2 / 39
Vol.01 - 復活
01-002 ケイイチ
しおりを挟む
なぜ、死ぬのか?
それは、ケイイチが「役立たず」だからだ。
「小さい頃はよかったな……」
仰向けで呼吸を整えながら、ケイイチは少しだけこれまでの事を思い出していた。
ケイイチは、小さな頃からずっと父親に「人の役に立ちなさい」と言われ育ってきた。
幼い子供にとって、親の言う事は絶対だ。
父の言葉をまっすぐ素直に受け止めて、ケイイチは物心がつく頃には「人の役に立つ人間になりたい」と思うようになっていた。
子供の頃からの夢は、ヒーローになる事。
困っている人のところに颯爽と現れて、問題を鮮やかに解決する、そんなスーパーヒーローになりたかった。
だから小さな頃は、困ってる人を見つけたら必ず手助けをした。
誰に言われるでもなく、色々なお手伝いも進んでやった。
小さな頃はよかった。本当に。
無邪気な子供の善意であれば、大人達も喜んで受け取ってくれる。
今日、ここに来る途中で出会ったあの老婦人のように、嫌な表情を向けられたり、拒否されたりする事はない。
あの頃は、ほんとうに色々な人の手助けをした。
もちろん、所詮は子供の力でできるような事だ。
今思えば、ほんのささやかななお手伝い程度の事ばかりだったと思う。
でも、喜んでもらえた。たくさんの笑顔が見られた。たくさんのありがとうをもらった。
父も喜んでいたし、自分も誇らしかった。
あの頃は無敵だった。
これを続けていったら、僕はスーパーヒーローになれる。そう本気で信じることができていた。
だから――10歳の頃、自分が両親と血の繋がっていない子供だと知った時も、わりと素直に受け入れられた。
ケイイチは、両親とは血の繋がらない、そればかりかこの世に誰一人として血の繋がる人のいない、社会の安定のために政府によって計画生産された人間だ。
そのことを初めて知った時は、さすがにショックだった。
でも、自分が政府によって作られた子供だというのなら、それは最初から世のため人のための命だったという事だ。世のため人のために活躍するスーパーヒーローになりたい自分には、ぴったりだと思った。何か宿命めいたものを感じ、むしろ嬉しいとさえ思えた。
その事をきっかけに、ケイイチはますますスーパーヒーローになりたい、ならなくちゃ、と思うようになった。
でも、12歳になり、それまで遠ざけられていたAIやロボット達が生活の中に入り込んできて、AIやロボット達のやってきた事、やっている事を詳しく学んだ瞬間に、ケイイチの夢はあっさりと終わった。
AIやロボット達は、凄かった。凄すぎた。
淡々と人々の命と安全を守り続け、黙々とたくさんのトラブルを解決し続けている。
そして彼らはそれを誇る事はなく、見返りを求める事もない。
それは、ケイイチが憧れたヒーローの姿そのものだった。
いや、ケイイチが憧れたどんなヒーローよりも、AIたちのほうがずっと凄かった。
AIたちは、困っている人を助ける助けない以前に、そもそも誰もが困らない世の中を作り上げていた。
みんなが安全に、快適に、自由気ままに過ごせる社会。
汗水垂らして働く必要も、不平不満を口にする必要もなく、誰も明日に不安を抱える必要がない世界。
そこでは誰も「悪」を為す必要がない。困る人もいない。不安に怯える人もいない。
だから、そこにヒーローはいらない。
その事実を目の前にして――ケイイチは途方に暮れた。
「ヒーローになりたい」「人の役に立ちたい」
それが小さな頃からの夢だった。
なのにその役割は全部AIがやっている。
ケイイチなんかよりもずっと上手く。ずっと大きな力で。
じゃあ、僕はどうしたらいいんだろう。何をしたらいいんだろう。
それが全く分からなかった。
だって、ケイイチの力なんて、誰も求めていない。
ケイイチの手助けを必要とする人なんて、どこにもいないのだ。
それでもケイイチは、誰かのために役に立ちたかった。
そうならないといけなかった。
だってケイイチは、「社会のために作られた人間」なのだから。
ケイイチは色々な事を試みた。
依頼されてない事でも先回りして率先して取り組んだ。
無理難題にも頑張って挑んだ。
そして――それは全部、裏目に出た。
AIほどにうまく立ち回るなんて、人の身には到底無理な事だった。
ケイイチはたくさんの失敗をした。
余計な事をするなと散々に怒られ、色んな人の信頼を裏切り、時にはいいようにこき使われ、パシリになり、都合のいい奴としてアゴで使われた。
何一つうまくいかず、誰にも喜ばれない。感謝などされるはずもない。
ああ、自分は何の役にも立たない、価値のない生き物なんだ。そう思った。
そうあってはいけないのに。
人の役に立たなくてはいけないのに、全く役に立てない。
生きているだけでマイナスばかりを生み出してしまう。
じゃあ、どうしたらいい?
