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Vol.01 - 復活
01-039 拒否
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◇ ◇ ◇
博士とのあの日から、およそ一週間。
ケイイチはナオに呼び出され、ナオの自邸を訪れていた。
相変わらず座り慣れないふかふかのソファに腰を沈め、斜め前からは変わらず麗しい笑顔のハルミさんに見つめられ、緊張で啜る紅茶は味がよく分からない。
――ここに来るのはきっとこれが最後になるんだろうな。
正面に座るナオをチラ見しながら、ケイイチはそんな事を考えていた。
アンドロイドに関わる事件は終わったし、それ以前にアルバイトとして事件に関わり始めて以降、まったく何の役にも立っていなかった気がするし。あまつさえ博士に拉致監禁され、ナオが非常に危険な目に合うきっかけを作ってしまったりもした。
火災現場からの脱出にしたって、あれは運がよかっただけだ。一歩間違えばどうなっていたかわからない。
考えれば考えるほど、ケイイチがナオの助手を続けていい理由は、一つもない。
だから、これであなたの仕事はお仕舞いです。ご苦労様でしたさようなら。
そんな話をする事になるのだろうと覚悟をしてケイイチはここに来た――のだが。
肝心のナオは仕事中のようで、先程からオンラインで忙しく誰かとやり取りをしている。
どんな話をしているんだろうと聞き耳を立ててみると、話の内容はあまりに高度すぎてよくわからない上に、どうやら3人くらいの人と全く別の会話を同時進行でやっているらしい。多少慣れはしたものの、その常人離れっぷりにはやはり驚くしかない。
そんなわけでケイイチはしばし紅茶を啜りながら、ナオの仕事が終わるのを待った。待たされる幸運を噛みしめながら。
……先輩の自邸で、先輩の仕事の終わりを待たされる?
それ何ていうボーナスです?
最後の最後にハルミさんの麗しいお姿をしっかりと目に焼き付ける時間をもらえるなんて。
どんな素晴らしい雇用主ですか。
もしここでこれまでのバイト代が払えないとか言われても全くもって文句はないしなんだったらこちらから料金支払うまである。
ケイイチは無駄にたくさんの紅茶を飲み、ハルミさんに何度も紅茶を淹れてもらい、その麗しい所作をじっくり堪能しつつ、ナオの仕事の終わりを待った。終わらない事を期待しながら。
だが、残念ながらそんな時間は永遠には続かない。
「待たせた」
しばらくして、仕事が一通り片付いたようで、ナオはそう言ってケイイチのほうに向き直った。
ケイイチはあからさまに残念そうな顔をしたが、ナオはナオでケイイチのそういう反応にもさすがに慣れたもの。さらっと無視してケイイチの顔をじっと見る。
その目には、一時の怯えや虚無のような色は無い。
勝ち気で、傍若無人で、容赦無い、出会った頃と同じあの目と表情にすっかり戻っている。
「助手には色々面倒かけたね」
「いえいえ……っていうかどちらかというと面倒をかけたのは自分のほうで……」
「そういう辛気くさいのはNG」
「えぇ……」
話し始めた途端にさくっと話の腰をへし折りにくるナオに話の腰痛が痛い。
だが、こんなやりとりをしてこそ玖珂ナオとの会話だ、とケイイチは謎の安心感と少しばかりの快感を覚えた。
「これからどうする?」
「どうする、と言いますと」
「バイト」
「……? 事件終わったし自動的に契約終了、じゃないんですか?」
「そんな条件つけてない」
「いやでも続けるっていう選択肢は……」
「前からアンドロイドに詳しい小間…じゃなくて助手が欲しかったのは確か」
「はあ」
小間使い、って言おうとしたな……と思いつつ、しかしそれ以上に続けるという選択肢がある事が驚きで、ケイイチの口から間の抜けた音が漏れた。
「だから続けるならしっかりこき使う。辞めたいなら辞めてもいい。労働者の権利」
「いやでも続けたとして僕なんかがお役に立てる事なんて……」
「ふーん?」
刹那、悪戯っ子めいた笑みがナオの表情に浮かんだ。
そして次の瞬間、部屋のスピーカーから、
『先輩のことは僕が守ります』
『いつか絶対に先輩を守れるようになってみせます』
そんな声が大音量で響いた。
それは、間違いなくケイイチ自身の声で、間違いなくケイイチが言った記憶のある台詞だった。
「言ったよね」
「……」
「ハルミさんも聞いたよね」
「はい」
ニコニコととてもいい笑顔で訊ねるナオに、大変麗しい笑顔で答えるハルミ。
ケイイチは何も言えず、ただただ俯いて耳まで顔を真っ赤にするしかできない。
「ボクを守ってくれるんだよね?」
「いやあの」
「何でもしてくれるんだよね?」
「何でもする、とは言ってない……です」
「言った」
「言ってないです!」
『……な、何でもしますから』
再びスピーカーから大音量で流れるのは、今度はどこか弱々しいケイイチの声。
「はぇ?」
これはもしかして……出会ったばかりの頃……?
