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Vol.01 - 復活
01-023 失踪
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「遅いな……」
エッフィとの雑談のネタもそろそろ尽きてきたところで、ナオはハルミの戻りが妙に遅い事に気づいた。
時計を確認すると、ハルミが病室を出てから、30分ほど経過している。
この病院と自宅との間は、アンドロイドの足でかなり遅く見積もっても20分あれば往復できるはずだ。
ぬいぐるみが急ぎ必要な事もハルミは理解しているはずだし、30分しても戻らないというのはおかしい。
(何か寄り道でもしてるのかな)
気になって、ナオはアシスタントAIにハルミの現在地を問い合わせる。
(……?)
返ってきた現在地は、自宅マンションのすぐそばだった。
だが、そこは普段踏み入れる事のない路地裏の一角で、おおよそハルミが用のありそうな場所ではない。
念のため、と監視ネットワークを使ってハルミ周辺の現在の状況を確認する。
――と。
返ってきた情報を見て、ドクン、とナオの心臓が跳ねた。
AR上に展開された、ハルミを中心とした三次元の空間に、嫌なものが――いる。
それは、黒ずくめの姿をした男で、ハルミのすぐそばで手を伸ばしている。
まさか――
いや――
まさか、ではない。
これは、簡単に予想できたはずの事。
――どうして、この可能性を考えなかった?
あの事件のせいで思考が鈍っていたとしても。
このところ、すっかりだらけた暮らしになっていたとしても。
ボクは知っていたはずだ。
ハルミが、あの男に狙われる可能性が高いことなんて。
「エッフィごめん、今日はメンテ無理かも」
エッフィにそう告げながら、ナオは思い出していた。
ケイイチから以前受け取った、アンドロイドの電脳のタイプをまとめた資料。
あの中に、ハルミと同型のアンドロイドについての情報もあった。
そこでナオは確かに確認していた。
ハルミの電脳が、連続破壊事件の対象になっていた電脳と同タイプのものだということを。
――なぜ、それを忘れていた?
――なぜ、ボクは、ハルミを一人で外に出してしまった?
――いや、そんな事を今更悔やんでも遅い。
事はすでに起こってしまっている。
今、この瞬間、ハルミが博士もどきに襲われている。
どうすればいい?
どうしたらいい?
ハルミが壊されるのは――嫌だ。
絶対に嫌だ。
幸い、まだハルミは破壊されていない。
遠隔で繋いでステータスチェックもできている。
首は落とされていないし、電脳も壊れていない。
――何か手があるはずだ。
あの男に、ハルミを破壊させないためには、どうすればいい?
どうしたらいい?
ナオの頭脳が高速回転を始める。
博士の事を考え始めた事で、胸の内に強烈な不快感が生まれるが、今はそんなものはどうでもいい。
大丈夫。
落ち着け。
心を乱すな。
慌ててはいけない。
ボクには十分な「考える時間」がある。
慌てず、丁寧に考えろ。
考えながら、動け。
思考は加速できる。だが、物理的な速度は上げられない。
だから、まずは動く。
動きながら、考えろ。
ナオは思考を止めないまま、ベッドから降りた。
体調は悪い。まだ足元もフラつく。
だが、そんな事を言っていられる状況じゃない。
ハルミを喪うわけにはいかない。
現場に一歩一歩と足を進めながら、一つ一つ考えていく。
やるべき事は、まずはとにかくハルミの破壊をさせないこと。
これには自分の身一つではどうしようもない。
警察のアンドロイド達の力が必要になるだろう。
そして、男の身柄の確保も大事だ。
男を捕らえ、目的を吐かせなければ、今後も男は蘇り、ハルミを狙う事になる。
そうすると――問題は、あのデバイスか。
捕まえようとしたら、自らの首を切り落とす可能性が高い。
最悪、男が自身の首を切り離しても何とかなるような用意と――
あとは――そうだ。
男の狙いはハルミだけじゃない。ナオもその対象だ。
だから今こうして現場に向かうのは、鴨が葱を背負って行くようなもの。
自分の身の安全もしっかりと確保しないといけない。
とすれば――必要なものは、超高度医療デバイスと大量のマイクロマシン、そして、十分な速度とパワーの出せるアンドロイド数体と、いくつかの装備――
ナオは考え得る可能性を洗い出し、必要なインフラ、資材、人員を整理する。
個人で揃えられるものは自ら取り寄せ、警察に依頼する必要がある分は、承認だけすれば大丈夫なところまで整えて、ギンジに送りつける。
同時にARコールでギンジを呼び出しながら、目の前でおどおどしているエッフィに、「許可出るかわからないけど、とりあえず一緒に来て」と同行を依頼する。彼女は現場での荒事にはあまり役に立たないかもしれないが、観察力や状況判断能力はすこぶる高い。連れて行けるなら連れて行きたい。
