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第六章 車椅子少女は異世界でドラゴンに乗って飛び回るようです

第47話:車椅子少女は異世界でドラゴンに乗って飛び回るようです・2

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【4/3 07:50】

 翌朝。花梨と理李は集合時刻の十分前にマクドナルドに着いた。
 小百合の居場所はすぐにわかった。周囲に小さな人だかりができていたからだ。
 十人近くが囲むテーブルにはエッグマックマフィンが積まれて山になっていた。包み紙がピラミッド状に何段もの層を成している。更に隣のテーブルにはマックシェイクバニラ味が所せましと敷き詰められていた。
 小百合は積まれたマフィンをもくもくと口に運び、喉にシェイクを流し込む。上品な所作ではあるが、凄まじく早い。早回しのように食糧が胃に消えていく。
 異様な光景だった。大男や肥満体ではなく、見るからに華奢で可憐なお嬢様が朝から身体の何倍もありそうな量の食事を次々に食らっているのだ。フードファイターかドッキリかと周囲から時折カメラを向けられたりもしているが、小百合が気にする様子もない。ただひたすらに食い続ける。
 理李と花梨の姿を認めると、小百合は一旦手を止めた。口元をナプキンで優雅に拭い、軽く頭を下げる。

「おはようございます。突然呼び出してしまい失礼しました」
「たった二日ぶりのはずだが、ずいぶん久しぶりに感じるな。前からそんなに大食漢だったか?」
「腹ごしらえをしたかっただけです。『身体強化ストレングス』に燃費の概念はありませんが、そういう気分でした。いくらでも余っていますから、注文がまだでしたらいくつか差し上げますよ」

 花梨と理李はテーブルに腰かけ、シェイクとマフィンを一つずつ掴んだ。
 『身体強化ストレングス』は下半身の不随もカバーするのだろう、小百合は車椅子ではなく客席のソファーに座っていた。そのせいなのかどうか、今の小百合はかつて車椅子の上で悠然と微笑んでいたときのような線の細い策士という印象ではなかった。破天荒な振る舞いも含めて、もっと生々しい力強さを感じる。

「今日で最終日だ。時間もないからさっそく本題に入るが、私たちの仲間になってくれるという認識でいいか?」
「ええ。ただし条件が一つだけあります。涼と穏乃を殺すのに力を貸してください」

 悪い予感が当たり、シェイクを吸う口が止まる。
 思ったよりもバチバチの敵対関係だったらしい。他の転移候補を倒すこと自体は自然だが、今ここにおいて個人的な恨みがあるというのは話が別だ。何としても穏乃とは鉢合わせないように気を付けなければならない。
 理李がそう決意した次の瞬間、事態は最悪を具現化した。八頭身で美人の女子大生が後ろから声をかけてきたから。

「あら、マックで時間を潰そうと思ったらここにいたのね」

 そこから小百合の動きはほとんど見えなかった。
 眼前のマフィンを弾き飛ばし、気付いたときにはテーブルの上に足を置いて、穏乃の首を前から鷲掴みにしていた。騒然とする店内を気にもかけず、冷たい声を発する。

「何か言い残すことはありますか?」
「ああ、そういう感じ。なんて言ったっけ、あのドラゴンの人。あたしを殺したところであいつは返ってこないわよ」
「人を一人殺しておいて言うことがそれですか?」
「事実でしょ。今あんたがすべきはあたしを殺すことなの? 言っとくけど、これはあたしじゃなくてあんたの首を絞めるわよ。あたしは協力するつもりで来てるんだから」
「そんなの信じられるわけないでしょう! あなたは二人で転移するために、皆を騙して……」
「涼が死んで事情が変わったのよ。もうあたしが異世界に転移する意味はなくなった、生きてる意味もね。だから命の捨て場所を探しに来たわけ」

 さらりと言って穏乃は平然と小百合の手を打ち払う。絶句する小百合の隣で理李は軽く頷いた。
 涼が死んだこと自体は予想通りではある。そうでなければあの熱いカップルのうちで穏乃だけが声をかけてくる理由がないから。
 ただ、どうやって涼が死んだのかは果てしなく謎だ。何しろチート能力『無敵インビンシブル』である。どう考えても最も死ににくい能力であり、ほとんど抜けが確定している枠だとすら思っていた。

「恋人の後追いを一人で泣きながらやらないといけない決まりなんてないわ。死ぬなら気分よく死にたいでしょう。別に悪いことしたとは思ってないし、罪滅ぼしなんて興味ないけど、どうせなら他の誰かが喜ぶような死に方をした方がマシっていうのはそんなにおかしい?」

