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幕間 ユリアンナとオズワルド(とヘンリクス)
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「ねぇ、ヘンリー。この世界に〝お米〟はないの?」
外国語の勉強の合間、ユリアンナが何かの図鑑を読みながらヘンリクスに尋ねる。
「オコメ……?聞いたことないですね」
ヘンリクスは実家が商会を営んでいるため世界中でいろんな商材を目にしたことがあるが、〝お米〟というものについて耳にしたことはなかった。
「オコメとは何だ?」
その会話を聞いて、オズワルドが口を挟む。
「〝お米〟っていうのは、食べられる植物よ。見た目は麦みたいで……私たちの主食だったの」
「麦みたいに挽いて粉にするのか?」
「粉にして使うこともあるけど、お米はそのまま『炊く』のよ」
ユリアンナとオズワルドが会話を弾ませるのを見ながら、ヘンリクスは黙り込む。
ユリアンナは以前、「自分には前世の記憶がある」とヘンリクスに打ち明けてくれた。
それからユリアンナは時々こうして前世の話をしてヘンリクスを困惑させるのだ。
オズワルドはユリアンナ突飛な話には慣れているようで、何を聞いても特に驚くことはない。
「もちろんパンも食べてたし好きなんだけどね。でも時々無性に炊き立てご飯が食べたくなるわけよ」
「なるほどね」
「あのー……オコメという名前かどうかは知りませんが、珍しい種類の麦なら商会でいくつか取り扱いはあります。今度お持ちしましょうか?」
「えっ!?いいの!?」
いつもどこか冷めたようなユリアンナの紅色の瞳がキラキラと輝き、真っ直ぐにヘンリクスを見つめている。
ヘンリクスはボッと頰を染め、んんっと咳払いする。
「も、もちろんです!調理法が分かれば販路を拡大できるかもしれませんし……」
「やったぁ!料理なら任せて!もしお米が手に入ったら、何を作ろうかしら?取り敢えず塩むすびは作るとして……カレー………はスパイスが手に入るか分からないし、味噌や醤油があるかも確認しないと。今すぐにできそうなのは、オムライスかな?」
「ユリ、興奮しすぎ」
興奮のあまり早口になってしまったユリアンナを、不機嫌そうにムスッとしたオズワルドが窘める。
「だってオズ!こんなの興奮するなっていう方が無理よ!」
ユリアンナが勢いよくオズワルドの胸ぐらを掴み、ずいっと顔を近づけると、オズワルドは仰け反ってたじろぐ。
「ユ、ユリ……落ち着け」
「前世を思い出してから、何度も屋敷を抜け出して市場でお米を探し歩いたけど見つからなかったのよ!?オズだって、私が作る料理は好きでしょう?」
ユリアンナは料理好きを明言しており、オズワルドとヘンリクスは何度か彼女が持参した料理を口にしている。
ユリアンナの作る料理は確かに美味しい。
それに、見たこともないような奇抜な料理を作ってくるのだ。
「………好きだけど」
オズワルドはユリアンナの目をじっと見つめて、そう答える。
「そうでしょう?お米があれば、もっと美味しい料理がたくさん作れるわよ」
ユリアンナが花が綻ぶような笑顔になると、さすがのオズワルドも頰を赤くする。
ヘンリクスなど見つめられただけで赤面してしまうのだ。
あれを至近距離で食らって頰を染めるだけで済むオズワルドはさすがとしか言いようがない。
本人に自覚があるかどうかは分からないが、ユリアンナは類稀なる美貌の持ち主だ。
しかしヘンリクスは学園に入学してユリアンナと同じクラスになった時、すでに広まっていた噂があまりにも恐ろしく、まともにユリアンナの顔を見られなかった。
合宿で親しくなって以降、ユリアンナが噂のような悪女でないと分かってから初めてユリアンナの美貌に気付いたのだ。
一年生の時はまだ幼さが残り〝美少女〟といった雰囲気だったが、18歳になったユリアンナはスラリとした中にも女性らしい部分がしっかりと育ち、まさに《女神》と称しても過言ではない美しさだ。
普段はユリアンナがあまり感情を表に出さないからヘンリクスもまともにユリアンナと会話ができるが、時々先ほどのように感情を表出するとその美貌があまりに眩しくて慌ててしまい、まともに話ができなくなってしまう。
以前からユリアンナと親しかったオズワルドは普段はヘンリクスのように慌てることはないが、先ほどの至近距離攻撃は余程凄い破壊力だったのだろう。
自分の胸ぐらを掴んでいるユリアンナと距離を取りたいが、身体に触れることを躊躇してあわあわと手を彷徨わせている。
それを見て、いつも飄々としている天才魔剣士をあんな風に狼狽えさせるのはユリアンナだけだろうな、とヘンリクスは思った。
「わ、分かったから……少し離れてくれ……」
遂にオズワルドは片手で顔を隠して天を仰いでしまった。
その時やっと近づきすぎたことに気付いたのか、ユリアンナは気まずそうにオズワルドの胸倉からそっと手を離した。
「ご、ごめん。お米が手に入るかもと思ったら嬉しすぎて我を失ってしまったわ……」
「……ん。〝オコメ〟とやらが見つかると良いな」
少し距離を取ってから、オズワルドはユリアンナの頭に優しくポンポンと手を乗せる。
何だか甘酸っぱい雰囲気になってしまったのだが。