そんなどうしようもない役立たずが、何か世間様のお役に立てる事があるとしたら、何だ?
お役に立てる事があるとしたら、それは――
これから生み出すマイナスを、ゼロにする事くらいしかないんじゃないか?
これからの人生で自分が消費するリソースと、自分の行動によって周囲にかけるであろう迷惑を、ゼロにする。
それこそが、自分にできる唯一にして最後の奉公なんじゃないだろうか。
だって、自分の命は世のため人のためのものなんだ。
世のため人のためにならないのなら――
だったら――
――呼吸は、落ち着いた。
体も、問題ない。
ケイイチは体を起こすと、立ち上がり、ゆっくりと屋上の端のほうへと歩みを進めた。
そして屋上をぐるりと囲む鉄柵に近づき、それに手をかけた。
それは、ケイイチが「役立たず」だからだ。
「小さい頃はよかったな……」
仰向けで呼吸を整えながら、ケイイチは少しだけこれまでの事を思い出していた。
ケイイチは、小さな頃からずっと父親に「人の役に立ちなさい」と言われ育ってきた。
幼い子供にとって、親の言う事は絶対だ。
父の言葉をまっすぐ素直に受け止めて、ケイイチは物心がつく頃には「人の役に立つ人間になりたい」と思うようになっていた。
子供の頃からの夢は、ヒーローになる事。
困っている人のところに颯爽と現れて、問題を鮮やかに解決する、そんなスーパーヒーローになりたかった。
だから小さな頃は、困ってる人を見つけたら必ず手助けをした。
誰に言われるでもなく、色々なお手伝いも進んでやった。
小さな頃はよかった。本当に。
無邪気な子供の善意であれば、大人達も喜んで受け取ってくれる。
今日、ここに来る途中で出会ったあの老婦人のように、嫌な表情を向けられたり、拒否されたりする事はない。
あの頃は、ほんとうに色々な人の手助けをした。
もちろん、所詮は子供の力でできるような事だ。
今思えば、ほんのささやかななお手伝い程度の事ばかりだったと思う。
でも、喜んでもらえた。たくさんの笑顔が見られた。たくさんのありがとうをもらった。
父も喜んでいたし、自分も誇らしかった。
あの頃は無敵だった。
これを続けていったら、僕はスーパーヒーローになれる。そう本気で信じることができていた。
だから――10歳の頃、自分が両親と血の繋がっていない子供だと知った時も、わりと素直に受け入れられた。
ケイイチは、両親とは血の繋がらない、そればかりかこの世に誰一人として血の繋がる人のいない、社会の安定のために政府によって計画生産された人間だ。
そのことを初めて知った時は、さすがにショックだった。
でも、自分が政府によって作られた子供だというのなら、それは最初から世のため人のための命だったという事だ。世のため人のために活躍するスーパーヒーローになりたい自分には、ぴったりだと思った。何か宿命めいたものを感じ、むしろ嬉しいとさえ思えた。
その事をきっかけに、ケイイチはますますスーパーヒーローになりたい、ならなくちゃ、と思うようになった。
でも、12歳になり、それまで遠ざけられていたAIやロボット達が生活の中に入り込んできて、AIやロボット達のやってきた事、やっている事を詳しく学んだ瞬間に、ケイイチの夢はあっさりと終わった。
AIやロボット達は、凄かった。凄すぎた。
淡々と人々の命と安全を守り続け、黙々とたくさんのトラブルを解決し続けている。
そして彼らはそれを誇る事はなく、見返りを求める事もない。