 穏乃は余った席に座り、床に落ちたマフィンを拾って封を開ける。

「あたしの『爆発エクスプロージョン』は涼の『無敵インビンシブル』とセットで使う前提だったのよ。一人で『爆発エクスプロージョン』を使ったら爆心地にいるあたしは必ず死ぬ」
「つまりもう使えないということか?」
「違うわよ。算数できないの? 使でしょ、使っても死ぬだけなんだから。その一発をあなたたちにあげるって言ってるの。使い切りの人間爆弾。どれだけ勿体ないことをしてるかわかった? 自己満足の復讐であたしを殺したらその一発が無くなるわけ。正しい優先順位を付けなさいよ」

 理李は内心でガッツポーズする。最悪の展開が最高の展開になりつつある。
 穏乃が共闘してくれるなら戦力としても心強いし、穏乃が『爆発エクスプロージョン』を使って死ぬ気なら、チームの人数問題も勝手に解決する。そして小百合と理李と花梨という割と距離が近くて穏当な三人が残る。
 穏乃が自暴自棄になっているならもうここで『爆発エクスプロージョン』を使っているはずだ。味方になるつもりがあるという言はとりあえず信じていい。
 理李は努めて平静な口調で場をまとめにかかる。

「悪くない提案だと思う。私たちは元から憎み合っているわけではないんだ。誰もが自分の願いを叶えるためにできる範囲でできることをやっているし、それが仕方のないことだとお互いにわかっているはずだ。協力できるならした方がいい」
「………………」

 小百合は唇を堅く結び、黙って座席に戻った。シェイクを口に運ぶ姿を見てひとまず安堵する。

「まずは状況を一旦整理しよう。それぞれで持っている情報も違うはずだ」

 理李が音頭を取りつつ、ここまでの戦いで得た情報を出し合う。
 まず、理李と花梨のペアがまともに交戦したのは一日目に病院で切華に襲われて姫裏を蘇生したところまでだ。後はダウンした花梨とネットカフェにずっと潜伏していた。
 そこから複数のグループが灯の要塞を攻めたが落とすには至らず。最終的には裏で糸を引いていた涼と穏乃が武闘派をまとめて葬ろうとしたが、殺せたのは龍魅だけだった。
 その後に灯も死亡して姫裏がチート能力と遺志を継いでいる。姫裏は全員を狩る気であり、既に涼が殺された。姫裏によれば切華と撫子は爆発を避けて生存しているらしい。
 理李には驚くべき話ばかりだった。蚊帳の外にいる間に、僅か二日で何度も交戦が起こっている。ここまで戦闘が激しいならネットカフェに潜伏していて正解だった。

「つまり、離散や代襲や合併の末に今は三グループが残っているわけだ」

 一つ。今ここにいる雑多な生き残り。花梨、理李、小百合、穏乃。
 二つ。灯の遺志を継いだ元要塞組。姫裏、霰、霙。
 三つ。当初からの独立武闘派勢力。切華、撫子。

「となると、やはり叩くとしたら姫裏だろうな」
「あたしもそのつもり。どうせ死ぬならね」

 圧倒的な攻撃力を誇る『爆発エクスプロージョン』が使えるのは一回限り。もう初見殺しが狙えない以上、騙して複数人を巻き込むような運用も難しい。
 一人しか殺せないなら最も排除したいのは姫裏だ。蘇生した当初に抱いた予感は最悪な形で的中している。いまや姫裏は誰もを殺しうる最強のジョーカーと化した。
 契約に従い双子を死守するために全員殺すというモチベーションが絶対にブレないし、異世界帰りというアドバンテージも大きすぎる。それはつまり他の人が異世界で育むはずのスキルを一人だけ既に完成させた能力バトルの達人ということだ。その証拠に、姫裏はクロスボウ一本で『無敵インビンシブル』を持つ涼を瞬殺してしまった。
 あと決めるべきは花梨の処遇だ。この場に来てからも一言も発していない花梨は見るからにやる気なく、先ほど小百合と穏乃が争っているときすら反応が薄かった。実際にリタイアするかどうかはともかく、良い機会だしその相談くらいはしてもいいかもしれない。
 理李が口を開きかけたとき、穏乃が先んじて花梨を指さした。

「この子はやる気あるの?」
「無い」
「そう」

 穏乃は躊躇なく花梨の頬を平手で張った。店内に乾いた音が響き、花梨が反射的に声を上げる。

「何すんだ!」
「いい加減一人立ちしなさいよ、シスコン。いつまでお守りされたいわけ? あなたの周りにいるのは姉だけじゃないでしょう。優先順位を切り替えなさい。転移する気がないなら友達を助けなさい」
「できるわけないじゃん、血が繋がった姉妹と殺し合うなんて!」
「そんなのいくらでもできるわよ、霰と霙ってあたしの妹だし。あたしの本名、神庭カンバシズク

 穏乃は平然と言い放ち、ふやけた紙ストローを噛み千切った。
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