ギンジがARコールに応じるのを待たず、ナオはエッフィに少し支えてもらいながら病室を出、一階に降りるエレベーターに乗り込んだところで、ギンジがコールに応えた。
「ギンさん今動ける?」
「ん?どうした慌てて」
「今送ったの承認お願い」
「んあ? 何だよこれ」
「今から現場向かう。ギンさんも来て」
「待て待て、話が分からねぇ」
「ハルミさんが壊されそう」
「何だって?」
AR越しのギンジの顔が、すっと険しいものに変わる。
「犯人、多分おじさん」
「……マジか」
「早くきて」
「わかった」
ARの向こうで、ギンジの姿が慌ただしく動き出す。
「先走んなよ」
「ん」
そう応えながら、ナオは病院を出て、流しの自律車を捕まえエッフィと一緒に乗り込んだ。
乗り込むと同時に車の手動運転のロックを解除する。
自律運転の車には速度制限があり、救急車などの緊急車両や、警察官など特権を持っている人間以外はその速度制限を突破できない。
唯一、免許を持つ人間が手動運転する場合に限り、その速度制限を突破する事ができる。
――といっても、手動での運転の場合、周囲の自動運転車やAIネットワークなどから送られてくる恐ろしい量の情報を読み解きながら運転する必要があり、それができなければ即座に自動運転に戻される。車の多いこの都心で、しかも通常の速度制限を超えた速度での運転は、人の手に負えるタスクではない――のだが、特別な脳を持つナオにとっては、それは赤子の手をひねるより容易い。一刻一秒を争うこの時に、最速で現場に行くにはこれが最善だ。
自らの運転で車を限界ギリギリの速度で走らせ、体にかかる強烈なGを感じながら、ナオはさらに追加の準備を進めていく。
AIネットワークに接続し、現場付近のマイクロマシン濃度を上げるように依頼する。
ナオの権限で動かせる、高度医療設備の整った車両を現場付近に向かわせる。
ドローンが運んできた、出がけに発注した装備――電流や刃物などを通さないフードつきのコートとスタンガン――を、車窓から受け取って身につける。
同時にもちろん、現場のハルミの動きもきっちりとモニタリングする。
博士もどきは何かに手間取っているようで、ハルミはまだ破壊はされていない。
ギンジ達の動きも確認。依頼は全て無事通ったようで、アンドロイド3体を伴って、ナオの3分後には現場に来てくれそうだ。エッフィに力を借りる許可も下りた。
おおよそできる限りの準備をし、車を飛ばすこと2分と32秒。
ナオは現場にたどり着き――そこに記憶の中で見飽きるほど見た黒ずくめの男、そしてハルミの姿を見た。
エッフィとの雑談のネタもそろそろ尽きてきたところで、ナオはハルミの戻りが妙に遅い事に気づいた。
時計を確認すると、ハルミが病室を出てから、30分ほど経過している。
この病院と自宅との間は、アンドロイドの足でかなり遅く見積もっても20分あれば往復できるはずだ。
ぬいぐるみが急ぎ必要な事もハルミは理解しているはずだし、30分しても戻らないというのはおかしい。
(何か寄り道でもしてるのかな)
気になって、ナオはアシスタントAIにハルミの現在地を問い合わせる。
(……?)
返ってきた現在地は、自宅マンションのすぐそばだった。
だが、そこは普段踏み入れる事のない路地裏の一角で、おおよそハルミが用のありそうな場所ではない。
念のため、と監視ネットワークを使ってハルミ周辺の現在の状況を確認する。
――と。
返ってきた情報を見て、ドクン、とナオの心臓が跳ねた。
AR上に展開された、ハルミを中心とした三次元の空間に、嫌なものが――いる。
それは、黒ずくめの姿をした男で、ハルミのすぐそばで手を伸ばしている。
まさか――
いや――
まさか、ではない。
これは、簡単に予想できたはずの事。
――どうして、この可能性を考えなかった?
あの事件のせいで思考が鈍っていたとしても。
このところ、すっかりだらけた暮らしになっていたとしても。
ボクは知っていたはずだ。
ハルミが、あの男に狙われる可能性が高いことなんて。
「エッフィごめん、今日はメンテ無理かも」
エッフィにそう告げながら、ナオは思い出していた。
ケイイチから以前受け取った、アンドロイドの電脳のタイプをまとめた資料。
あの中に、ハルミと同型のアンドロイドについての情報もあった。
そこでナオは確かに確認していた。
ハルミの電脳が、連続破壊事件の対象になっていた電脳と同タイプのものだということを。
――なぜ、それを忘れていた?
――なぜ、ボクは、ハルミを一人で外に出してしまった?
――いや、そんな事を今更悔やんでも遅い。
事はすでに起こってしまっている。
今、この瞬間、ハルミが博士もどきに襲われている。
どうすればいい?
どうしたらいい?
ハルミが壊されるのは――嫌だ。
絶対に嫌だ。
幸い、まだハルミは破壊されていない。
遠隔で繋いでステータスチェックもできている。
首は落とされていないし、電脳も壊れていない。
――何か手があるはずだ。
あの男に、ハルミを破壊させないためには、どうすればいい?