それは、ケイイチが憧れたヒーローの姿そのものだった。
いや、ケイイチが憧れたどんなヒーローよりも、AIたちのほうがずっと凄かった。
AIたちは、困っている人を助ける助けない以前に、そもそも誰もが困らない世の中を作り上げていた。
みんなが安全に、快適に、自由気ままに過ごせる社会。
汗水垂らして働く必要も、不平不満を口にする必要もなく、誰も明日に不安を抱える必要がない世界。
そこでは誰も「悪」を為す必要がない。困る人もいない。不安に怯える人もいない。
だから、そこにヒーローはいらない。
その事実を目の前にして――ケイイチは途方に暮れた。
「ヒーローになりたい」「人の役に立ちたい」
それが小さな頃からの夢だった。
なのにその役割は全部AIがやっている。
ケイイチなんかよりもずっと上手く。ずっと大きな力で。
じゃあ、僕はどうしたらいいんだろう。何をしたらいいんだろう。
それが全く分からなかった。
だって、ケイイチの力なんて、誰も求めていない。
ケイイチの手助けを必要とする人なんて、どこにもいないのだ。
それでもケイイチは、誰かのために役に立ちたかった。
そうならないといけなかった。
だってケイイチは、「社会のために作られた人間」なのだから。
ケイイチは色々な事を試みた。
依頼されてない事でも先回りして率先して取り組んだ。
無理難題にも頑張って挑んだ。
そして――それは全部、裏目に出た。
AIほどにうまく立ち回るなんて、人の身には到底無理な事だった。
ケイイチはたくさんの失敗をした。
余計な事をするなと散々に怒られ、色んな人の信頼を裏切り、時にはいいようにこき使われ、パシリになり、都合のいい奴としてアゴで使われた。
何一つうまくいかず、誰にも喜ばれない。感謝などされるはずもない。
ああ、自分は何の役にも立たない、価値のない生き物なんだ。そう思った。
そうあってはいけないのに。
人の役に立たなくてはいけないのに、全く役に立てない。
生きているだけでマイナスばかりを生み出してしまう。
じゃあ、どうしたらいい?
そんなどうしようもない役立たずが、何か世間様のお役に立てる事があるとしたら、何だ?
お役に立てる事があるとしたら、それは――
これから生み出すマイナスを、ゼロにする事くらいしかないんじゃないか?
これからの人生で自分が消費するリソースと、自分の行動によって周囲にかけるであろう迷惑を、ゼロにする。
それこそが、自分にできる唯一にして最後の奉公なんじゃないだろうか。
だって、自分の命は世のため人のためのものなんだ。
世のため人のためにならないのなら――
だったら――
――呼吸は、落ち着いた。
体も、問題ない。
ケイイチは体を起こすと、立ち上がり、ゆっくりと屋上の端のほうへと歩みを進めた。
そして屋上をぐるりと囲む鉄柵に近づき、それに手をかけた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
周りの女子に自分のおしっこを転送できる能力を得たので女子のお漏らしを堪能しようと思います
赤髪命
大衆娯楽
中学二年生の杉本 翔は、ある日突然、女神と名乗る女性から、女子に自分のおしっこを転送する能力を貰った。
「これで女子のお漏らし見放題じゃねーか!」
果たして上手くいくのだろうか。
※雑ですが許してください(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる