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第四章 百合カップルは異世界でもドロドロ共依存しているようです

第36話:百合カップルは異世界でもドロドロ共依存しているようです・8

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 灯にはもう策がない。敵のチート能力を甘く見ていた。
 正直なところ、昨日までは要塞を建てて現代兵器を配備すれば完璧だと思っていた。見た目に立派な鉄の要塞を構え、レーザーや地雷を配備する程度で三日間くらいは迎撃しながら生き延びられると思っていた。自分のチート能力が防衛向きだからというだけの理由で、これは全面戦争ではなく防衛ゲームだと勘違いしていた。
 しかし相手も自分と同じチート能力者なのだ。自分が堅い防御を構えたところで相手もそれに匹敵する攻撃を繰り出してくる。
 実際、ただ歩いてくるだけの小百合に全く歯が立たなかった。柔和な雰囲気の少女を強敵とは全く思っていなかったが、彼女もまたチート能力を天与された圧倒的な脅威だ。用意していた防御の全てを蹂躙され、あっさりと龍魅に攻め込まれてしまった。その後も龍魅一人だけならギリギリ押し留められたが、小百合にまで手が回らなかった。
 チート能力者は原則として対等な戦力を持つと考えるべきだ。一対一で拮抗する、それがスタート地点。ならば勝負を決めるのは数だ。灯一人の籠城に二人で攻めてこられれば敗北は必然。
 そう考えると、灯のチート能力は最初から不利を背負っている。こちらは常に一人分の防衛しか持たないのに対して、二人で挑むイニシアチブは攻めてくる側にあるからだ。しかも専守防衛の灯はここから動けず、敵の数を減らしに行くことができない。いまや籠城という戦略が優れているとは全く思えない。
 あとは防衛に回るチート能力者を増やすしかない。リスクを許容してまで姫裏を家に上げたのも、そういう藁にも縋る思いがあったからだ。

「何を迷っているのですか? あなたには既に味方が二人もいて、自ら協力を申し出ているのです。ただ『植物使役プランター』と『動物使役テイマー』を防御に回せばよいのだとあなたもわかっているでしょう。頑丈かつ柔軟な植物は縦横無尽に伸びて籠城を大きく助けてくれますし、無数の野生動物はそのまま使い減りしない哨兵になります」
「それは駄目です。子供を戦わせるわけにはいきません。戦うのは大人の仕事です」
「実際に戦うのは動植物でしょう。子供たちが直接殴る蹴るで交戦するわけではありませんし、それほど危険だとは思えませんが」
「動植物を操るためには表に出てくる必要があります。シェルターの中にいた方が安全です」
「昨日は要塞を丸ごと破壊されたのに今更シェルターも安全もないでしょう」
「間接的な使役能力とはいえ、戦えば戦力と見做されて殺される危険があります。戦わなければ万が一のときにも保護してくれるかもしれません」
「負ける前提で保険をかけるより負けないことを考えるのが先決では?」

 姫裏はハンモックから立ち上がりかけたが、途中で腰を下ろした。憔悴して項垂れる灯の前で悠然と足を組む。

「確かにあなたの心がけは立派です。子供を守るのは大人の責務かもしれません。それはある年齢までは正しいでしょうね。しかし、あなたはいつまで保護者でいるつもりですか?」
「……義務教育が終わるくらいまでは。十五歳くらいまでは子供は庇護されるべきです」
「その基準を昨日今日会ったばかりの赤の他人にも適用するのですか? 精神年齢には個人差もあるでしょう。彼女たちは異世界を目指して自ら命を絶つくらいには自分の人生を決められますし、今だって怯えずに敵に立ち向かおうとしています。せっかくチート能力を勝ち取ったというのに、使わせないという方が大人のエゴでしょう」
「……」
「結局、あなたは子供に活躍してほしくないのですよね。子供たちには無力なままでいてもらって、自分が子供たちを救うヒーローになりたいのですよね。いえね、責めているわけではありませんよ。わたくしもあなたと同類ですから。わたくしも無力な誰かに頼られているときに一番力を発揮する人間です。この子のためなら何でもできるというとき、無尽蔵にエネルギーが湧いてきますよね。とてもよくわかりますよ」
「……」
「かつて、わたくしにとっての庇護対象は実の妹でした。ちょうど今のあなたのように、妹を助けることを人生の目標にしていました。妹に頼られるたびに彼女を颯爽と助けることが生き甲斐でした。だから子供に頼られたいというあなたの欲求は全く否定しません。とても親近感がありますし、あなたのことはけっこう好きです」

 姫裏は大きく前かがみになり、自身の額を灯の額にコツンと当てた。至近距離で髪が混ざる。

「でもね、人に頼られるには頼られるだけの力が必要なんですよ。今のあなたにはそれがありません。頼られる側ではなく、頼る側に回るのが身の丈ですよ。何も全ての戦闘をわたくしに任せろとは言いません。わたくしはもともと傭兵ですから、使えるときに使って頂ければそれで構いません。一回限りの契約を更新していくことも可能です。次に来る襲撃者だけを追い返し、そのまま去っていくことだってできます。もちろん最終的にはわたくしも異世界に帰ることを目指していますが、この争奪戦自体もまたわたくしが自分の力を発揮できる舞台ですから契約第一です」

 返す言葉がなかった。全てが図星だ。霰と霙の身を守りたいのではない。霰と霙を守れる自分の姿を守りたいのだ。
 だから霰と霙に助力を請うことができない。灯にとって、自分と二人の身柄を守ることより、自分の理想像を守ることの方が優先順位が高いから。可愛い子供を颯爽と守るお姉さんでいたい。霰や霙と共に戦う仲間にはなりたくない。
 そして、姫裏と契約を結ぶこともできない。姫裏に『建築ビルド』を委譲し、姫裏がそれを自分より上手く使って灯と霰と霙を守ってしまうのが怖い。姫裏が双子から称賛と感謝を受け、その隣で自分が哀れみと失望を受けることを考えるだけで死にたくなる。
 選択肢が全部詰んでいる。
 一、自分一人で何とか戦い続ける。無理だ。
 二、霰と霙の助力を請う。嫌だ。
 三、姫裏と契約してチート能力を委任する。もっと嫌だ。
 これは醜いエゴだとわかってはいる。本当に双子のことを考えるなら、意地を捨てて誰かに助力を請うべきだとわかっている。
 でも、どうしてもそれができないから灯は自殺したのだ。死の淵に追い込まれるくらいでエゴが捨てられれば灯の人生はどんなに楽だったことか。友人を失うことも前科が付くこともなかっただろう。
 無力で可憐で可愛い子供たちを大きな建物で囲って養うことは現実では出来ない。でも異世界ならできるかもしれない。だから『建築ビルド』を得て異世界転移を希望した。
 これはチート能力以前の欲望だ。この欲望だけは死んでも譲れない。

「もう来ましたか。次は誰でしょうね?」

 地面が大きく揺れ、姫裏が窓の外を見た。明らかに人為的な振動だ。
 灯は天井を仰いだ。今度はもう駄目かもしれない。それでもやれるだけやるしかない。どうしても譲れないものがあって、しかしそれを実現する力が足りないときはどうすればいい?
 とても昨日まで一介の事務職だった人間が持つ疑問ではないな、と不意に冷静になって少し笑いが漏れた。姫裏には不審な目で見られた。
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