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第四話
しおりを挟む「ねえグウェン、私と一緒にいるのが嫌になってはいない?」
リリスがそう尋ねたのは、彼らが熱い口付けをたっぷりと交わし終わった後の事であった。
恋人の逞しい腕に抱かれながらも、彼女の表情はどこか不安そうに曇っている。
グウェンは彼女の言葉に、慌てて抱きしめた腕を一度離して距離をとった。
そしてリリスの方へ身体を向け直して、真正面からひたと瞳を見据えて答えてみせた。
「そんな事あるわけないだろう?俺は君の事を、心から愛しているんだ」
それはグウェンの偽りのない心の内であたが、リリスの憂いは晴れ切らなかったようで、彼女はもごもごと言い訳をするみたいになおも言葉を続けた。
「だって私が自分に課せられた使命をやり遂げたいって無理を言ったから、こんな風にこそこそとしか会えないのよ?
貴方の周りにいるご令嬢たちだったら、もっと素敵な場所でいつでも会ったり出来るのに…」
居心地悪そうにリリスが身じろぎする度、彼女のローブに刺繍された金色がキラキラと輝く。
教会の紋章が刺繍された純白のローブは、聖職者の象徴であった。
そう、彼女は教会に仕えるシスターであったのだ。
それなのに男性と密会しているのが公になってしまったら、最悪破門される可能性だってある。
だが本当に問題なのは、その刺繍が金色であることだった。
純白に金の組み合わせは、聖職者の中でも高位の存在のみが許された配色であり、この国でそれを纏うことができるシスターはたった1人しかいないのだ。
その存在を、人々は『聖女』と呼んでいる。
「リリス、そんな風に自分を責めたりしないでくれ。
神に捧げられている君の心の、ほんの片隅にでも俺を思ってくれているなら、それだけで充分に幸せなんだ」
グウェンは何も気にする事はないのだと、微笑みながら語ってみせる。
彼は続けてリリスの頬を指先で擽るように撫で、こう言葉を続けた。
「お願いだ、会えない日に君の笑顔が思い出せるように、いつもみたいに微笑んでくれないか」
グウェンは自分がこんな風に甘やかな声で強請ってみせるなんて、彼女に出会うまでは想像もしていなかった。
騎士として研鑽を積むことにしか頭になかった無骨な男に、陽だまりのような愛を教えてくれたのがリリスだったのだ。
ここまで真っ直ぐに愛を語られてなお、リリスは何か言いたげに口篭っている。
こうなったら徹底的に不安を取り除こうと、グウェンは彼女の言葉を黙って待つことにした。
そうすればリリスはとうとう観念して、ほんのりと頬を染めながらぼそぼそと口の中で呟くようにして話し始めた。
「でも、私とは、その…
恋人らしいことも出来ないし…」
しょんぼりと落ち込んでいる姿に、グウェンは彼女が本当に不安に思っていた事が何かを理解した。
(ああ、彼女が不安だったのはそ#__・__#こ#__・__#だったのか)
彼らは一年前から恋人関係にあったが、いわゆるプラトニックな関係だったのだ。
教会に所属する聖職者には、男女関係なく肉体的・精神的な純潔を求められる。
リリスはすでに見習いを経て、シスターになることを神に誓っている。
つまり彼女と恋人関係にあったとしても、これから先もずっと性的な接触は行えないのだ。
「…確かに俺も男だから、愛しい女性に抱く欲もあるさ。
けど、それを解消できるかどうかよりも、もっと大事なことがあるんだ」
グウェンとて健康な成人男性である、正直言って恋人を抱けないのは辛いと、あえて隠すことなく伝えた。
ここで嘘をついて誤魔化すのは、不誠実だと思ったからだった。
「本当ならこうして触れることすら叶わない筈だった君が、体温が感じられるほど側にいる。
愛を囁けば照れながらも微笑んで、私もだと言葉を返してくれる。
今この時、俺の隣に君がいてくれる。
それ以上の幸せなんて、ないんだよ」
グウェンはそう言うと、心底幸せそうな微笑みを浮かべてみせた。
「、グウェン…っ!」
リリスはその笑みを見て、彼の言葉が本心からのものだと悟る。
途端に胸を占めた喜びの感情のままに、リリスはグウェンの胸へと飛び込んでいったのだった。
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