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Vol.01 - 復活
01-008 就職
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「アルバイト、ですか……?」
「兄ちゃんアンドロイド周り詳しそうだからよ。ちょっと知恵を貸してもらえねぇかなと」
「は、はぁ……」
「給料弾むぜ?」
「いやあのええと……」
「ボクは反対」
横で聞いていたナオが、鋭く割り込んできた。
「まぁいいじゃねぇか」
「知ってるよね……?」
「ああお前さんの人嫌いはよく知ってるよ。俺が嬢ちゃんと一緒にまともに仕事できるようになるまでどれだけかかったと思ってんだ」
ナオの怒気を含んだ物言いに、怯むことなく飄々と言って返すギンジ。
「だったら……」
「そうはいっても、このヒントは逃せねぇだろうが」
「……」
「この兄ちゃんのお陰で、壊されたアンドロイドに共通項があるって事が今わかった。共通項があるって事は、何か意図があるって事だ。それが分かれば犯人が見えてくるかもしれねぇ。それを探る上で、この兄ちゃんの知識は役に立つ。違うか?」
「それはそう、だけど」
「……ん? なんだ? 自分よりアンドロイドに詳しいからって嫉妬でもしてんのか?」
「…………」
「わかりやすいなぁ嬢ちゃんは」
「ち、違うもん!」
ギンジの挑発するような物言いに、顔を僅かに赤らめて言い返すナオ。
外見相応、年相応のリアクションを初めて見た心地がして、ケイイチは不覚にも萌えた。が――
「そんな馬鹿ガキと一緒に仕事とか考えただけで反吐が出るってだけ」
相変わらずひどい言われようである。
「で、兄ちゃん、どうだ?」
「どうだと言われましても……ものすごい勢いで嫌がられてますし」
「あのアホの事は気にすんな。興味があるかないかで言ったら、どうだ?」
「興味は……」
急に降って湧いた話に、正直なところ頭がついていっていない。
警察の、お手伝い。
警察といったら、まさしく「世のため人のため」の組織だ。
「世のため人のため」の組織である警察で、人は何をしているのか。
このAI時代に、一体どんな役割があるのか。
それは、気になる。興味があるに決まっている。
でも――自分なんかが役に立てるのだろうか。
そもそも、警察といったら――
「……あの、警察って、すごいAIとかいるんですよね……?」
国内で数少ない、超AIの中の超AIとでも言うべき、大規模AIが運用されている組織だ。
そんな凄いAIがいるところで、ケイイチのようなずぶの素人が役に立てるとは到底思えない。
「そうだな」
「僕なんかで何かお役に立てるんですかね……」
「少なくとも今間違いなく役に立ったな」
そう言ってキラっと星の一つでも飛び出してきそうな勢いでウィンクしてみせるギンジ。
この、するするっと懐に入ってくる嫌味のなさは、人生の経験値によるものなのだろうか。とりあえずこのおじさんを嫌いにはなれそうにない。
「いやな、もちろんAIも使ってあれこれ調べてはいたんだけどな……アンドロイドってよ、AIが作ってるだろ?」
「はい」
「なのに不思議とAI自身が情報持ってねぇのよ」
「そうなんですか?」
「電脳がどうとか、興味ねぇんじゃねぇかね」
「違う」
ナオがぼそりと言う。
「アンドロイド、全部違うから」
「……どういう事だ?」
「ああ……前にアンドロイド好きの集まるコミュニティでもAIにアンドロイドの分類させようとした人いたんですけど、うまくいかなくて」
詳しく説明する気のなさそうなナオの様子を察して、ケイイチが引き継ぐ。
「ほう……?」
「アンドロイドって、全てカスタムメイドの一点物で全部違うものなので、分類する、みたいな事がAIにはできなかったとかなんとか」
「そ。人と同じ」
「……?」
「ああええと、人を分類する、みたいな事って難しいじゃないですか。昔は肌の色がどうとかあったみたいですけど、今はその辺も曖昧ですし。人それぞれ細かく色々違うから、何をもって分類すればいいのか……みたいな」
話について来られていない様子のギンジに、再びケイイチが説明を補う。
「それと同じで、アンドロイドの分類はできない、っていう感じかなと」
言いながら、それで合ってますよね、という意味でナオに目線を送るが、ナオはそれをあっさりと無視してどこか不機嫌そうな表情をしているだけだ。
……まあ、訂正されないという事はきっと恐らく多分大丈夫なんだろう。
「なるほどな」
ギンジはうんうんと頷いている。
「話の中身は微妙によくわからねぇが」
「えぇ……」
「それだけの説明できるなら問題ねぇな。な、嬢ちゃん」
そう言ってニカっと笑うギンジ。
水を向けられたナオは無言で、特に肯定はしないが否定もしなかった。
「で、どうだ?」
「どうだ、と言いますと……?」
「バイトだよバイト」
「ああ……」
ケイイチはしばし逡巡する。
興味はある。もちろんある。
でも、本当に自分なんかで役に立てるのか?
