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第六章 車椅子少女は異世界でドラゴンに乗って飛び回るようです

第48話:車椅子少女は異世界でドラゴンに乗って飛び回るようです・3

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 神庭家の当主、穏乃の両親は本当にダメな親だった。
 二人とも裕福で働いたことがない。身体だけ大きくなった子供だ。自己愛と万能感が傷付くことを徹底して避け、責任について考えたこともない。親として良い子供を育てようとするのではなく、自分が良い親だと思い込むために子供を育てていた。
 自分の人生経験の乏しさに気付いておらず、家庭環境は金で買えるという妄想だけが先走る。毎日思い付きでなんとなく良さそうなものを与え続ける。小学校に通わせるよりは敏腕家庭教師を呼んだ方がいい気がする。今日はピアノ講師を呼んだ方がいい気がする。明日は絵描きを呼んだ方がいい気がする。「本当に良いもの」「ワンランク上の教育」「子供の可能性」「文化的教養」というセールスマンの美辞麗句に踊らされ、売り込まれるままにサービスを買う。自分自身の意見を聞かれるとおろおろするばかり。
 そんな両親を見限って、中学生になるときに家を出た。神庭カンバシズクという名を捨てて病羽ヤマハ穏乃シズノを名乗るようになった。
 穏乃は両親を反面教師とした。両親の問題は何か。優先順位がなかったことだ。何一つきちんと決めず、流されるままに生きていたことだ。
 だから穏乃は何事にも確実な優先順位を決めた。順位が最も高いものを熟考して見極める。自分を律して優先順位に従い続ける。
 涼と付き合い始めたときもそうだった。穏乃には恋人らしい態度とか言葉がよくわからない。相手を認める方法は相手の優先順位を上げることしかない。だから涼との関係を最優先に死守して、他の何かが介入しそうな気配があれば全力で抵抗する。不器用な振る舞いで涼を傷付けることも多かったが、涼は理解して受け止めてくれた。
 優先順位が低いものは上位と衝突するなら排除する。しかし、それは逆に言えば上位と衝突しない限りは下位を気にかけてもいいということでもある。
 優先順位の一位は涼、二位は常に妹たちだった。自分が家を出たあたりで神庭家に双子が生まれたのは知っていたが、あの両親のことだ。どうせ碌な育て方をしていない。
 だから暇なときによく様子を見に行った。サービス職員のフリをして家に帰り、適当に料理を作ったり掃除をしたりした。対人面が未発達な双子がこちらに関心を示すことはなかったが、それは却って都合が良かった。過度に密な関係を結んでしまっては涼との暮らしに差し支える。引き取ったり育てたりするつもりはない。自分の優先順位に従い、出来る範囲で出来ることだけをやればよい。
 この争奪戦が始まってからも、穏乃は霰と霙に匿名メッセージを送り続けてきた。せいぜい安全圏で生き延びられればよいと思っていたが、子供の成長は早い。灯が追い詰められると自分が出来ることを考えるようになり、遂には自らチート能力を使って切華を追い返すまでになった。
 もう二人とも優先順位を決められるのだ。人に守られるより、自分で戦うべきだと。

「あたしは姫裏が涼を殺したことに怒ってるわけじゃないわ。あいつにはあいつの優先順位がある。それを止められなかったのはあたしたちの問題だから、あたしが死んで清算すればいいだけ」

 四人はマクドナルドを追い出されて近所の公園に移動していた。大量のマフィンはいくつものビニール袋の中だ。小百合は相変わらずもくもくと食べ続けている。
 穏乃は地面を蹴ってブランコを揺らす。隣では花梨が座ったまま項垂れている。

「気に食わないのは霰と霙を閉じ込めたことよ。あの二人はもうチート能力を使って自分で戦えるわけ。あんたより余程立派だし、優先順位をわかってる」
「……」
「なのに、灯が死んだことに付けこんで姫裏が保護者面してる。苛々するのよね、あんたたち姉妹が。保護者面と被害者面で」
「そんなこと言われても。どうしろって言うんだよ」
「殺すのよ。あんたも姫裏を殺すのに協力しなさい。それであんたはしゃきっとするし、あたしは気分よく死ねるし、あたしの妹たちも解放されて一石三鳥でしょうが。ああもう、じれったいわね」