どうしたらいい?
ナオの頭脳が高速回転を始める。
博士の事を考え始めた事で、胸の内に強烈な不快感が生まれるが、今はそんなものはどうでもいい。
大丈夫。
落ち着け。
心を乱すな。
慌ててはいけない。
ボクには十分な「考える時間」がある。
慌てず、丁寧に考えろ。
考えながら、動け。
思考は加速できる。だが、物理的な速度は上げられない。
だから、まずは動く。
動きながら、考えろ。
ナオは思考を止めないまま、ベッドから降りた。
体調は悪い。まだ足元もフラつく。
だが、そんな事を言っていられる状況じゃない。
ハルミを喪うわけにはいかない。
現場に一歩一歩と足を進めながら、一つ一つ考えていく。
やるべき事は、まずはとにかくハルミの破壊をさせないこと。
これには自分の身一つではどうしようもない。
警察のアンドロイド達の力が必要になるだろう。
そして、男の身柄の確保も大事だ。
男を捕らえ、目的を吐かせなければ、今後も男は蘇り、ハルミを狙う事になる。
そうすると――問題は、あのデバイスか。
捕まえようとしたら、自らの首を切り落とす可能性が高い。
最悪、男が自身の首を切り離しても何とかなるような用意と――
あとは――そうだ。
男の狙いはハルミだけじゃない。ナオもその対象だ。
だから今こうして現場に向かうのは、鴨が葱を背負って行くようなもの。
自分の身の安全もしっかりと確保しないといけない。
とすれば――必要なものは、超高度医療デバイスと大量のマイクロマシン、そして、十分な速度とパワーの出せるアンドロイド数体と、いくつかの装備――
ナオは考え得る可能性を洗い出し、必要なインフラ、資材、人員を整理する。
個人で揃えられるものは自ら取り寄せ、警察に依頼する必要がある分は、承認だけすれば大丈夫なところまで整えて、ギンジに送りつける。
同時にARコールでギンジを呼び出しながら、目の前でおどおどしているエッフィに、「許可出るかわからないけど、とりあえず一緒に来て」と同行を依頼する。彼女は現場での荒事にはあまり役に立たないかもしれないが、観察力や状況判断能力はすこぶる高い。連れて行けるなら連れて行きたい。
ギンジがARコールに応じるのを待たず、ナオはエッフィに少し支えてもらいながら病室を出、一階に降りるエレベーターに乗り込んだところで、ギンジがコールに応えた。
「ギンさん今動ける?」
「ん?どうした慌てて」
「今送ったの承認お願い」
「んあ? 何だよこれ」
「今から現場向かう。ギンさんも来て」
「待て待て、話が分からねぇ」
「ハルミさんが壊されそう」
「何だって?」
AR越しのギンジの顔が、すっと険しいものに変わる。
「犯人、多分おじさん」
「……マジか」
「早くきて」
「わかった」
ARの向こうで、ギンジの姿が慌ただしく動き出す。
「先走んなよ」
「ん」
そう応えながら、ナオは病院を出て、流しの自律車を捕まえエッフィと一緒に乗り込んだ。
乗り込むと同時に車の手動運転のロックを解除する。
自律運転の車には速度制限があり、救急車などの緊急車両や、警察官など特権を持っている人間以外はその速度制限を突破できない。
唯一、免許を持つ人間が手動運転する場合に限り、その速度制限を突破する事ができる。
――といっても、手動での運転の場合、周囲の自動運転車やAIネットワークなどから送られてくる恐ろしい量の情報を読み解きながら運転する必要があり、それができなければ即座に自動運転に戻される。車の多いこの都心で、しかも通常の速度制限を超えた速度での運転は、人の手に負えるタスクではない――のだが、特別な脳を持つナオにとっては、それは赤子の手をひねるより容易い。一刻一秒を争うこの時に、最速で現場に行くにはこれが最善だ。
自らの運転で車を限界ギリギリの速度で走らせ、体にかかる強烈なGを感じながら、ナオはさらに追加の準備を進めていく。
AIネットワークに接続し、現場付近のマイクロマシン濃度を上げるように依頼する。
ナオの権限で動かせる、高度医療設備の整った車両を現場付近に向かわせる。
ドローンが運んできた、出がけに発注した装備――電流や刃物などを通さないフードつきのコートとスタンガン――を、車窓から受け取って身につける。
同時にもちろん、現場のハルミの動きもきっちりとモニタリングする。
博士もどきは何かに手間取っているようで、ハルミはまだ破壊はされていない。
ギンジ達の動きも確認。依頼は全て無事通ったようで、アンドロイド3体を伴って、ナオの3分後には現場に来てくれそうだ。エッフィに力を借りる許可も下りた。
おおよそできる限りの準備をし、車を飛ばすこと2分と32秒。
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