多分、アンドロイドを壊したと難癖つけられて、賠償を逃れるために言った言葉だ。
そんな頃の音声まで残ってるのか?
「言った」
「これは別の時じゃないですか! っていうかこの時は先輩が嘘ついて強迫……」
「チッ」
ナオは小さく舌打ちをし、「薄給で散々こき使ってやろうと思ってたのに」などと不穏な事を呟いている。
「……聞こえてますよ」
ケイイチの言葉にナオは明後日の方向を向いて下手くそな口笛を吹いた。
その姿に、出会ったばかりの頃を思い出し、ケイイチは妙に懐かしい気分になった。
あの時から、1ヶ月ほどしか経っていないのに、なんだかずっと前の出来事だったように思える。
それだけこの1ヶ月が濃密だったという事だろうか。
思えば遠くへ来たものだ。
元旦に自殺しようとしてあっさり失敗し、この恐ろしく頭の回転の速い少女に出会い、それから何度思い返しても何かの悪い夢か妄想としか思えないような事件に出くわし、最後には命の危険というものまで味わった。
恐ろしく濃密で、まるで現実味のない一ヶ月。
この一ヶ月で、ケイイチは、色々な自信のようなものを、完膚なきまでに失った。
ナオの飛び抜けて優秀な頭脳。
そして、何度も自分の命を賭け、緻密な計画で自分の願いを成し遂げようとした博士。
職務をきっちりとこなすギンさんをはじめとした警察の人々。
その一方で、色んな場面であたふたするしかできなかった自分。
それは、自分がどれほど甘っちょろい夢の世界に生きていたのかをを思い知るには十分な経験だった。
僕は多分、ヒーローになれない。
能力も、性格も、マインドも、ヒーローに向いてない。
そんなどうしようもない凡人が、この目の前にいる、特別すぎる脳を持つ特別な人間のそばに居座るなんてこと――
「どうする?」
あらためて訊ねるナオに、ケイイチは腹を決めて答える。
「えっと、やっぱり僕なんかが……」
しかしケイイチのその言葉に、ナオは途端に不機嫌な表情になった。
その表情を見て、気付く。
ああ――そうだ。そうじゃない。
「……じゃないですね」
ケイイチは、慌てて言い直した。
「えっと、続けてもいいと言っていただけたのは素直に嬉しい、です」
自分の価値なんて、自分じゃわからない。
誰かに価値があると言ってもらえたなら、素直に乗っておけばいい。
「でも――」
でも、正直、荷が重い。
あまりに優れた大人達に囲まれて過ごしたあの時間も、「玖珂ナオと一緒にいた」とはさすがに言えず、色んな嘘を抱えたままコミュニティの皆とやりとりしたこの一週間も、少ししんどかった。
もちろん、未練はある。
警察にいる人が果たしている役割というのも、未だによくわかっていない。
警察のアンドロイド達とも全然ふれ合えていないし、何より、右斜め前でにこにこしている麗しいアンドロイドには未練しかない。なんとか映像に収める方法はないかと、古い時代の物理メディアに保存する方式のカメラを買おうかと真剣に悩んだくらいに。
でも、今は何より時間が欲しい。
今回の経験で教えてもらったこと。
別の道の可能性。
ヒーローを助けられる人になること。
いつか、あの時宣言した通りに、この小さな先輩を助ける事ができるようになること。
そのために、知りたい事がたくさんある。
学びたい事もたくさんある。
全て覚えた頃には、この小さな先輩は、もっともっと遠いところにいるのかもしれない。
でも、それでも追いかけたいと思う。
追いかけ続けるための足腰を作るために、今は――
「でも、やっぱり今の自分には、続けるのはちょっと難しいなって……」
「そ。じゃ、辞めるって事でいい?」
「……はい」
「人にお願いをするときは?」
「……辞めさせてください」
ケイイチは深々と頭を下げた。
「……」
しかし、普段から大抵喰い気味にレスポンスを返してくるナオが、その時はすぐに答えを返してこなかった。
