライラの様子を見かねて、通りかかったユーフェが助け舟を出す。
以外にも、ミーア様について教えてくれるようだった。
ルードヴィッヒ様はミーア様との親密さを侍女を通して私に教えることで私が辺境伯邸を出ていくことを望んでいるのかしら。
「それでしたら……。先日、ミーア様が初めての出産をされたのです。それも可愛い五つ子なんです。今、ミーア様は慣れない子育てに奮闘しております。旦那様は子育てで忙しいミーア様のお世話をなさっていらっしゃいます。」
「えっ……。」
ライラの思いがけない言葉に私は耳を疑った。
てっきり、病気か怪我でもしているのかと思ったら、出産ですと……?
ルードヴィッヒ様がつきっきりでお世話をしているということは、旦那様とミーア様のお子ということでしょうか。
「……それは、知りませんでした。ルードヴィッヒ様がお世話に夢中になるなんて、さぞかし可愛いのでしょうね。」
結婚したばかりの相手にすでに子供がいるなんて、とてもショックな出来事なのに私の口は言葉を紡ぎだす。
「はい。とっても可愛いんですよ。まだとっても小さくて少しでも力をこめたら握りつぶしてしまいそうなほどなんです。ふにゃふにゃだし。それでも、やっと目が開いたんですよ。まあるいキラキラとした瞳がとても可愛くて。ミーア様も赤ちゃんんたちのことが可愛いんでしょうね。母親になり立てだからなのか、気が立っていて。なかなか私たち侍女には赤ちゃんを触らせてくれないんです。旦那様に対してはミーア様も信頼しているようで、触らせてあげているみたいですけど。2時間ごとにミルクをあげたり、下のお世話をしたりでなかなか大変なんですよ。奥様も一目見たらあの子たちの虜になってしまいますよ。」
ライラが五つ子の可愛さを語りたいとばかりに、にこにこ笑いながら話しかけてくる。
使用人としては少し話し過ぎなような気はするけれど、それよりもミーア様の出産をこの屋敷の何人もの人間が知っていることに驚く。
「……そうね、ルードヴィッヒ様のご許可が得られれば私もミーア様と赤ちゃんたちに会いたいわ。」
思ってもいない言葉を口にする。
でも、侍女たちがミーア様の出産を喜んでいるのに私が喜ばないわけにはいかないじゃない。
心が狭いとは思われたくないもの。
「ええ。奥様がミーア様たちのことを受け入れてくだされば旦那様もとてもお喜びになると思います。」
ライラはそう言うが、簡単に愛人とその子供たちのことを受け入れることなんて私にはできない。
少し時間が欲しい。
ルードヴィッヒ様に愛人がいたこともだけれども、さらに子供がいて、使用人たちにも愛人と子供たちが受け入れられているような状況で私の心は疲弊していた。
癒しが欲しい。
ルードヴィッヒ様のお心はもう良いから、私を癒してくれる存在が欲しい。
ああ、そうだ。
マーマレード伯爵邸では飼うことを許されなかった猫を飼うというのはどうだろうか。
愛らしい容姿に、態度。優雅な仕草。
きっとどれもが私を癒してくれるに違いない。
ルードヴィッヒ様が愛人を離れに囲っていて、私に見向きもなされないのだもの。
猫を飼うくらいはいいですわよね。
決めた。誰が何と言おうとも私は猫を飼うんだから。
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