 穏乃は自分のスマートフォンを取り出し素早く画面をタップした。すぐに繋がり、スピーカーホンにして話し始める。

「はい、もしもし?」
「姫裏? 穏乃。花梨が話あるって」

 そのまま花梨にスマートフォンを投げた。突然のことに慌てる間もなく通話が繋がってしまう。
 しばらく続いた無言のあと、花梨は意を決して口を開いた。

「……お姉ちゃん」
「何でしょう?」
「私も殺すの?」
「殺します。そういう契約ですから」

 姫裏の声はいつも通りに優しく穏やかだ。不思議とその声を聞くだけで落ち着いてくる。実の姉が自分を殺そうとしているという事実より、姫裏は平常通りで狂ってもいないということが自分を安心させてしまう。
 ずっと聞きたかったが、まだ聞いていなかったことが一つある。

「どうして異世界転移したの? 一年前に事故に遭ったとしか聞いてなかったけど、私と同じだったんだよね? 異世界転移目当てで、トラックに轢かれて」
「もうあなたを助ける必要が無くなったからです。だってあなたは自分で自分のお友達を助けることができたでしょう? 中学二年生の運動会、落馬したお友達の手を掴んで」
「ああ。そんなこともあったっけ……」

 それは思い出というにはささやかすぎる記憶。
 カラッと晴れた十月の運動会、最後の種目はクラス対抗の騎馬戦だった。今時珍しい乱闘スタイルで、広いグラウンドを目いっぱいに使って大量の騎馬がハチマキを取り合う混戦。
 花梨は騎手として参加していた。試合開始直後から積極的にハチマキを奪い合い、中盤には一番多いスコアを稼いでいた。明らかに動きが良い花梨の騎馬は目立ち、多くの敵チームから狙われる。向かってくる多くの騎馬を捌き切り、早くも花梨を中心に熱気が集まる大将戦の様相を呈していた。
 そのとき、敵チームの小柄な生徒が落馬したことに花梨だけが気付いた。その騎馬は小柄で鈍くさい生徒を集めた、見るからに余り物で戦力外の騎馬だ。だから存在感が薄くて周りも落馬に気付かない。落馬した生徒は足を怪我して動けずにいたが、花梨に向かって集まってくる騎馬たちは止まらない。踏まれるのは時間の問題だ。
 花梨は迷わず騎馬を飛び降りた。落馬は理由を問わず敗退だ。大将首の花梨がリタイアしたことで周囲から熱が引いていき、花梨は落馬した生徒に走り寄って手を取った。
 しかしそれに不満を漏らすのは花梨の騎馬をやっていた生徒やクラスメイトたちだ。なんで降りるの、とかそんなの放っといて、と口々にぼやく。
 花梨は一喝した。「うるせえ!」と叫んだのだ。それはいつも朗らかな花梨からは想像もできない咆哮で、騒がしい騎馬戦の最中でもよく響いた。一発で文句を黙らせ、落馬した生徒の出血する膝をヘアゴムで縛り、背中に抱えて保健室まで走った。

「あの勇姿を見たとき、わたくしの役割は終わったと思いました。もうわたくしが助けなくても花梨は自分で誰かを助けられるのですからね。ただ、わからなかったのは『あなたを絶対に守る』という誓いの終わらせ方です。思えばわたくしは責務を背負うことばかり考えていて、放棄する方はさっぱり考えたことがありませんでした。幸いにもたまたま『この命尽きるまで』という枕言葉を付けていたことを思い出し、異世界転移がてら自殺して契約の条件を無効にすることにしたのです。もちろん、最初に誓いを立てたときにはこの文言を解約条件として解釈できるなどとは全く思っていなかったのですけれど」
「不器用すぎるよ、お姉ちゃん……」
「あなたもそうでしょう。誰でも知っている自分の長所に自分で気付けないのですから」
「姉妹だもんね」
「ええ。しかし、今はもう別の責務を背負った別の人間ですよ。わたくしはあなたの保護者ではなく、わたくしの責務に基づいてあなたを殺します」
「私は……私の友達を助けたい」
「それでいいのです。あなたはあなたの責務によってわたくしを殺しに来なさい。お待ちしています」
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