迷惑をかけたりしてしまわないだろうか。
これまでに散々やらかしてきた失敗の記憶が脳裏をよぎる。
あんな事になったら……。
――でも。
今求められてるのは、どうやら散々失敗してきた人助けの能力のほうじゃない。
アンドロイドのおたくとしての知識だ。
それだったら、もしかしたら、少しくらいは……?
ナオという少女が妙に嫌がっている事は気になるが、「興味があるか?」という問いに対する返事ということなら――
「……僕なんかでお役に立てる事があるなら……」
「興味ある、ってことでいいんだな?」
「はい」
ケイイチははっきりと頷いた。
その返答を聞いて、ギンジは「よし」と一つ頷く。
一方のナオはやはり「ボクは反対だからね」と拒絶の声を上げた。
そんなナオの反応を見て、ギンジの表情に一瞬、悪戯好きな悪童のような気配が混じる。
「そうかそうか」
ギンジはそう言って鷹揚に一つ頷くと、
「ま、嬢ちゃんが嫌だってんなら、本部のほうで雇うしかねぇな……」
そう、どことなく芝居がかった態度で言った。
「……?」
「別働隊になるし、兄ちゃんからの情報は嬢ちゃんには共有できねぇかもしれねぇが悪く思うなよ?」
「……」
ギンジの言葉に、ナオが何やら複雑な表情になる。
「いや残念だなぁ。今回の件は嬢ちゃんに活躍してほしかったんだが」
「……」
「ま、こいつの事含め、今回の事はこっちでどうにかするからよ」
ギンジがナオの足下、壊れたアンドロイド【R12】を親指で指しながらそう言うと、ナオの表情がより一層複雑になった。
「ぐぬぬ……」
ナオのその表情を確認して、ギンジはニヤリと笑うと、
「兄ちゃん、ちょっと耳貸せ」
「……?」
ギンジはケイイチの耳元に口を寄せ、ごにょごにょと二言三言話をする。
「え……?」
「ま、意味はわからねぇと思うが、やってみな」
疑問符を浮かべるケイイチに、ギンジはそう言って小さなウィンクを一つした。
ケイイチは、ギンジに言われた通り、ゆっくりと立ち上がると、ナオの方に向き直る。
そして、
「ナオさんのところで働かせてくださ……い?」
そう言って深々と頭を下げた。
語尾が微妙に疑問形になってしまったのは、自分のやっている事の意味が全くわからなかったからだ。
あれほどはっきりと拒否の意思を示していた人に対して、頭を下げたからどうだと言うのか。全く意味がわからない。
だが、そんなケイイチの行動に、ナオの表情は分かりやすく色めき立った。
「ギンさんそれは卑怯……!」
「まあいいじゃねぇか」
ナオの非難の声に、どこか楽しそうな、あくどい笑みを浮かべるギンジ。
一方のケイイチは、ただただ脳内に疑問符を浮かべる事しかできない。
頭を下げてお願いしたからといって、はいそうですかと受け入れてくれるわけがないし――
しかし、そんなケイイチの予想に反して、その言葉と行動は、ナオの心を見事に揺さぶっていた。
ナオの心から、固かった反対の意思が、ふっと薄れていく。
確かに、ギンさんの言う通り、この子の持つ知識は魅力的だ。
アーちゃんの仇討ちを考えるなら、ここでこの子を逃すのは惜しい。
そう、論理的に考えれば、この子を引き入れないという選択肢はない……のかもしれない?
