愛するということ【完】

makojou

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揺れるヴェルヘルト。

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大陸の情勢がいよいよ不安定となってきている。


『エレノア、外交はしばらく控えた方が良いね。』

執務室でウィリアムが思いついた様に話すと側近2人も黙って頷いた。


『何故ですの?私は既に予定が組まれているのもは熟したいですわ。何だか逃げるみたいではないですか?』


…。


『エレノア、逃げるとか逃げないでは無い。』


『帝国に恐れてヴェルヘルトが逃げたとは思われたくないですわ。』



『そうではない。例えば私だって帝国を訪れ身一つで部屋に入れと言われたら入らないからね?』


『お逃げになると?ヴェルヘルトの王太子殿下が?』


ウィリアムは大きなため息を吐くとエレノアを珍しく睨みつけた。エレノアの大きな瞳をキッと見開きウィリアムを見る。


…ヤベぇ。

テオドールは視線だけを交互に動かした。


『私は騎士ではない。もし騎士であるなら迷う事なくヴェルヘルトを背負い喜んで入室するであろう。が、しかし私はヴェルヘルト王太子だ。私に何かあればこの国の民はどうなる?喰われた国など、帝国に旨味のある所だけ持ってかれ地方は放置されるであろう。そこに今現に済んでおる民の生活は誰が守ってくれようか。

逃げるも逃げないもなく、そこに身一つで向かうは勇敢でもなければ英雄でもない。』


ウィリアムはそう言うと窓の外に視線を流した。


 
そんな重い空気の中、日々が過ぎていた。


『妃殿下、お誕生日にはアミュレット王妃殿下がいらっしゃいます。元気を出して下さい。』


テオドールが見かねて声を掛けるとエレノアも

『そうね…。』


ウィリアムにそっと視線を投げるもウィリアムは執務の手を止める事なく没頭している。


…。

…。


…。




そんな空気を一蹴するかの様に太陽の様なアミュレット王妃がヴェルヘルトに到着した。


『ようこそいらっしゃいました。』


出迎えるはテオドール。かつてテオドールを追って亡命未遂を冒した王女とは思えぬシンシアはテオドールを見ることなく馬車を降りると執務室へ急いだ。


…なんか俺が振られたみたいになってねえか?

納得のいかない様子のテオドール。

執務室に入るとシンシアはウィリアムに目配せをしながら膝を折る。


ウィリアムも黙って頷くと


『義姉上ゆっくりしていって下さい。』

久々の王子スマイルに、執務室は和やかな空気が流れた。


しばしの団らんの後、執務室にハロルドが入ってくると


『殿下、整いました。謁見の間でお待ちです。』




謁見の間の扉が開かれると中央には凛と背筋を伸ばし美しく椅子に腰を下ろす帝国皇太子妃の姿があった。


『お姉様!』


エレノアは驚き、シンシアを見るもすぐにリネットの元へ駆け寄ると


『こんな所で何をなさっておいでですか?今、お姉様がこちらにおいでになれば無事では帰れる保証などありませんよ!』


リネットは小さく微笑むと


『左様。私は片道切符でここまで来たのよ。』


その言葉にシンシアは


『お姉様、よく来てくださいました!さぁアミュレットへ帰りましょう。アミュレットはお姉様のお帰りを国を挙げて歓迎いたしますわ!』


シンシアの言葉にリネットは


『貴女、誰に物を申しておりますの?私は帝国皇太子妃。アミュレット如きの王妃が指図をするなど無礼千万!』

リネットは尚も続ける。


『私がここに参りましたのはウィリアム殿下に助言をしに参りましたの。』


…。

一同はゴクリと唾を飲み込むとリネットの次の言葉を待った。



『私は可愛い妹の嫁いだ国を無くしたくはありません。どうか帝国の属国になると表明して頂ければ大陸に安寧がもたらされますわ。それが出来るのは貴方だけです。ウィリアム殿下。』


