シンデレラは、眠れない

月詠嗣苑

文字の大きさ
上 下
3 / 28

三話

しおりを挟む
「おはようご……」

 ざいますと最後まで言わない内に、聞き覚えのある、

「馬鹿か、おめぇーはっ!! 一体、どこに目を付けたら、こんな評価が貰えんだ? ぁあっ!?」という紺野課長の怒鳴り声が聞こえた。

「ね、どうしたの? アレ」と近くにいた事務の大村さんに声を掛けたら、

「ガンさん、またやっちゃったんです。昨日……」

 ガンさん、とは、岩田裕司。今年の新入社員で、最初っからミスの目立つ子だった。最近は、やっと落ち着いてきたとは聞いてはいたけど……。

 大村さんの話では、取引先の課長に、本人が気にしてるコトを、社員に聞こえるような声で言った挙句、気安く肩を叩いた、と。

「ハハッ……」

 珍しっ!いつもは、外回りからの出社が、主な紺野課長なのに……。


 その紺野課長の家の片隅に居候してる私。

 部屋の片付けをすれば、

「汚れてる」

 洗濯をすれば、

「お前、漂白剤入れないで洗っただろ? 干す時に、ちゃんとシワを叩いたのか?」

 エリー嬢の部屋の掃除をすれば、

「トイレの砂が、落ちてるじゃないか」

「……。」

 兎に角、否定する事が多い!唯一、否定しないのは……。

 朝ご飯を作った時に、

「うん。お前、飯は作れるんだな」だった。

「でも、瑠奈さん。お引越ししたんですってね」

「あー、うん」

 あれ?誰かに言ったってけ?

「莉子ちゃんが、瑠奈先輩が、いつもと違う駅に入っていった! って……」

 あー、莉子ちゃん、ね。って、あなた愛宕町住まいだっけ?

 そんな会話をし、席に着くと今度は、課長がガンさんと一緒に部署を出て行った。

「あー、今回は流石にマズイかもですね、先輩」

「うん……」

「ガンさん、一言多いのに……」

 いや、多い、ではなく、多すぎるのよっ!!お陰で、何度クレームの対応したことやら……。

 でも、不思議な事に紺野課長にしこたま怒られた社員は多いけど、誰一人として辞める社員は居なかった。


「は? んなの、俺が決める権限ねーよ。人事が決めんだろーが」とまぁ、口が悪い悪い。

 仕事の時は、ほぼ無口!怒る時は、雷の如く怒る。私に投げる言葉は、いつも機嫌が悪いのに、エリー嬢に対しては甘い……。

「……で、これか? 俺の弁当っていうのは」

「あー、はい」

 日々の食費も渡されてるので、自分のを作るついでに課長の分のお弁当を作ってあげようと、周りの目を盗んで、会議室に入って行った課長を捕まえて渡した。

「わかった」

「いえ」

「何してる。用が済んだらとっとと出てけ……」と言って、また書類に目を通し始めた。

 へぇ、課長って、眼鏡かけるんだ。

「何してる? 邪魔だ。集中出来ん」と手を引っ張られ、会議室から出された。

 料理には自信あるのに、一度も美味しいとは言わない。元・料理人の娘なのに……。

 一日の労働時間は、八時間!

 繁忙期でない限り、残業はないが、課長の帰りは本当に遅い!

「エリーのパパは、ほんと仕事人間だねぇ」

 ニャンッ!

 私は、エリー嬢を抱いて、のんびりソファに座っていた。

 ほんと、いい毛艶だわ。課長が、どれだけ大事にしてるのかは、日々のアレを見てるとわかるけど……。

 ピーピーッと洗濯が終わったブザーが鳴って、エリーを小さなゲージの中に入れてから、洗濯物をベランダに干す。

 確かに、ただバサバサと広げるように伸ばすより、叩いてから干した方が、仕上がり度も違っていた。

「はいはい。ちょっと待ってね。もうすぐ終わるから……」

 ゲージの中では、エリー嬢が鳴きながらクルクル回る。

 フックを外すと一目散にソファに乗り、軽くひと鳴き。

 ソファの真ん中は、課長が座る場所。お気に入りなのかも知れない。私は、どちらかの隅だけど。

 エリー嬢が、ニャンッ!!と鳴き、ダダッと玄関へ!

 の数秒後、インターフォン越しに、開けろと一言。

 数分後、課長は玄関から入ってくる。鍵持ってるのに、私が来てから自分で開けなくなった。

「今夜は……」

「パスタです。キャベツとツナのペペロンチーノ」

 課長は、チラッと見てから、

「そういうのは、俺が帰ってきてからでいい。お前は?」

「まだです」

 で、一緒に食べるんだけど、食べてる時も静かで……。

 食べ終わっても、静か!せめて、美味しかったと言ってくれれば、救われるのにぃっ!!

 食事が終われば、課長は、ソファに座って、夕刊を読んだり、パソコンを弄ったりする。

「珈琲どーぞ」

「うん。ありがとう」

 っ!?ありがとう?

「あ、家だったか。今のは、忘れてくれ」と言われたけど、忘れません!

「風呂、行ってくる」

「はい」

 課長が、バスルームへと行くと、エリー嬢が近寄って、足元でスリスリ……。

「はいはい。おいで……」

 課長の部屋に居候してわかったのは、紺野課長はとても、とても、とても、エリー嬢命であること!は、至る所に飾られてるエリー嬢の写真でわかったし、月に二度程ペットトリマーに行き、マッサージして貰ったりしてる。

 猫なのに!

 それがあるから、ああも仕事出来るんだ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

甘い温度でふれて満たして

春密まつり
恋愛
過去に発行した同人誌のWEB再録です。 主人公 安部深雪には悩みがふたつあった。 それは、会社の温度が寒いことと、好きな人のことだった。 好きな人はまさに会社の温度を下げている三ツ橋涼。 彼は深雪のことを気軽に「好きだ」という。冗談めかした言葉に深雪は傷つき悩んでいた。 けれどある会社の飲み会の帰り、ふたりきりになった時に抱きしめられてしまう。 それも冗談だと笑う涼に深雪は翻弄されて――。

処理中です...