受け入れてもいいんじゃない……かな?
いやいや、これはさすがに良くない。これはギンさんの策略で、受け入れる意味は……でも……。
ナオの胸の内で、何かが組み変わっていく。
そしてしばしの時を経て、
「し……仕方ないな……」
ナオは、不承不承といった様子ではあるが、ケイイチが働く事を了承した。
目で「な?」と言うギンジに、まるでついて行けないケイイチ。
一体目の前で何が起きているのかわからない。
やった事は、頭を下げてお願いした、それだけの事だ。
それだけの事で、なぜ?
実はこの人、チョロい……?
頼まれると断れないタイプ、とか?
いや、さすがにあの態度と言動で、その性格というのはあり得ない気がするのだけど……。
全く何が起こっているのかよくわからない。
わからないが――とにかくそういうことになった……らしい?
状況に頭が追いつかず、ケイイチが呆けていると、
「細けぇ事は後日連絡するが、連絡先はこれでいいか?」
ギンジがそう言ってメッセージアドレスをケイイチのAR空間に投げてきた。
何で僕のアドレス知ってるんだろう、と一瞬思ったが、そういえば相手は警察だ。ケイイチのような情報開示民の人間の連絡先なら、一定以上の権限があれば、見ればすぐに分かる。
ケイイチはアドレスを確認の上、「はい」と返事をした。
ギンジは「OK」と言いながら、手元のタブレットにスタイラスペンで何かを書き込んでいる。
それが一段落したところで、ギンジは何かを思い出したらしい。「あー……」と声を上げながら、ペンの頭でトントンと額をノックしだした。
「……そういや兄ちゃん、上から落ちてきたんだったな」
「……はい……」
怪我もほとんどない上に色々な事があってケイイチ自身も忘れかけていた。
ほんの数十分ほど前に、ケイイチは高いビルの上から落ちたのだ。
「大丈夫か? 色々と。何なら家まで送ってくし、状況によっちゃ別の場所なんかも紹介できるが」
飛び降りの事情などを慮って色々と気を回してくれるギンジに、
「えっと……」
ケイイチはあらためて自分の状態を確認する。
体に痛みはない。自殺の理由も家族は無関係の個人的なものだし、家に帰りたくないとか警察の保護が必要とか、そんな事は全くない。神社の手伝いに行くという嘘をついた事は、どうにか誤魔化せるだろう。
「大丈夫です」
「また何かあったんじゃ寝覚めが悪ぃから一応確認しとくが、また同じような事したりはしねぇよな?」
「……はい」
……なぜならすんごく怖かったので、とは情けなさ過ぎてさすがに言えないケイイチ。
「約束だぜ?」
「はい」
「おし。んじゃまた連絡する。俺たちゃここでもう少しやる事あるんでな。気ぃつけて帰れよ」
ギンジの言葉にケイイチは「はい」と返事をし、捜査の邪魔をしてはいけないと、そそくさとその場を離れた。
去り際に一瞬ナオと目が合う。
その目にこもった感情に、当初の拒絶するような攻撃的な色はない――ようにケイイチは感じたが、それで合っているのかどうかは、ケイイチにはいまいち自信が持てなかった。
◇ ◇ ◇
(こんな事になるなんて……)
誰もいないビジネス街を一人歩きながら、ケイイチは考えていた。
人の役に立ちたくて、立てなくて。
死にたくて、死のうとして、でも死ねなくて。
死ぬのを諦めた途端にビルの屋上から落っこちて死にそうになり、さらに下に人がいて大事故か……というところでなぜか助かって。
助けられた相手が警察の人で、なぜか警察でアルバイトをする事になる。
全て、色々な偶然が重なって、たまたま起きた事だけど、何か運命的なものを感じざるを得ない。
――警察。
それは、ヒーローに憧れてきたケイイチにとって、とても重要な意味を持つ組織だ。
まごうことなき「世のため人のため」の組織であり、ヒーローに近しい存在。
思えば、子供の頃読んだヒーローものの物語でも、ヒーローのそばには必ずそれをサポートする人達がいて、そんな中に必ず警察の人間というのもいたはずだ。
ヒーローだって、一人で何もかもをこなせるわけじゃない。
警察のような正義の組織がそばにいて、ヒーローだけではできない事を補ってくれる。
だからこそ、ヒーローはヒーローたりえる。
これまでケイイチは、ヒーローに憧れるばかり、そんな「ヒーローを支える人」という存在の事を忘れてしまっていた。
もしかしたら、もしかして。
この超AI時代、人の身でヒーローになることはできないとしても、ヒーローをサポートする人間になる道はあるのだろうか。
警察という組織が今もこうしてこの社会にあって、ギンジやナオのような人が働いている。
ならきっと、何か人間にも役割というのもあるはず。
もはや自分の命と一緒に捨てるしかないと思っていたあの夢は、まだもう少しだけ捨てずに取っておいてもいい――のだろうか。
とはいえ――
正直、ほとんど不安しかない。
ボランティアではない、はじめてのアルバイト。
僕はちゃんと、うまくできるのだろうか?
ひどい失敗をしてしまうんじゃないか?
これまでのように。
でも、ほんの少しだけ、期待がある。
あの、どこか勝ち気で不思議な少女に。
飄々としたダンディなおじさんに。
ケイイチの足が震えていたのは、失敗への恐れなのか、武者震いなのか。
それは本人にもよくわからない。
でも、それが何かこれまでとは違う未来に対してのものなのは、確かだった。
そして――
そんなケイイチの様子を覗く目があり、何かを確認して嬉しげに細まった事には――誰一人、気づく者はいなかった。
「兄ちゃんアンドロイド周り詳しそうだからよ。ちょっと知恵を貸してもらえねぇかなと」
「は、はぁ……」
「給料弾むぜ?」
「いやあのええと……」
「ボクは反対」
横で聞いていたナオが、鋭く割り込んできた。
「まぁいいじゃねぇか」
「知ってるよね……?」
「ああお前さんの人嫌いはよく知ってるよ。俺が嬢ちゃんと一緒にまともに仕事できるようになるまでどれだけかかったと思ってんだ」
ナオの怒気を含んだ物言いに、怯むことなく飄々と言って返すギンジ。
「だったら……」
「そうはいっても、このヒントは逃せねぇだろうが」
「……」
「この兄ちゃんのお陰で、壊されたアンドロイドに共通項があるって事が今わかった。共通項があるって事は、何か意図があるって事だ。それが分かれば犯人が見えてくるかもしれねぇ。それを探る上で、この兄ちゃんの知識は役に立つ。違うか?」
「それはそう、だけど」
「……ん? なんだ? 自分よりアンドロイドに詳しいからって嫉妬でもしてんのか?」
「…………」
「わかりやすいなぁ嬢ちゃんは」
「ち、違うもん!」
ギンジの挑発するような物言いに、顔を僅かに赤らめて言い返すナオ。
外見相応、年相応のリアクションを初めて見た心地がして、ケイイチは不覚にも萌えた。が――
「そんな馬鹿ガキと一緒に仕事とか考えただけで反吐が出るってだけ」
相変わらずひどい言われようである。
「で、兄ちゃん、どうだ?」
「どうだと言われましても……ものすごい勢いで嫌がられてますし」
「あのアホの事は気にすんな。興味があるかないかで言ったら、どうだ?」
「興味は……」
急に降って湧いた話に、正直なところ頭がついていっていない。
警察の、お手伝い。
警察といったら、まさしく「世のため人のため」の組織だ。
「世のため人のため」の組織である警察で、人は何をしているのか。
このAI時代に、一体どんな役割があるのか。
それは、気になる。興味があるに決まっている。
でも――自分なんかが役に立てるのだろうか。
そもそも、警察といったら――
「……あの、警察って、すごいAIとかいるんですよね……?」
国内で数少ない、超AIの中の超AIとでも言うべき、大規模AIが運用されている組織だ。
そんな凄いAIがいるところで、ケイイチのようなずぶの素人が役に立てるとは到底思えない。
「そうだな」
「僕なんかで何かお役に立てるんですかね……」
「少なくとも今間違いなく役に立ったな」
そう言ってキラっと星の一つでも飛び出してきそうな勢いでウィンクしてみせるギンジ。
この、するするっと懐に入ってくる嫌味のなさは、人生の経験値によるものなのだろうか。とりあえずこのおじさんを嫌いにはなれそうにない。
「いやな、もちろんAIも使ってあれこれ調べてはいたんだけどな……アンドロイドってよ、AIが作ってるだろ?」
「はい」
「なのに不思議とAI自身が情報持ってねぇのよ」
「そうなんですか?」
「電脳がどうとか、興味ねぇんじゃねぇかね」
「違う」
ナオがぼそりと言う。
「アンドロイド、全部違うから」
「……どういう事だ?」
「ああ……前にアンドロイド好きの集まるコミュニティでもAIにアンドロイドの分類させようとした人いたんですけど、うまくいかなくて」
詳しく説明する気のなさそうなナオの様子を察して、ケイイチが引き継ぐ。
「ほう……?」
「アンドロイドって、全てカスタムメイドの一点物で全部違うものなので、分類する、みたいな事がAIにはできなかったとかなんとか」
「そ。人と同じ」
「……?」
「ああええと、人を分類する、みたいな事って難しいじゃないですか。昔は肌の色がどうとかあったみたいですけど、今はその辺も曖昧ですし。人それぞれ細かく色々違うから、何をもって分類すればいいのか……みたいな」
話について来られていない様子のギンジに、再びケイイチが説明を補う。
「それと同じで、アンドロイドの分類はできない、っていう感じかなと」
言いながら、それで合ってますよね、という意味でナオに目線を送るが、ナオはそれをあっさりと無視してどこか不機嫌そうな表情をしているだけだ。
……まあ、訂正されないという事はきっと恐らく多分大丈夫なんだろう。
「なるほどな」
ギンジはうんうんと頷いている。
「話の中身は微妙によくわからねぇが」
「えぇ……」
「それだけの説明できるなら問題ねぇな。な、嬢ちゃん」
そう言ってニカっと笑うギンジ。
水を向けられたナオは無言で、特に肯定はしないが否定もしなかった。
「で、どうだ?」
「どうだ、と言いますと……?」
「バイトだよバイト」
「ああ……」
ケイイチはしばし逡巡する。
興味はある。もちろんある。
でも、本当に自分なんかで役に立てるのか?
迷惑をかけたりしてしまわないだろうか。
これまでに散々やらかしてきた失敗の記憶が脳裏をよぎる。
あんな事になったら……。
――でも。
今求められてるのは、どうやら散々失敗してきた人助けの能力のほうじゃない。
アンドロイドのおたくとしての知識だ。
それだったら、もしかしたら、少しくらいは……?