不審に思ってケイイチが顔を上げる。
すると、ナオはその表情に、とてもいい笑顔を浮かべていて――
「答えはノーだ!」
勢いよくそう言い放った。
「えぇぇ……?」
ケイイチは、ただただ驚いた。
その答えにも、ナオが拒否をしたというその事実にも。
出会ったばかりの頃、ケイイチが頭を下げただけであれほど簡単にケイイチの願いを聞いたナオが、今は堂々とノーと言う。
これがあの時言っていた「三原則の制約を外した」ということなのだろうか。
「……まじですか」
「ん」
そう答えるナオの目が、「こき使ってやるから覚悟しろ」と言っている。
「じゃあ何で聞いたんですか……」
「拒否は助手相手にしかできないし」
悪戯っ子めいた笑顔を浮かべ、そう悪びれずに言うナオの姿を見て、ケイイチはがっくりとうなだれる。
なるほど、博士との事を知っているのは今のところケイイチだけだ。人間を相手に「拒否」をして見せるのは、ナオの電脳の事を知る相手の中ではケイイチにしかできない。
つまり――ケイイチの返答はわかっていて、最初から拒否するために話を振ったということか。
「ま、ボクの重大な秘密を知ってる以上、監視下に置く必要もあってね」
「さいですか……」
なんという茶番……と思いながらも、事の重大さも監視の必要性も理解はできる。
そういう事であれば仕方ない……気はするが、やはりどこか釈然としない。
とはいえケイイチはケイイチで、頼まれたら基本的にノーと言えない性格だ。
気は重いしほんのり胃も痛いが、ナオが手伝えと言う以上、それを拒否できる気はしなかった。
それに――本気で辞めたかったのなら、ナオがどう言おうが辞めようとしていたはずだ。
それをしなかった時点で、もう答えは出てしまっている。
状況に流されるというのもまた、一つの選択なのだ。
いずれにしても――
ノーと言えるからこそ、選択という行為には意味がある。
ノーを選べるようになったナオの選択が、試行が、一体どんな未来を創っていくのか。
それはどれほど高度な機械知能にも、予測できない。
<Vol.01・完>
博士とのあの日から、およそ一週間。
ケイイチはナオに呼び出され、ナオの自邸を訪れていた。
相変わらず座り慣れないふかふかのソファに腰を沈め、斜め前からは変わらず麗しい笑顔のハルミさんに見つめられ、緊張で啜る紅茶は味がよく分からない。
――ここに来るのはきっとこれが最後になるんだろうな。
正面に座るナオをチラ見しながら、ケイイチはそんな事を考えていた。
アンドロイドに関わる事件は終わったし、それ以前にアルバイトとして事件に関わり始めて以降、まったく何の役にも立っていなかった気がするし。あまつさえ博士に拉致監禁され、ナオが非常に危険な目に合うきっかけを作ってしまったりもした。
火災現場からの脱出にしたって、あれは運がよかっただけだ。一歩間違えばどうなっていたかわからない。
考えれば考えるほど、ケイイチがナオの助手を続けていい理由は、一つもない。
だから、これであなたの仕事はお仕舞いです。ご苦労様でしたさようなら。
そんな話をする事になるのだろうと覚悟をしてケイイチはここに来た――のだが。
肝心のナオは仕事中のようで、先程からオンラインで忙しく誰かとやり取りをしている。
どんな話をしているんだろうと聞き耳を立ててみると、話の内容はあまりに高度すぎてよくわからない上に、どうやら3人くらいの人と全く別の会話を同時進行でやっているらしい。多少慣れはしたものの、その常人離れっぷりにはやはり驚くしかない。
そんなわけでケイイチはしばし紅茶を啜りながら、ナオの仕事が終わるのを待った。待たされる幸運を噛みしめながら。
……先輩の自邸で、先輩の仕事の終わりを待たされる?
それ何ていうボーナスです?