(……僕もいるんですけど)
ヘンリクスは心の中でボヤきながらも、空気になるよう徹するしかなかった。
外国語の勉強の合間、ユリアンナが何かの図鑑を読みながらヘンリクスに尋ねる。
「オコメ……?聞いたことないですね」
ヘンリクスは実家が商会を営んでいるため世界中でいろんな商材を目にしたことがあるが、〝お米〟というものについて耳にしたことはなかった。
「オコメとは何だ?」
その会話を聞いて、オズワルドが口を挟む。
「〝お米〟っていうのは、食べられる植物よ。見た目は麦みたいで……私たちの主食だったの」
「麦みたいに挽いて粉にするのか?」
「粉にして使うこともあるけど、お米はそのまま『炊く』のよ」
ユリアンナとオズワルドが会話を弾ませるのを見ながら、ヘンリクスは黙り込む。
ユリアンナは以前、「自分には前世の記憶がある」とヘンリクスに打ち明けてくれた。
それからユリアンナは時々こうして前世の話をしてヘンリクスを困惑させるのだ。
オズワルドはユリアンナ突飛な話には慣れているようで、何を聞いても特に驚くことはない。
「もちろんパンも食べてたし好きなんだけどね。でも時々無性に炊き立てご飯が食べたくなるわけよ」
「なるほどね」
「あのー……オコメという名前かどうかは知りませんが、珍しい種類の麦なら商会でいくつか取り扱いはあります。今度お持ちしましょうか?」
「えっ!?いいの!?」
いつもどこか冷めたようなユリアンナの紅色の瞳がキラキラと輝き、真っ直ぐにヘンリクスを見つめている。
ヘンリクスはボッと頰を染め、んんっと咳払いする。
「も、もちろんです!調理法が分かれば販路を拡大できるかもしれませんし……」
「やったぁ!料理なら任せて!もしお米が手に入ったら、何を作ろうかしら?取り敢えず塩むすびは作るとして……カレー………はスパイスが手に入るか分からないし、味噌や醤油があるかも確認しないと。今すぐにできそうなのは、オムライスかな?」
「ユリ、興奮しすぎ」
興奮のあまり早口になってしまったユリアンナを、不機嫌そうにムスッとしたオズワルドが窘める。
「だってオズ!こんなの興奮するなっていう方が無理よ!」
ユリアンナが勢いよくオズワルドの胸ぐらを掴み、ずいっと顔を近づけると、オズワルドは仰け反ってたじろぐ。
「ユ、ユリ……落ち着け」
「前世を思い出してから、何度も屋敷を抜け出して市場でお米を探し歩いたけど見つからなかったのよ!?オズだって、私が作る料理は好きでしょう?」
ユリアンナは料理好きを明言しており、オズワルドとヘンリクスは何度か彼女が持参した料理を口にしている。
ユリアンナの作る料理は確かに美味しい。
それに、見たこともないような奇抜な料理を作ってくるのだ。
「………好きだけど」
オズワルドはユリアンナの目をじっと見つめて、そう答える。
「そうでしょう?お米があれば、もっと美味しい料理がたくさん作れるわよ」
ユリアンナが花が綻ぶような笑顔になると、さすがのオズワルドも頰を赤くする。
ヘンリクスなど見つめられただけで赤面してしまうのだ。
あれを至近距離で食らって頰を染めるだけで済むオズワルドはさすがとしか言いようがない。
本人に自覚があるかどうかは分からないが、ユリアンナは類稀なる美貌の持ち主だ。
しかしヘンリクスは学園に入学してユリアンナと同じクラスになった時、すでに広まっていた噂があまりにも恐ろしく、まともにユリアンナの顔を見られなかった。
合宿で親しくなって以降、ユリアンナが噂のような悪女でないと分かってから初めてユリアンナの美貌に気付いたのだ。
一年生の時はまだ幼さが残り〝美少女〟といった雰囲気だったが、18歳になったユリアンナはスラリとした中にも女性らしい部分がしっかりと育ち、まさに《女神》と称しても過言ではない美しさだ。
普段はユリアンナがあまり感情を表に出さないからヘンリクスもまともにユリアンナと会話ができるが、時々先ほどのように感情を表出するとその美貌があまりに眩しくて慌ててしまい、まともに話ができなくなってしまう。
以前からユリアンナと親しかったオズワルドは普段はヘンリクスのように慌てることはないが、先ほどの至近距離攻撃は余程凄い破壊力だったのだろう。
自分の胸ぐらを掴んでいるユリアンナと距離を取りたいが、身体に触れることを躊躇してあわあわと手を彷徨わせている。
それを見て、いつも飄々としている天才魔剣士をあんな風に狼狽えさせるのはユリアンナだけだろうな、とヘンリクスは思った。
「わ、分かったから……少し離れてくれ……」
遂にオズワルドは片手で顔を隠して天を仰いでしまった。
その時やっと近づきすぎたことに気付いたのか、ユリアンナは気まずそうにオズワルドの胸倉からそっと手を離した。
「ご、ごめん。お米が手に入るかもと思ったら嬉しすぎて我を失ってしまったわ……」
「……ん。〝オコメ〟とやらが見つかると良いな」
少し距離を取ってから、オズワルドはユリアンナの頭に優しくポンポンと手を乗せる。
何だか甘酸っぱい雰囲気になってしまったのだが。
(……僕もいるんですけど)
ヘンリクスは心の中でボヤきながらも、空気になるよう徹するしかなかった。
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