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第三話

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グウェンは私室へと帰ると、真っ直ぐにシャワールームへと向かった。

汚れてしまった制服を脱ぎ捨て、身体を清めてから私服へと着替える。


彼が選んだのは白のシャツに黒のスラックスと、随分とラフな格好であった。

しかしグウェンの鍛え上げられた肉体が身に纏うと、オーダーメイドで誂えた高級品に見えるのだから不思議なものである。

スタイルと顔面偏差値が及ぼす影響がいかに大きいのかが、彼を見ていると良くわかるであろう。

本人はただ単にファッションに疎いために、適当に選んでいるだけなのだが。

着替え終わったグウェンは鏡を覗き込むと、髪の毛を整えたり変なところがないか入念にチェックを始めた。


「ん゛ん、まあ、こんなものかな…」


なんとなく気恥ずかしくなって独り言を呟きながらも、最終確認を済ませたグウェンは再度私室の扉を開くと早足で外へと出ていった。



聖騎士団の建物がある王城から、城門を抜けて城下町の方へと移動していくと、行き交う人々がどんどん増えていき、同様に喧騒も大きくなっていった。

人混みに紛れてもグウェン程の体幹があれば、もみくちゃにされる事もなくスムーズに目的地へと進んでいける。


グウェンには明確な行き先があるようで、酒場や商店街など目を惹きそうな場所には目もくれないまま素通りしていく。


華やかな中央通りから遠ざかっていくに連れ、道行く人間の数も少なくなっていく。

そのまま城下町の中でも端に位置する場所まで移動してきて、やっとグウェンは歩く速度を緩やかなものに変えた。

グウェンの立っている場所より少し先に行ったところに、建物が建っているのが見える。

その建物は床から壁材に至るまで全てが大理石で造られている、なんとも豪奢な造りをした教会であった。

純白の大理石が陽の光を反射する様は、眩しさを感じるほどだ。


ここは最も王城に近い場所に建てられた教会であり、いわゆるシンボル的な存在であった。


ちなみにこの国では女神ヘラを唯一神として信仰しているので、教会といえば女神ヘラを祀るものを指す。



グウェンはゆっくりとした足取りで教会の前までやってきたものの、中には入ろうとせずそのまま通り過ぎようとしていた。


勿論多くの国民と同様にグウェンは教会の信者ではあったが、わざわざ休日に祈りを捧げに来るほど熱心な信者ではなかったのだ。

ここへは聖騎士団として義務的に訪れる事はあれど、個人的には数える程しか入った事はなかった。


グウェンにとって幸運な事に教会の前の人通りはまばらであった。

敬虔な信者らしき者達が注視しているのは神官と女神ヘラの像だけである。


ちら、と辺りを見渡してみてもこちらを気にしている人物は見受けられない。

グウェンはそのままタイミングを見計らい、するりと道の傍に広がる森の中へと身を翻した。

青々とした葉をつけている木々の間をすり抜け、どんどんと奥へ進んでいく。



ここは自然保護の名目で教会が植物や動物を採取・狩猟することを原則禁じているので、領民たちもわざわざ入ってこない場所であった。

だから此処では動物の気配や小鳥の囀りくらいしか物音もしない、酷く静かで人気のない森なのだ。

つまりは知られたくない秘密を持つものには、うってつけの場所といえる。



人の手が入っていない森の中では、野生の獣達が歩いて出来た獣道を進む事になるのが定石だ。

だがグウェンが歩いている道は、大きな砂利もなく歩きやすい上、体格の良い彼が通っても平気なほど幅が広い。

ちょうど彼くらいの人間が何度も通い詰めて出来たような、そんな道であった。


グウェンはふと、地面の方へ視線を向けた。

そこには雑草が生い茂っていたが、一部の茎が倒れ込むようにして折れ曲がっていたのに気がついたのだ。

まだ瑞々しい傷口から立ち上る青臭い香りは、この道を誰かが先に歩いていった事実を示していた。


グウェンは足を止める事なく、一瞬でそこまで思考すると、ぐんと一段速い足取りで先を急ぐ。


それから幾許もしない内に進行方向に見えてきたのは、かつては荘厳であったろう朽ちかけた温室であった。

嵌め込まれていた硝子も殆どが割れ落ちてしまっており、残ったのは大理石で出来た骨格と金属の枠組みくらいのもの。

生命力の旺盛な蔦や雑草が至る所に絡みついており、日差しを遮る緑のカーテンとなっている。


グウェンは辛うじて無事に残っている扉をそっと押し開けて、慣れた様子で中へと入っていった。


靴底についた土が床に擦れて、じゃり、と音が立つ。

温室の中には1人の人物が彼を待っており、扉の開く音に反応してこちらを振り向いたところであった。


「グウェン!来てくれたのね」


嬉しそうに話しかけながら、彼の元へ
駆け寄ってきたのは、春の妖精みたいに愛らしい娘であった。


蜂蜜色をした柔らかな巻毛に、白磁機の如くつるりと滑らかな肌、あどけなく愛くるしい顔立ちは子猫のよう。


彼女が近づいてきた途端、グウェンは普段の険しい表情とは打ってかわり、蕩けるほどに甘い笑みを浮かべてみせた。


そして駆け寄ってきた娘の華奢な手をそっと握ると、口づけを落としてからこう答えた。


「当然だろ、リリスに会う為ならどんな場所にだって行くさ」


この時のグウェンの視線の熱烈さといったら、もし副隊長などが見たら偽物じゃないかと真剣に疑うだろうほどであった。


彼らは温室に置かれたままの古めかしい金属製のベンチへと腰掛け、会えない月日を埋めようと言葉を交わし始めた。

2人はぴったりと寄り添いながら互いを見つめており、次第に辺りに流れる空気が甘やかなものになっていく。


とろりと熱を持った瞳で見つめられ、グウェンは叫び出したくなるほどの愛しさに内心悶えた。

渾身の理性で衝動を抑え込みつつ、優しい手つきでリリスの肩を抱けば、彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。

しかしその頬は期待に上気しており、本気の拒絶ではない事は見てとれた。


なのでグウェンは彼女の頬へ片手を添えると、決して無理強いしないよう注意しながらも、自分の方へと向けさせた。

そうすれば彼女は抵抗もせず、静かに伏せていた顔をあげる。


互いの吐息が掛かるほどに近づいた距離で、彼女は艶やかな唇を羞恥に震えさせながらも、自分からその瞳を閉じてみせた。


初心な恋人からの可愛らしいおねだりを、男が断るはずもない。


睦ましく寄り添いあう2つの影が、ゆっくりと重なりあっていく。

朽ちた温室を背景に、恋人達は接吻を交わしたのだった。


リリスが身に纏っている純白のローブも相待って、その光景はまるでバージンロードで愛を誓う新郎新婦のようであった。


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