シンデレラは、眠れない

月詠嗣苑

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一話

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「……。」

「……と、言う訳だから、別れてくれないか?」

 目の前の男は、何を言っているのだろうか?

 私・花井瑠奈には、同棲して七年の彼氏・近藤郁人がいる。いや、もう、いた?

 珍しく仕事中に郁人から、LIMEが入って、

「大事な話があるから……」とこうして仕事帰りに待ち合わせたカフェに来たのだが……。


「あ、どぉもぉーっ! 郁人の彼女の麻依ちゃんでぇーす!」

 テーブルには、郁人の隣に、この脳内お花畑・麻依という珍獣がいたのだ。

「誰?」

「ま、まぁ、座らないか? 珈琲でもどうだ?」

「いらない」

「じゃ、じゃぁ、紅茶なんかは? お前、ここのロイヤルミルクティー好きだったろ?」

「い、ら、な、い! で、誰? この脳内お花畑娘は!」

 店員も周りにいたお客もチラチラとこっちを見ているのは、なんとなくわかった。

「脳内お花畑なんきじゃ、ないですぅ! 麻依ちゃんでぇーす!」

「……。」

 郁人は、脳内お花畑娘に何か言いながらも、私をチラチラ見ていた。

「えっと、彼女は……その……」

「は? き、こ、え、な、いっ!」

 郁人だけならまだしも、この脳内お花畑娘を見てるだけで、頭痛がしてくる。

「彼女は、橘麻依ちゃんと言って。頼むっ! 瑠奈、別れてくれっ!! 彼女のお腹には……」

「そうでぇーす! 麻依のお腹には、郁人くんとの妖精ちゃんがいるんでぇーす! だっかっらぁ! お姉さん! 郁人くんと、バイバイしてくださぁい!」

「……。」

 は?今なんと?

 妖精?あ、赤ちゃんのことか!

「ちょ、ちょっと、麻依ちゃん。声、小さくして……」

「で、いつからなの? この脳内お花畑娘とは……」と聞くと、三年前に行われた大学のサークル仲間との飲み会で知り合ったらしい。

「三年前って……。はぁっ!」

 私と郁人は、同棲して今年で七年だが、実は、三年程前からレスな関係……。

「でも、どうして? 私、なんかあなたを困られたりした?」

「い、いや。瑠奈ちゃんは、し、してない。けど……なんというか」

「うん?」

 脳内お花畑娘は、小さく切り分けたケーキを郁人に食べさせようとしていた。

「……さんみたいなんだ」

「なに? 脳内花畑、大人しくしてなさい」

 私に注意され、郁人に向けたケーキを自分の口に運び、うなづいていた。

「怒らない? 瑠奈ちゃん」

「怒らないから」

「瑠奈と暮らすようになってから、いつの間にか、瑠花ちゃんがお母さんみたいになってたんだ」

「……。」

 は? おか、お母さん?ってアレよね?ママーのお母さん?

「外から帰ってきたら、あったかいご飯があって、お風呂も出来てて、時々着替えも手伝ってくれて……」

 …って、それは、あなたがいまだに寝起きが悪いからでしょ?!

「そしたら、その……勃たなくなっちゃって……」

 郁人にも羞恥心があったのか、後半の部分だけ声を小さくしたのに……

「そうなんですよ! お姉さん! 郁人くん、エッチの時勃たなかったんでぇー……」

 おい、こら!

 お前には、羞恥心のカケラはないのか!!

 話をパズルのピースみたいにハメ込むと、そんな時に脳内お花畑娘と出会って、ついつい浮気したら、勃っちゃって?おまけに、妖精、いや、妊娠したから別れろと?

 私もそこまで馬鹿ではないが……。

 この脳内お花畑娘が、ママに?

「なんというか、ご愁傷様?」

「うん」

 郁人もわかってらっしゃる?

「ま、話はわかったけど、マンションどうする? 荷物は? 住むとこは?」

「そ、それは、もう終わったから……」

「ん?」

「きょ、今日俺の荷物とかは、麻依ちゃんの部屋に引っ越したから……」

 あらぁ、その手も早いのね?下の手も早かったみたいだけど?

 なんて事は言わず、

「わかった。ここの会計だけは、よろしく。ご愁傷様っ!」と言って、周囲の視線を浴びてそのカフェを出た。

 ここのカフェ、お気に入りだったのに!

 なんで、ここ選んだ?


 ポツンと何かが、頬に当たった。

「さーいあく! 雨降ってきたじゃん! もぉっ!!」

 結婚を夢見ていたのに(女なんで)!

 もうすぐ三十回目の誕生日だったのに!

「やーだー。ついてなーいっ!!」と走ったのが行けなかったのか、側溝の穴に履いてたヒールの踵が挟まってコケた上に折れた。

「これ、お気に入りだったのにぃっ!! 郁人のやつ、浮気なんかするからぁ……」

 足は痛いわ、雨に打たれてびしょ濡れになった上に……

「え? ちょっと何これ! ふーみーとーのーやーつーーーっ!!!」

 確かに、郁人は自分の荷物は運んだと言ってはいたが……。

「私のチェストは? テーブルは? え、共同で買ったテレビも冷蔵庫もないじゃないのぉーーーーーっ!!!」

「有り得ない。何これ。なんかの罰ゲームなの?」と郁人の携帯に電話すれば、冷たいアナウンスが流れる始末。

 翌朝、郁人の会社に朝一番で電話すれば……。

「あー、近藤さんね。クビになりましたよ? 聞いてない?」

 たまたま出た相手が、仕事で付き合いのある人で、郁人の行いが出るわ出るわ……。

「なんか、今日の花井さん、怖い……」とまで言われる始末。

「こんなだったら、郁人の実家にでも行けば良かった。そしたら、お金取れるのにぃ!!!」

 でも、それだけで終わらないのが、泥沼劇場?!

「もぉ、なんなのこれぇーーーーっ!!」

 仕事から帰り、郵便受けの中から出てきたこのマンションを契約してる不動産屋からの封書には、

「家賃六ヶ月以上の滞納により、今月末をもって強制退去となります。延滞分を含めた半年分をこの封書が届いた三日以内に振り込むか、速やかに退去をお願いします」と書かれていた。

「はちじゅうまぁぁぁぁんっ!! って、郁人の奴! 渡した生活費、脳内お花畑に使ったのかぁぁぁぁぁっ!!!」
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