愛の唄……

月詠嗣苑

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九話

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[この飛行機は、ただいまからおよそ20分で成田空港に着陸する予定でございます。
ただいまの時刻は午前7時30分、天気は晴れ、気温は15度でございます。着陸に備えまして、皆さまのお手荷物は、離陸の時と同じように上の棚など……]

 何年振りだろうか?日本に……、いや、東京にやってきたのは……。

 外に出ると、懐かしい空気が、鼻をくすぐるが……。

「さっみーーーっ!! 東京って、こんな寒かったか?」

 そんな独り言を呟きながら、ブラブラ歩く。

 思えばこの数年、いろんな事がありすぎた……。

 事前に分けた金で、俺は顔を変え、別人として生きてきた。

 幾ら同じ名前でも、同姓同名なんて、ごまんといる。

「おっ、タクシー発見!」

 世界中、今はナコロという新種のウイルスで、海外からくる人は、事前に検査をしなくてはいけなかったが、それも無事に済んだ……。

「お客さん、どちらまで?」

 俺は、指定されたホテルへと向かって貰い、チェックイン。

「ここには、9時にくるのか」

 だが、待てども待てども、俺の悪友は来ず……。

「失礼。お客様、なにかお飲み物でも?」

「頼む。なんでもいい」

「それでは、珈琲にアッメリカンなコインでもお入れしますか? 榎木……」

「おまっ……。坂……?」

 坂下と別れる時に、顔も身分も変えると聞いたが……。

「おまっ! 変わりすぎじゃね?」

「お前……、老けたな?」

 ウェイターの制服を着込んだ坂下。あ、戻されたか。今は、結婚して古田になったらしい……。

「お前、結婚は?」

「いや……。現地の女は怖くてな……」

 積もる話もあったが、ちょうどこのホテルの支配人が近づいてきて、坂下は顔を赤くした。

「じゃな。俺、行くとこあるから……」

 手を挙げ、俺は再びタクシーに乗って、ある場所へと向かった。

 もしかしたら、もう覚えてないかも知れない。

 あの頃は、高校生だったか?今は、もう結婚してるだろう……。

 長谷川の事件は、アメリカに入った時に、新聞で知った。幸いにも、沙織ちゃんの事件は、隠密になったが……。俺は死んだし、坂下も死んだ……。

 タクシーは、30分走って、ある小さなマンションの前で停まった。

 ひとめ顔が見れたらいい。

 もう覚えてはいないのだろうし……。

 ジッとそのアパートの一角を眺めていたら、向かいから可愛いワンピースを着た女性が歩いてきた。

 顔があって、会釈をし、その女性は、俺が見ていた部屋の玄関に手を掛けようとして止まった。

 やはり、もう……。

 帰ろうとした時……

「ばかっ! なんで帰るのよっ! いくじなし!」

「……。」

 それでも、動かない俺を見て、彼女が近づいてきて笑った。

 あの時、見せてくれた笑顔。変わってないな……。

「ほら! 寒いから、部屋に入るよっ!」

「え? あ、うん……」

 おかしいな。俺、顔を変えたんだけど?なんで、わかった?


 部屋に通され、小さなテーブルで見合う。

「ひ、久し振りだ、な?」

「そうねっ!」

 え?怒らせた?

「元気……だったか?」

「元気よ! 元気すぎて、お腹すいたわっ!」

 だから、なんで怒るの?

「しかも、顔まで変えてっ! 信じらんないっ!」

 え?そこ?

「でも、覚えててくれたんだ」

「うん。そりゃ、ね……」

 あの時、子供だった彼女は、立派な大人になっていた……。

「でも、なんでわかったの? 俺、前と全然違う顔だろ?」

「そうね。顔は、違うわね! か、お、は!」

 だから、何故また怒る?

「ほら、ここ! よく見なさいよ!」

 鏡を渡され、指をさされた場所。

「あ……」

 小さな頃、家族で旅行に行った時、事故った車の火が飛んできて……。

「これか……」

「うん……」

 顔を変えれば済むと思ってたから……。

「ね、今の名前は?」

「あ? 知りたい?」

「当たり前でしょ? どうやって呼ぶの?」

「佐伯和馬……」

 金で買ったしろもんだが、もうその相手はいない。殺してはいないが……。恐らくもう生きてはいないだろう……。

「私も名前変わったんだよ?」

「は? なんで?」

 部屋からして、一人暮らしっぽいが……。

「奥田沙織……。前は持田だったの覚えてる? あ、珈琲淹れるね?」

「あ、そういや、親父さん……」

 精神病棟で自殺した話は、坂下からの頼りで知ったが……。

 それで、母親の姓に戻ったのか?