『お姉様!』


エレノアの声をかき消すかのように


『貴女は黙ってなさい!』


リネットは真っ直ぐにウィリアムを見据える。


『できません。』


ウィリアムの言葉にリネットは

『貴方の動向で何十万もの民が犠牲になるのよ?あなたのプライドなんかとは比べものにならないわ。そんな事も分からない?』

ウィリアムは黙ったままリネットを見る。


『お姉様、違うわ。ウィリアム殿下はお姉様をお救いするために』


シンシアの言葉を遮るように


『黙りなさい!』


『分かっていらっしゃらないのはお姉様ですわ。真実の愛が真実でなかったのであればまた探せばよろしいのです。どうかアミュレットへお戻り下さい。』


切望するシンシアに対しエレノアは



『お姉様、リネットお姉様には命を掛けてまでお守りになりたいものがありますのよ。

ですがリネットお姉様。そんなものただの自己満足ですわ。帝国皇太子妃ともあろうお方がこんな所までヌケヌケと。アミュレットに帰るおつもりならまだしも、そうではないと?

帝国皇太子妃としてここに来たと?そんなもの勇敢でも英雄でもないのよ?そんなことも教えてくれる人は居ないのかしら。』



『貴女誰に向かって』


『帝国皇太子妃に向かって申し上げております!お姉様は帝国の状況をご存知ないのですか?それとも知らないフリをされておいでですか?』



『…。』




『私はヴェルヘルト王太子妃として申し上げます。帝国にはもはやヴェルヘルトと真っ向勝負をするお力はありません。

帝国は国取りを繰り返し大きくなってきました。領土こそ広いですが戦争になれば皆同じ方向を見て命を掛けて戦うかしら?その半数は喰われた国の民ですのよ?』


『帝国を侮辱するつもり?』



『いいえ、その歴史を否定はしません。ですが我が国は代々国取りにて勢力の拡大を行ってきてはおりません。全ては歴代の国王のお力です。ヴェルヘルトは常に1つ。国は何より民を大切にし民もまた国の為に忠誠を誓っております。

…ですから負けません。絶対に。ですからお姉様、今この場に真実の愛など不要です。貴女は国への愛を掲げるべきです。それが王族に生まれた我らの義務ですわ!』


リネットはワナワナと震えている。


『お前こそ何も知らないのね。ヴェルヘルトは確かに盤石に見えるわね。でもねヴェルヘルトには跡継ぎが出来ないのよ?祖国を想いすぎる故に最大の弊害をもたらしたのよ。シンシアの結婚は。』



『なんてこと!お姉様、アミュレットは子だくさんを目指ておりますのよ?その1人のをヴェルヘルトへ養子に出します!アミュレットの血とヴェルヘルトの血。正真正銘ヴェルヘルトの後継者になり得るわ!ね?』


シンシアはこの状況下において目の前のハロルドに同意を求めた。驚いたハロルドは目を見開き黙って頷いた。


…な、なんで?いきなり巻き込んだ?



『心配は御無用ですわ。』

エレノアは美しく微笑むと自らの腹に手を置いた。


『暖かくなる頃にはヴェルヘルトの後継者が誕生いたしますわ。』


静かに話すエレノアの言葉に広間は静まり返る。


『エレノア?』

声を出したのはウィリアム。エレノアはウィリアムを見ると小さく頷き微笑んだ。

それと当時に側近ふたりと側に控える騎士たちも
一斉に声を挙げた。それに混ざるようにシンシアまでも


『え?やったの?』


…。一斉に静まり返る広間。


『…し、失礼。おめでとうと言いたかったのですわ…』


淑女らしく俯いたシンシアにテオドールは怪訝そうに睨みつけた。


我に返るようにリネットを見ると、リネットは目を見開きその場に座り込んだ。


『皇太子妃、いえ義姉上。どうかお分かり下さい。ヴェルヘルトの帝国側の国境には既に万を超える兵が壁を作っております。それは帝国からの動きを察知した辺境伯率いる我が国最大の兵でございます。もちろんこちらから動く事はしません。しかし帝国の兵はまもなく我が国の国境を超えると思われます。義姉上がこちらにいらっしゃる事を承知の上で。これが何を物語るかはご存知ですね?』


『私は帰りますわ。例え命が無くなろうとも帝国妃殿下として一生を終えさせて下さい。』


美しく涙を流すリネットを一同はせつなそうに見つめていた。





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