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謎の老人

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ヨハネスは飲み物を手にベンチのキャサリンを探すも見当たらない。


『ったくだから、言わんこっちゃない。』

ヨハネスがベンチに戻り見渡すと向かい側のベンチに幼い子どもを宥めるキャサリンが居た。ほっと安堵するヨハネスはベンチに腰をおろすとその様子を見守っていた。



『ようやく笑顔になったわね。男の子でしょ?転んだくらいで泣かないの。いい?貴方はいつか女の子の王子さまになるのよ?ね?約束。』


キャサリンは男の子と指切りげんまんをし走り去るのを見送った。


『優しいんだね、君の名は?』


キャサリンが振り返るとキラキラ輝く美男子がキャサリンに声を掛けた。


…な、名前、名前。

焦るキャサリンは思わず


『キャス…』


『キャスか、ではキャス。優しい君にお茶でもご馳走させてくれないかい?』


…いやいや、こうゆう時はどうするのかしら?



戸惑うキャサリンに男はにっこり微笑むと


『そんな警戒しなくて大丈夫だよ。僕はただ幼子をあやしている君が聖母マリアにしか見えなくなって声を掛けただけだからね?』



…。


ムヌク王国王太子妃は既に思考回路が停止している。



男はキャサリンの肩抱き込もうとした時、その腕はあっさりと外され振り向くとこれまたにっこり微笑むヨハネスが居た。


『待たせたね、キャス。』


…怖いんだけど?


『誰?知り合い?』

男がキャサリンに視線を送ると


『隣町から来た恋人同士だけど?』


ヨハネスが横目で睨みつけると


『そうだったのか?君もこんな所にこんな素敵な女性をひとりにしてはいけないよ。たまたま声を掛けたのが僕だったから良かったものの。連れ去られたら大変だ。むしろ僕が声を掛けた事に感謝してほしいよ。』


そう言うとキャサリンの頭を撫で男は去って行った。

…。キャサリンを睨みつけるヨハネスに


『ごめんなさい。違うの。泣いている幼い子どもが…』


『知っています。それを責めてはいない。ってかキャスって何?キャスって。アランは名付けておいて自分は決めてなかったの?』


『だって…』


珍しく気を落とすキャサリンをヨハネスは不覚にも可愛い…と心の中で呟いた。



そうしているとエリーヌが噂の老人を連れて公園へ入ってきた。4人は近くのエリーヌが手配した洋館の個室へと向かった。




個室に入りヨハネスが身分を明かすと老人は


『エリがこの国の貴族であることは知ってたよ。』


小さく呟いた。驚きのエリーヌは


『いつから?』


『初対面から分かるよ。エリが私が貴族の端くれだと感じた様にね。で?私に話とは?』


エリーヌが詳細を話すと老人はゆっくりとヨハネスとキャサリンを見ると静かに目を閉じた。


その静寂を邪魔せぬようにヨハネスは声を抑えて

『お名前をお伺いしても?』

老人はゆっくりと目を開けると


『マルクス・フォン・ベスター』


簡単に告げるとその老人は再び目を閉じた。



しばらくして目を開けた老人はエリーヌに優しく微笑むと

『エリ、申し訳ない。エリの個人的なお願いならば力になりたいと思うがムヌク王国の力になるのは避けたい。』

『他国だからですか?』

エリーヌが問うとヨハネスも

『他国だからというよりも我が国に良い印象は無い様だね。』


『でしたらスラムの支援などなさらないわ!』

珍しくヨハネスに声を挙げるエリーヌ。


…再びの静寂。



『エナンド・フォン・ベスター』

…また訳の分からない事を

ヨハネスは静かにキャサリンを睨みつけるも目の前のマルクスは驚き固まっている。



『ムヌク王国も彼に敬意を示す者はおりますのよ。少なくとも私はその1人ですわ。』


ヨハネスがキャサリンを見るとさっきまでの町娘ではなくムヌク王国王太子妃の表情となり凛と背筋を伸ばし微笑んでいる。


エナンド・フォン・ベスター
彼はその昔確かにムヌク王国で公爵まで登りつめた男である。情勢は今とは異なるであろうが確かに彼はこの国に存在していた。その彼があたかもムヌク王国に斬り捨てられたかのようにもとれる状態で他国へ移り住んだ事はムヌクの資料にも僅かであるが残っていた。