「うちのママね、あれから再婚したの。その奥田って人と……」

 私は、佐伯和馬こと元榎木に、あれからの事を話した。

 自分の父親の借金で、ママが奥田と知り合ったこと。

 自分が、拉致監禁され、薬で犯され続けた時に、ママの側にいて親身になってくれてたこと。

 ママが、会わせてくれた愛理佐ちゃんのお父さんであったこと。

 とにかく、たくさんの事を話せるだけ話した……。


「もう、あれから傷はいいのか? 薬も煙草もお酒もしてないか?」

「うん。お酒も煙草も吸わないよ。嫌いだもん。薬も体から抜けたし、今はほら……。ちゃんと新造動いてるでしょ?」

 確かに心臓は、トクントクンと動いてはいるが、あなた女の子でしょ?男の手を胸に当てちゃ……。

「ほんとだ……、動いてる……」

「ね? 元気……でしょ?」

「あぁ……」

 顔が、近づきどちらからともなく、唇が重なった……。

「会いたかった……」

「俺も……。忘れられなかった、お前が……」

 沙織……。

 本当に俺は、お前に会いたかった……。

 あんな悲劇をお前を襲ったが、美佳と似てるお前を抱く事は出来なかった……。

「ママがね、私が目を覚さなかった時、ずっと神様にお願いしてたんだって……」

「そうか……」

 抱きしめながら、部屋の中を転がっては、互いに話す……。

「沙織……」

「……榎、さ、佐伯さん……」

 触れたかったこの唇、抱きしめたかった。

「生き返らせてくれて、ありがとう」

「知ってたのか?」

「ううん。ママや新しいお父さんが、詳しく教えてくれたの……」

「そうか……」

「好きだ……」

「うん。私も好きよ。あなたが、私の初恋だったかも……。ふふっ」

 気付いたら、いつのまにか二人で眠っていた。

「あ、ごめん。寝ちゃった」

「俺もさ。な、飯食いにいく? に米食いたい」

「行こっか?」


 二人並んで駅前まで出た。

 この町に来た事はあるが、昔とかなり違ってて驚いた……。

「いろんな事があって、あの街には住めなくなったけど、今はこうして……。ね?」

「そういや、もうクリスマスが近いのか」

「うん……。今年のクリスマスは、今までよりも、だよ?」

 二階建てのファミレスに着いた。

「へぇ、ここファミレスなのに、食べ放題コースもあるんだな」

「うん。お勧めだよ?」

 なんだろう?さっきから、やけに嫌な視線を感じる……。

 周りを見ても、それらしい人間はいない。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。で、何する? 俺、米があればなんで……」

 やっぱ、視線が……。

「もぉっ! ちゃんと聞いてよぉ! 怒るよ?」

 いや、あなたさっきから怒ってること多いよね?とは言えず、謝る俺。

 おかしい……。

 何か、おかしい。

 俺、元ヤクザだけど……、そんな俺がただの女の子に怒られてばかりなのも、おかしい!

 おかしいことだらけだ。

「なにこれ?」

「タブレット。いやだ……おじさんだわぁ」

「は?」

 やり方を沙織に教えて貰いながら、和食の食べ放題コースを選んだ。

「ね、何さっきからキョロキョロしてんの? もうあの世界の人じゃないんでしょ?」

「うん……」

 その世界から完全に足を洗ったが……。

 ……にしても。なんだろう、さっきから……。

「もぉっ! 落ち着かないわねぇ! そんなに、パパのお店が嫌なの?!」

「は? パパ?」

「うん。パパだよ。奥田の……。あれ、言ってなかった?」

 初耳ですが?沙織さん?

 レストランなら、堅気の人間なんだろうけど……。

「一つ聞いていい? パパって、どんな人?」

「どんな? んー、普通の人かな?」

「そか、普通の人か……」

「うん。元ヤクザだったけどね……ふふっ」

 ふふっ……じゃねーよ、沙織さん?

 元ヤクザって、あんた……。

「お客様? 当店の味に何か問題でも?」

 いつの間にか、ウェイターが来た。

「あ、いえ……」

「パパ!」

 俺は、危うく手にしたトレイを落としそうになった。

「パ、パパ?!」

 なんだろう?この顔を……どこか……で?

「あっ! おまっ……」

「It's a secret.  お客様、お楽しみを……」

 いや、楽しめと言われても……楽しめないって……。奥田、てめーっ!!

 なんて事を本人に言ったら、その場で殺されかねん。

「ほら、いこっ! ここね、デザートもおいしくってね!!」

 あぁ、沙織の声が遠く感じる……。
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