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第二章 剣の達人は異世界でもモンスターを切りまくるようです

第8話:剣の達人は異世界でもモンスターを切りまくるようです・1

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 春の生温く穏やかな風が髪を揺らす。天頂には満月、足元には砂地、見上げるは巨大な校舎。
 ここは鍵比良第三高等学校のグラウンドだ。花梨には通い慣れた場所ではあるが、こんな深夜に訪れたことはない。
 賑やかな生徒たちを追い出した校舎は嘘のように無機質だ。各階の窓からうっすら漏れる非常灯の光は空間に染み付いて動かない。光が届かない校舎の輪郭は闇に馴染んで同化している。

「夢……じゃないよねえ」

 周囲を見渡す。グラウンドの中央に、十二人が円陣を描いて向き合い立っていた。
 花梨から時計回りに、理李、切華、月夜、撫子、小百合、龍魅、涼、穏乃、灯、霰、霙。
 皆が不意に意識を取り戻し、気付けばこの場で直立していた。寝た気がしない朝の覚醒にも似ていたが、足が大地を踏みしめた状態で目が覚めたことはない。
 中央にはAAが立っていた。その身体は背中の翼を中心に僅かに発光して周囲を照らしている。
 天国では気にならなかったが、見慣れた地上のグラウンドでは背中に羽の生えた天使は圧倒的に異質だ。その異物感こそ、彼女がこの場を取り仕切る上位存在であることを雄弁に主張していた。

「まずはお詫びいたします」

 AAが軽く頭を下げるが、花梨からはお尻が少し上がった様子しか見えないのであまり謝意は感じられない。
 だからというわけでもないだろうが、淡々としたトーンのままで言葉を続ける。

「女神から既にお話があった通り、我々の不手際によって当初想定していた異世界及び転移可能人数を確保できませんでした。具体的には、転移可能な世界は一つのみ、転移可能な人数は三人のみとなります」
「舐めてんのかあ?」

 龍魅の低い声が重なる。自分が言われているわけでもないのに、花梨の心臓が跳ねて鳥肌が立つ。
 それは人生で初めて耳にするアウトローの恫喝だった。通告と言った方が正確かもしれない。発言を少しでも誤ればお前を殺す。そんなメッセージを言外に込められる人種がいることを初めて知った。
 しかしAAは動じない。全く同じ声のトーンで話を続ける。

「順に説明しますので、しばらくご清聴頂ければ幸いです。大前提として、皆さんには一切の不利益が無いように対応します。少なくとも自殺前よりも状態が悪くなることは絶対にありません。具体的な対応内容は二点です。一つは自殺前への完全なロールバック、もう一つは可能な限りでの再対応」

 AAが一本指を立てた。

「まず第一に、ロールバックは既に完了しています。因果を巻き戻し、皆様の自殺とそれに伴う事象全てを無かったことにしました。現在時刻は四月一日零時五分ですが、皆様はこうして傷一つなく生存しています。誰一人として自殺しておらず、トラックは一台も事故を起こしていません」

 続いて二本目の指。

「そして第二に、転移については三日後に改めて可能な人数まで再対応を行います。つまり四月四日零時にトラックに轢かれて死亡した方は、最大三人まで異世界に転移できます。ただ転移先の世界が一つしかありませんので、同じ世界に転移することだけはご了承頂ければと思います」

 AAの説明を受け、花梨は顎を抑えて考える。
 確かに、対応としては限りなく誠実なものだと思う。死んでいたところを元に戻しただけ。望むなら三日後にまた改めて転移し直すこともできる。
 それなら花梨はもう一度自殺するだけだ。やるべきことは変わっていない。
 花梨は姉と暮らすために自分から進んで自殺したのだ。不慮の事故で死んだわけではないし、元に戻してほしかったわけでもない。またトラックに轢かれることだけは少し憂鬱だが、一度経験して慣れたという見方もできないことはない。
 しかし何か引っかかる。何か違う気がする。本当にやるべきことは変わっていないのか?

「んん?」

 さっき五分前の死は孤独な死だった。自分の願いだけを考えて自分一人で死ねば良かった。
 今は違う。同じように自殺した者たちが十二人いて、十二人分の願いがある。でも枠が三つしかないことをお互いに知っている。
 だから一人の自殺が他の全員に影響してしまうのだ。上手く言葉に出来ないが、根本的な状況が一変しているような気がする。
 私は、いや、私たちはこれからどう動くんだ?

「いくつか質問がある」

 花梨の思考を遮って、隣の理李が手を挙げた。

「どうぞ。可能な限り答えます」
「まず確認だが、このまま私たちが普通に暮らして死なずに四月四日零時を経過した場合はどうなる?」
「どうともなりません。四月一日の自殺はなかったものとして人生が続くだけです。四月四日零時に転移しなかった場合でもペナルティ等は一切ありません。再対応の権利を利用するかどうかの判断はお任せします」
「転移の枠は三人までとのことだったが、四月四日零時に四人以上がトラックに轢かれて死亡した場合はどうなる?」
「再度ロールバック対応を行います。つまり、全員を死ななかったことにして四月四日零時に戻します。同じ条件で死んだ中からどなたかを優遇することは出来ませんので」
「その場合、転移する機会もまた与えられるのか? 例えば四月四日零時に四人が死亡したことでロールバックした場合、また三日後の四月七日零時に転移の権利が生じる?」
「いいえ。四月四日零時の対応が転移可能な最後の機会とお考えください。これはあくまでも不手際への補填につき、一度きりの再対応です」
「いま私たちと関係ないやつが四月四日零時にトラックに轢かれて死亡した場合はどうなる? そいつも追加の転移者としてカウントされるのか?」
「されません。これは不手際に伴う限定的な縮小対応です。過去に転移条件を満たしてチート能力を獲得した方のみが対象となります」
「『四月四日零時にトラックに轢かれる』以外の死亡はどういう扱いになる? 例えば四月四日零時に首を吊って死んだ場合や、四月二日にトラックに轢かれて死んだ場合に転移の権利が生じることはあるか?」
「ありません。指定した以外の死に方は我々の管轄外、単なる死です」
「チート能力は……」

 喋りながら、理李の眼球は奇妙な動きをした。弾かれたように素早く左右に触れ、全員の姿を視線で舐める。そして一瞬だけ目を閉じ、鋭く息を吸って叫んだ。

使! !」

 花梨が「何を?」と聞くよりも早く、応じたのは袴姿の切華だった。

「応。やむを得んか」

 溜め息混じりの声で吐き捨て、直立したまま不意に左手を持ち上げた。挙手かと思ったが、腕の軌道は真上ではなく横に向かう。
 指先が光る。月光を反射しているのは爪ではなく刃紋。気付けばその手には既に抜き身の真剣が握られていた。
 チート能力、『創造クリエイト』が発動している。すなわち、時と場所を問わず無から刀を創造できる能力が。
 この世界でもチート能力を発動できるのか。でもどうして今『創造クリエイト』を発動するんだろう。花梨の頭に疑問符が浮かんでいる間にも、切華の左手は止まらずに動き続ける。
 鋭い剣先は首元に向かう。切華の左隣に立っている少女、ゴスロリドレスを着て眼帯を付けた月夜の首元へ。

「悪いな」

 両断した。
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