『ご存知か?』


マルクスは小さくそれも少し恐れながら問うた。


ヨハネスとエリーヌはその男を知らない。それは当然のことでムヌク王国でもそれを知る者はほとんど居ないからである。



『もちろんです。そして私は貴方がその末裔かもしれないとお会いした公園で思いましたわ。やはりどこか雰囲気でしょうか、似ていらっしゃるもの。纏ってられるオーラが違います。』


真っ直ぐ見据えるキャサリンに尚もマルクスは


『貴女の見解は?』


『私はその時代に生きてはおりませんのでこれはあくまで私の解釈です。しかし貴方もまたその時代にこの世にはおりませんので解釈相違があるやもしれませんが。』


そう前置きするとキャサリンは静かに語りだした。


『彼は一見、ムヌク王国に斬り捨てられたかのように思える資料が僅かながら残っています。しかし彼ほどの優秀な人材を斬り捨てるとなると余程愚かな統率者かもしくは表に出ていない何かがあるということ。』


マルクスはキャサリンの話に静かに耳を傾けている。



『ちょうどその頃、この大陸全土で反乱が相次ぎある大王国の王太子がその戦いで命を落としていた。もちろんよくある話しですわ。ただその王太子を殺めたのが同盟国ならば?それも誤っての事であれば?』


マルクスはキャサリンの話を遮るように


『何故わかる?』


『その王太子はムヌク王国と同盟国でした。ならば何故ムヌク王国は王太子を殺めたのか?その理由はどれだけ探しても出て来なかった。

そしてすぐその後にエナンド・フォン・ベスターはこの国を離れている。ならば彼が王太子を殺したのか?誤ったのか?ムヌクの目論見により彼が命を受けたのか?』



ヨハネスとエリーヌはキャサリンから目が離せない。


『ムヌクの裏切りにより殺められた王太子ならば彼はむしろ英雄だわ。そして誤って彼が王太子を殺めたならば、この出来事はムヌクの資料にもっと記載があってもいいはず。』



…。

…。

ゴクリと喉を鳴らしたマルクスは目の前のカップを手に取った。



『私は王太子を誤って殺めてしまったのはムヌク王国の王族。むしろムヌク王国王太子だと思っております。』




目を見開いたヨハネスは

『義姉上!』

制するヨハネスにマルクスは


『ここは非公式です。聞かせて下さい。』


キャサリンは頷き


『だからこそ、ここまで大きな事件がこの国では扱われていない。そして彼もまた身代わりとなる事を自ら望んだのだと思っています。でなければ彼ほどの優秀な人間が他国に渡った後口をつぐんでいたのは考え難いもの。』


…。


『これはあくまで私の見解ですけど。

私はこの見解に相違ないと信じていますの。これでもムヌク王国王太子妃、そして元ヘリンズ王国王女です。その力を用いて殺めた王国の王太子について調べる事は今であれば容易ですわ。』

キャサリンは静かにお茶を口に含んだ。



『忘れ去られていないのですね?今も尚。』

マルクスはシワだらけの手で顔を覆った。


『この悲しい事実を忘れる事はありませんわ。私は王太子妃として彼の血が流れる貴方にお会い出来た事に心より感謝申し上げます。

お辛い思いをさせてしまっていたのでしょうね。貴族ならば祖先の生き様は代々引き継がれましょう。ベスター家でも無実ながらも自ら退いた英雄を誇りに思うもその誇りは世間では通用しない。あくまでベスター家のみのもの。それぞれ思う所がありましょう。


なのに何故貴方はこの国のスラムをご支援してくださっておられますの?』



キャサリンの問いにマルクスはまた静かに瞳を閉じた。


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