ナオという少女が妙に嫌がっている事は気になるが、「興味があるか?」という問いに対する返事ということなら――
「……僕なんかでお役に立てる事があるなら……」
「興味ある、ってことでいいんだな?」
「はい」
ケイイチははっきりと頷いた。
その返答を聞いて、ギンジは「よし」と一つ頷く。
一方のナオはやはり「ボクは反対だからね」と拒絶の声を上げた。
そんなナオの反応を見て、ギンジの表情に一瞬、悪戯好きな悪童のような気配が混じる。
「そうかそうか」
ギンジはそう言って鷹揚に一つ頷くと、
「ま、嬢ちゃんが嫌だってんなら、本部のほうで雇うしかねぇな……」
そう、どことなく芝居がかった態度で言った。
「……?」
「別働隊になるし、兄ちゃんからの情報は嬢ちゃんには共有できねぇかもしれねぇが悪く思うなよ?」
「……」
ギンジの言葉に、ナオが何やら複雑な表情になる。
「いや残念だなぁ。今回の件は嬢ちゃんに活躍してほしかったんだが」
「……」
「ま、こいつの事含め、今回の事はこっちでどうにかするからよ」
ギンジがナオの足下、壊れたアンドロイド【R12】を親指で指しながらそう言うと、ナオの表情がより一層複雑になった。
「ぐぬぬ……」
ナオのその表情を確認して、ギンジはニヤリと笑うと、
「兄ちゃん、ちょっと耳貸せ」
「……?」
ギンジはケイイチの耳元に口を寄せ、ごにょごにょと二言三言話をする。
「え……?」
「ま、意味はわからねぇと思うが、やってみな」
疑問符を浮かべるケイイチに、ギンジはそう言って小さなウィンクを一つした。
ケイイチは、ギンジに言われた通り、ゆっくりと立ち上がると、ナオの方に向き直る。
そして、
「ナオさんのところで働かせてくださ……い?」
そう言って深々と頭を下げた。
語尾が微妙に疑問形になってしまったのは、自分のやっている事の意味が全くわからなかったからだ。
あれほどはっきりと拒否の意思を示していた人に対して、頭を下げたからどうだと言うのか。全く意味がわからない。
だが、そんなケイイチの行動に、ナオの表情は分かりやすく色めき立った。
「ギンさんそれは卑怯……!」
「まあいいじゃねぇか」
ナオの非難の声に、どこか楽しそうな、あくどい笑みを浮かべるギンジ。
一方のケイイチは、ただただ脳内に疑問符を浮かべる事しかできない。
頭を下げてお願いしたからといって、はいそうですかと受け入れてくれるわけがないし――
しかし、そんなケイイチの予想に反して、その言葉と行動は、ナオの心を見事に揺さぶっていた。
ナオの心から、固かった反対の意思が、ふっと薄れていく。
確かに、ギンさんの言う通り、この子の持つ知識は魅力的だ。
アーちゃんの仇討ちを考えるなら、ここでこの子を逃すのは惜しい。
そう、論理的に考えれば、この子を引き入れないという選択肢はない……のかもしれない?
受け入れてもいいんじゃない……かな?
いやいや、これはさすがに良くない。これはギンさんの策略で、受け入れる意味は……でも……。
ナオの胸の内で、何かが組み変わっていく。
そしてしばしの時を経て、
「し……仕方ないな……」
ナオは、不承不承といった様子ではあるが、ケイイチが働く事を了承した。
目で「な?」と言うギンジに、まるでついて行けないケイイチ。
一体目の前で何が起きているのかわからない。
やった事は、頭を下げてお願いした、それだけの事だ。
それだけの事で、なぜ?
実はこの人、チョロい……?
頼まれると断れないタイプ、とか?
いや、さすがにあの態度と言動で、その性格というのはあり得ない気がするのだけど……。
全く何が起こっているのかよくわからない。
わからないが――とにかくそういうことになった……らしい?
状況に頭が追いつかず、ケイイチが呆けていると、
「細けぇ事は後日連絡するが、連絡先はこれでいいか?」
ギンジがそう言ってメッセージアドレスをケイイチのAR空間に投げてきた。
何で僕のアドレス知ってるんだろう、と一瞬思ったが、そういえば相手は警察だ。ケイイチのような情報開示民の人間の連絡先なら、一定以上の権限があれば、見ればすぐに分かる。
ケイイチはアドレスを確認の上、「はい」と返事をした。
ギンジは「OK」と言いながら、手元のタブレットにスタイラスペンで何かを書き込んでいる。
それが一段落したところで、ギンジは何かを思い出したらしい。「あー……」と声を上げながら、ペンの頭でトントンと額をノックしだした。
「……そういや兄ちゃん、上から落ちてきたんだったな」
「……はい……」
怪我もほとんどない上に色々な事があってケイイチ自身も忘れかけていた。
ほんの数十分ほど前に、ケイイチは高いビルの上から落ちたのだ。
「大丈夫か? 色々と。何なら家まで送ってくし、状況によっちゃ別の場所なんかも紹介できるが」
飛び降りの事情などを慮って色々と気を回してくれるギンジに、
「えっと……」
ケイイチはあらためて自分の状態を確認する。
体に痛みはない。自殺の理由も家族は無関係の個人的なものだし、家に帰りたくないとか警察の保護が必要とか、そんな事は全くない。神社の手伝いに行くという嘘をついた事は、どうにか誤魔化せるだろう。
「大丈夫です」
「また何かあったんじゃ寝覚めが悪ぃから一応確認しとくが、また同じような事したりはしねぇよな?」
「……はい」
……なぜならすんごく怖かったので、とは情けなさ過ぎてさすがに言えないケイイチ。
「約束だぜ?」
「はい」
「おし。んじゃまた連絡する。俺たちゃここでもう少しやる事あるんでな。気ぃつけて帰れよ」
ギンジの言葉にケイイチは「はい」と返事をし、捜査の邪魔をしてはいけないと、そそくさとその場を離れた。
去り際に一瞬ナオと目が合う。
その目にこもった感情に、当初の拒絶するような攻撃的な色はない――ようにケイイチは感じたが、それで合っているのかどうかは、ケイイチにはいまいち自信が持てなかった。
◇ ◇ ◇
(こんな事になるなんて……)
誰もいないビジネス街を一人歩きながら、ケイイチは考えていた。
人の役に立ちたくて、立てなくて。
死にたくて、死のうとして、でも死ねなくて。
死ぬのを諦めた途端にビルの屋上から落っこちて死にそうになり、さらに下に人がいて大事故か……というところでなぜか助かって。
助けられた相手が警察の人で、なぜか警察でアルバイトをする事になる。
全て、色々な偶然が重なって、たまたま起きた事だけど、何か運命的なものを感じざるを得ない。
――警察。
それは、ヒーローに憧れてきたケイイチにとって、とても重要な意味を持つ組織だ。
まごうことなき「世のため人のため」の組織であり、ヒーローに近しい存在。
思えば、子供の頃読んだヒーローものの物語でも、ヒーローのそばには必ずそれをサポートする人達がいて、そんな中に必ず警察の人間というのもいたはずだ。
ヒーローだって、一人で何もかもをこなせるわけじゃない。
警察のような正義の組織がそばにいて、ヒーローだけではできない事を補ってくれる。
だからこそ、ヒーローはヒーローたりえる。
これまでケイイチは、ヒーローに憧れるばかり、そんな「ヒーローを支える人」という存在の事を忘れてしまっていた。
もしかしたら、もしかして。
この超AI時代、人の身でヒーローになることはできないとしても、ヒーローをサポートする人間になる道はあるのだろうか。
警察という組織が今もこうしてこの社会にあって、ギンジやナオのような人が働いている。
ならきっと、何か人間にも役割というのもあるはず。
もはや自分の命と一緒に捨てるしかないと思っていたあの夢は、まだもう少しだけ捨てずに取っておいてもいい――のだろうか。
とはいえ――
正直、ほとんど不安しかない。
ボランティアではない、はじめてのアルバイト。
僕はちゃんと、うまくできるのだろうか?
ひどい失敗をしてしまうんじゃないか?
これまでのように。
でも、ほんの少しだけ、期待がある。
あの、どこか勝ち気で不思議な少女に。
飄々としたダンディなおじさんに。
ケイイチの足が震えていたのは、失敗への恐れなのか、武者震いなのか。
それは本人にもよくわからない。
でも、それが何かこれまでとは違う未来に対してのものなのは、確かだった。
そして――
そんなケイイチの様子を覗く目があり、何かを確認して嬉しげに細まった事には――誰一人、気づく者はいなかった。
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