最後の最後にハルミさんの麗しいお姿をしっかりと目に焼き付ける時間をもらえるなんて。
どんな素晴らしい雇用主ですか。
もしここでこれまでのバイト代が払えないとか言われても全くもって文句はないしなんだったらこちらから料金支払うまである。
ケイイチは無駄にたくさんの紅茶を飲み、ハルミさんに何度も紅茶を淹れてもらい、その麗しい所作をじっくり堪能しつつ、ナオの仕事の終わりを待った。終わらない事を期待しながら。
だが、残念ながらそんな時間は永遠には続かない。
「待たせた」
しばらくして、仕事が一通り片付いたようで、ナオはそう言ってケイイチのほうに向き直った。
ケイイチはあからさまに残念そうな顔をしたが、ナオはナオでケイイチのそういう反応にもさすがに慣れたもの。さらっと無視してケイイチの顔をじっと見る。
その目には、一時の怯えや虚無のような色は無い。
勝ち気で、傍若無人で、容赦無い、出会った頃と同じあの目と表情にすっかり戻っている。
「助手には色々面倒かけたね」
「いえいえ……っていうかどちらかというと面倒をかけたのは自分のほうで……」
「そういう辛気くさいのはNG」
「えぇ……」
話し始めた途端にさくっと話の腰をへし折りにくるナオに話の腰痛が痛い。
だが、こんなやりとりをしてこそ玖珂ナオとの会話だ、とケイイチは謎の安心感と少しばかりの快感を覚えた。
「これからどうする?」
「どうする、と言いますと」
「バイト」
「……? 事件終わったし自動的に契約終了、じゃないんですか?」
「そんな条件つけてない」
「いやでも続けるっていう選択肢は……」
「前からアンドロイドに詳しい小間…じゃなくて助手が欲しかったのは確か」
「はあ」
小間使い、って言おうとしたな……と思いつつ、しかしそれ以上に続けるという選択肢がある事が驚きで、ケイイチの口から間の抜けた音が漏れた。
「だから続けるならしっかりこき使う。辞めたいなら辞めてもいい。労働者の権利」
「いやでも続けたとして僕なんかがお役に立てる事なんて……」
「ふーん?」
刹那、悪戯っ子めいた笑みがナオの表情に浮かんだ。
そして次の瞬間、部屋のスピーカーから、
『先輩のことは僕が守ります』
『いつか絶対に先輩を守れるようになってみせます』
そんな声が大音量で響いた。
それは、間違いなくケイイチ自身の声で、間違いなくケイイチが言った記憶のある台詞だった。
「言ったよね」
「……」
「ハルミさんも聞いたよね」
「はい」
ニコニコととてもいい笑顔で訊ねるナオに、大変麗しい笑顔で答えるハルミ。
ケイイチは何も言えず、ただただ俯いて耳まで顔を真っ赤にするしかできない。
「ボクを守ってくれるんだよね?」
「いやあの」
「何でもしてくれるんだよね?」
「何でもする、とは言ってない……です」
「言った」
「言ってないです!」
『……な、何でもしますから』
再びスピーカーから大音量で流れるのは、今度はどこか弱々しいケイイチの声。
「はぇ?」
これはもしかして……出会ったばかりの頃……?
多分、アンドロイドを壊したと難癖つけられて、賠償を逃れるために言った言葉だ。
そんな頃の音声まで残ってるのか?
「言った」
「これは別の時じゃないですか! っていうかこの時は先輩が嘘ついて強迫……」
「チッ」
ナオは小さく舌打ちをし、「薄給で散々こき使ってやろうと思ってたのに」などと不穏な事を呟いている。
「……聞こえてますよ」
ケイイチの言葉にナオは明後日の方向を向いて下手くそな口笛を吹いた。
その姿に、出会ったばかりの頃を思い出し、ケイイチは妙に懐かしい気分になった。
あの時から、1ヶ月ほどしか経っていないのに、なんだかずっと前の出来事だったように思える。
それだけこの1ヶ月が濃密だったという事だろうか。
思えば遠くへ来たものだ。
元旦に自殺しようとしてあっさり失敗し、この恐ろしく頭の回転の速い少女に出会い、それから何度思い返しても何かの悪い夢か妄想としか思えないような事件に出くわし、最後には命の危険というものまで味わった。
恐ろしく濃密で、まるで現実味のない一ヶ月。
この一ヶ月で、ケイイチは、色々な自信のようなものを、完膚なきまでに失った。
ナオの飛び抜けて優秀な頭脳。
そして、何度も自分の命を賭け、緻密な計画で自分の願いを成し遂げようとした博士。
職務をきっちりとこなすギンさんをはじめとした警察の人々。
その一方で、色んな場面であたふたするしかできなかった自分。
それは、自分がどれほど甘っちょろい夢の世界に生きていたのかをを思い知るには十分な経験だった。
