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55. 本当の罪

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 ミリカの自爆により計画が破綻した後、ユリアンナの身柄は何故か地下牢から貴族牢へ移された。
 公爵家から追放されたので既に平民であることには変わりないのだが、最も罪状が重かった暗殺未遂が狂言だったことによる配慮なのだろう。

 前日から地下牢で過酷な一夜を強いられたユリアンナを慮って、詳しい聴取は明日から行われることとなった。

 そして、翌日。
 約束の時間に、貴族牢の扉が開かれる。

「ユリアンナ。話を聞いても良いかな」

 牢に入って来たのはアレックス、オズワルド、アーベルの3人だった。

「ええ、構いません」

 ユリアンナは王宮で用意されたデイドレスに袖を通し、既に椅子に座ってアレックスたちの来訪を待っていた。

「オズワルドに大体の事情は聞いているのだけど……その内容が合っているか、本人確認を取らせてくれないか」

 アレックスはそう言って、前々日にオズワルドから聞いた内容を細かく説明した。

「……ええ。仰る内容に相違ございませんわ」

 アレックスはユリアンナとミリカが転生者であること以外、計画の全貌を殆ど把握していた。

「そうか……。それでは、いくつか尋ねても良い?」

「何なりと」

 ユリアンナが頷くと、アレックスが質問を始める。

「まず……ユリアンナはどうして未来に起こることを知っていたの?」

 聞かれると思っていた質問だったが、いざ実際に尋ねられるとなかなか返答に困る。
 どうしようか迷った挙句、ユリアンナは微妙に回答を誤魔化すことにする。

「今から突拍子もないことを申しますが、信じるかどうかはお任せします。……実はわたくしは学園に入ってから起こる出来事をのです」

「知っていた?」

「正確にはと言うほうが正しいのかもしれません。未来視……とでも言うのでしょうか」

 アレックスは語られた内容に眉根を寄せる。

「とにかく、学園に入学する1年ほど前に学園の3年間で起こる未来を全て思い出したのです。このままですとわたくしの未来は処刑か国外追放ですから、せめて処刑は回避したいと思って計画を立てました」

「それがミリカ嬢と交わした取引……ということ?」

「左様でございます」

 ユリアンナが首肯すると、黙って聞いていたアーベルが疑問を呈する。

「……それは納得し難いな。処罰を回避したいのなら、逆に何もせず大人しくしておけば良かったのではないか?」

「初めはわたくしもそう考えました。……しかし、もしミリカ様がわたくしと同じように未来を知っていた場合、陥れられる可能性があると思ったのです。例えば、ミリカ様が『ユリアンナ様に嫌がらせを受けた』と訴え、わたくしが『何もしていない』と答えた場合、あなた方はどちらの主張を信じましたか?」

 逆にユリアンナに問われ、アーベルは何かを言おうとしたものの、それを呑み込みグッと口を引き結ぶ。

「その頃わたくしは既に〝稀代の悪女〟などという不名誉な二つ名がございましたから、わたくしの主張など誰も信じてくれないと思ったのです」

 ユリアンナは特に感情を乗せずに淡々と説明していたのだが、それを聞いていたアレックスとアーベルは沈痛な面持ちで俯いている。
 確かに、アレックスはユリアンナを疎んでいたから公平に判断しなかった可能性があるし、アーベルも妹だからと庇うことは絶対になかっただろう。

「ですから、ミリカ様がわたくしと同じように未来を知っていると確信した時点で、件の計画を持ちかけたわけです」

「……分かった。取り敢えず、未来を知っていたという君の主張は受け入れよう。しかし、例えミリカ嬢がユリアンナと同じように未来を知っていたとしても、必ずユリアンナを陥れるとは限らないだろう?それでもこの計画を遂行した理由は?」

 結果を見ればミリカが執拗に王子妃を狙っていたことは明白だが、入学当初の時点ではそれは分からなかったはずだ。

「………わたくしはこの柵から自由になりたかったのです。この国にはわたくしの居場所などどこにもありませんでした。ですから、外国に出て自由に生きたかった」

 ユリアンナはそう言うと、長い睫毛を伏せる。
 今日初めて見せたユリアンナの寂しげな表情に、アレックスの胸がツキリと痛む。

「ユリアンナにそう思わせてしまったのは……僕たちなんだね………」

 アレックスがそう呟くと、室内の空気が沈む。

「ユリアンナ……君の量刑なんだが。公衆の面前で婚約破棄を言い渡してしまった以上、それを撤回することは難しいだろう。だが、公爵家に復帰することはできると思う。……というか、できるよう尽力する」

「殿下」

 ユリアンナは驚いて伏せていた睫毛を上げる。

「わたくしは公爵家に復帰することは望みません。暗殺未遂は茶番でしたが、殿下方を謀ったのは事実ですので。わたくしは貴族の皆様を謀った罪での処罰を望みます」

「ユリアンナ!」

 今度はアーベルが堪らず声を上げる。

「ユリアンナ、聞いてくれ。……昨日、お前の幼少教育を担当したマーゼリー伯爵夫人を訪ねた」

 ユリアンナはアーベルがいきなり何を言い出したのかが分からず、眉根を寄せる。

「当時のユリアンナの教育状況について問い詰めたら……夫人は白状したよ。ユリアンナは決して無能などではなかったと。学問も、魔法の覚えも早い方であったと。何故『ユリアンナが無能』などと偽ったのか問えば、夫人は昔、父上に懸想をしていたそうだ。その父上を奪った母上にユリアンナが似ていたから、ユリアンナに対してどうしようもない嫉妬心を抱いたのだと」

 何とくだらない理由だろう。
 そのくだらない嫉妬心が、ユリアンナの人生を大きく歪めてしまったのだ。

「お前が無能などではないということは、ここにいるオズワルド殿からも聞いている。………これは懺悔と思ってもらっても良い。今までお前を蔑ろにしていた罪を償わせてほしい。父上は私が説得するから、公爵家に戻ってくれないか?」

 それは『氷の貴公子』と呼ばれている人物だとは思えないほど悲痛な懇願だった。
 しかし、ユリアンナは静かに首を横に振る。

「……別にお兄様が罪の意識を感じる必要はございません。お父様やお兄様が疎んだ〝ユリアンナ〟も確かにわたくし自身でした。愛されない鬱憤を周囲に当たり散らし、たくさんの人を踏み躙った過去は消えません。わたくしの悪行でシルベスカの名を貶めてしまいましたので、わたくしを追放することで名誉を回復してくださいませ」

 正直言って、ユリアンナの中には家族に対する情はこれっぽっちもない。
 前世の影響なのかもしれないが、今まで少しも交流を持たなかった妹が去ることに対して、何故アーベルがあんなに悲しい顔をしているのか理解できない。

 居た堪れない空気感の中、発言をしたのはオズワルドだった。

「もうユリを解放してあげてください。愛さなかったくせに、今更手放したくないなんて傲慢すぎる」

 荒げるわけでもなくとても静かな声だったが、その言葉は重く深く響いた。
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