僕は多分、ヒーローになれない。
能力も、性格も、マインドも、ヒーローに向いてない。
そんなどうしようもない凡人が、この目の前にいる、特別すぎる脳を持つ特別な人間のそばに居座るなんてこと――
「どうする?」
あらためて訊ねるナオに、ケイイチは腹を決めて答える。
「えっと、やっぱり僕なんかが……」
しかしケイイチのその言葉に、ナオは途端に不機嫌な表情になった。
その表情を見て、気付く。
ああ――そうだ。そうじゃない。
「……じゃないですね」
ケイイチは、慌てて言い直した。
「えっと、続けてもいいと言っていただけたのは素直に嬉しい、です」
自分の価値なんて、自分じゃわからない。
誰かに価値があると言ってもらえたなら、素直に乗っておけばいい。
「でも――」
でも、正直、荷が重い。
あまりに優れた大人達に囲まれて過ごしたあの時間も、「玖珂ナオと一緒にいた」とはさすがに言えず、色んな嘘を抱えたままコミュニティの皆とやりとりしたこの一週間も、少ししんどかった。
もちろん、未練はある。
警察にいる人が果たしている役割というのも、未だによくわかっていない。
警察のアンドロイド達とも全然ふれ合えていないし、何より、右斜め前でにこにこしている麗しいアンドロイドには未練しかない。なんとか映像に収める方法はないかと、古い時代の物理メディアに保存する方式のカメラを買おうかと真剣に悩んだくらいに。
でも、今は何より時間が欲しい。
今回の経験で教えてもらったこと。
別の道の可能性。
ヒーローを助けられる人になること。
いつか、あの時宣言した通りに、この小さな先輩を助ける事ができるようになること。
そのために、知りたい事がたくさんある。
学びたい事もたくさんある。
全て覚えた頃には、この小さな先輩は、もっともっと遠いところにいるのかもしれない。
でも、それでも追いかけたいと思う。
追いかけ続けるための足腰を作るために、今は――
「でも、やっぱり今の自分には、続けるのはちょっと難しいなって……」
「そ。じゃ、辞めるって事でいい?」
「……はい」
「人にお願いをするときは?」
「……辞めさせてください」
ケイイチは深々と頭を下げた。
「……」
しかし、普段から大抵喰い気味にレスポンスを返してくるナオが、その時はすぐに答えを返してこなかった。
不審に思ってケイイチが顔を上げる。
すると、ナオはその表情に、とてもいい笑顔を浮かべていて――
「答えはノーだ!」
勢いよくそう言い放った。
「えぇぇ……?」
ケイイチは、ただただ驚いた。
その答えにも、ナオが拒否をしたというその事実にも。
出会ったばかりの頃、ケイイチが頭を下げただけであれほど簡単にケイイチの願いを聞いたナオが、今は堂々とノーと言う。
これがあの時言っていた「三原則の制約を外した」ということなのだろうか。
「……まじですか」
「ん」
そう答えるナオの目が、「こき使ってやるから覚悟しろ」と言っている。
「じゃあ何で聞いたんですか……」
「拒否は助手相手にしかできないし」
悪戯っ子めいた笑顔を浮かべ、そう悪びれずに言うナオの姿を見て、ケイイチはがっくりとうなだれる。
なるほど、博士との事を知っているのは今のところケイイチだけだ。人間を相手に「拒否」をして見せるのは、ナオの電脳の事を知る相手の中ではケイイチにしかできない。
つまり――ケイイチの返答はわかっていて、最初から拒否するために話を振ったということか。
「ま、ボクの重大な秘密を知ってる以上、監視下に置く必要もあってね」
「さいですか……」
なんという茶番……と思いながらも、事の重大さも監視の必要性も理解はできる。
そういう事であれば仕方ない……気はするが、やはりどこか釈然としない。
とはいえケイイチはケイイチで、頼まれたら基本的にノーと言えない性格だ。
気は重いしほんのり胃も痛いが、ナオが手伝えと言う以上、それを拒否できる気はしなかった。
それに――本気で辞めたかったのなら、ナオがどう言おうが辞めようとしていたはずだ。
それをしなかった時点で、もう答えは出てしまっている。
状況に流されるというのもまた、一つの選択なのだ。
いずれにしても――
ノーと言えるからこそ、選択という行為には意味がある。
ノーを選べるようになったナオの選択が、試行が、一体どんな未来を創っていくのか。
それはどれほど高度な機械知能にも、予測できない。
<Vol.01・完>
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