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第八話 

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グウェンはカレンが去り、団長と2人きりになった執務室で、なんとも気まずい空気に冷や汗を流していた。

魔塔の魔法使いという部外者がいなくなった途端、団長は笑い皺のできている目元を、ぎんと鋭く尖らせた。

2人だけになった執務室には、なんとも重苦しく気まずい空気が流れ、グウェンはひたすらに黙って団長の言葉を待つ。

思いの外すぐに、団長は口を開いた。


「…グウェン、私は君の愚直なほどに真っ直ぐな性根を気に入っている。

けれど、さっきのはいただけないな」


声だけ聞けば静かで穏やかな調子であったが、団長の瞳には冷たいものが含まれていて、グウェンはびしりと背を伸ばして応えた。


「っ、ですが、とても彼が我々の任務についてこれるとは思えません」


飲み込もうとした反論を、思い切ってぶつけることにした。

あの態度はなかったと自分でも思っているものの、それに気づかないように誤魔化そうとしている。

普段であればもっと理性的に考えられるだろうに、カレンを前にするとどうにも不安で居心地の悪い気分になって、反射的に拒否しようとしてしまうのだ。

そんなグウェンに対し、団長は眉間に皺を寄せたまま説き伏せるようにして話し始めた。


「はあ、いいかい?

まずカレンの実力についてだが、それは私がすでに直接確かめてある。

その上で君の隊に加える事を決めたのだ」



「団長殿が、ですか?」


あの男が団長と戦って無事な上、実力を認められているだなんて、簡単には信じられない。

グウェンは驚きと疑念の声をあげたが、団長は至極当然といった顔で頷いてみせる。



「お前はまだ魔法使いと戦ったことがないだろうが、覚えておけ。

魔法使いの強さというのは筋力だけじゃないんだ。

彼の事をどれだけか弱い男だと思っているのか知らないが、お前も油断してたら危ない位の実力の持ち主さ」


にわかには信じがたい事を言われるも、団長は自分の実力を正確に知っている。

そんな彼が言う言葉には信憑性があった。

押し黙ったままのグウェンに、団長は畳み掛けるようにして口を開く。


「それにこれは魔塔と聖騎士団が初めて繋がりを得られるかもしれない案件なんだ。

討伐隊に魔法使いが加わってくれれば、我々の仲間の命が危うくなるのを防げるかもしれん」



重々しく響く言葉に、グウェンはぐっと押し黙って下を向いた。

実際に討伐隊を指揮しているグウェンには、言葉の端に滲む悔しさややるせなさが、痛いほど理解できたからだった。

そして心から自分の浅慮さを恥じ、団長に向かって絞り出すようにして謝罪した。



「、申し訳、ありませんでした。

私個人の勝手な判断で、誤った対応をしてしまいました」



例え気に入らない男だとしても、表面だけでも取り繕った対応をすべきだった。


深く頭を下げたままのグウェンを、団長はじっと黙って見つめている。

背中にじっとりと嫌な汗が浮かんできて、つうっと垂れていくのを感じても、グウェンは微動だにしない。

そうしてたっぷりと間を置いてから、団長はふっと吐息を漏らしながら笑ってみせた。

団長はいつもの穏やかな笑顔を浮かべたまま、片手を軽く振りつつ口を開いた。


「わかってくれたなら、それでいいんだ。

…すまないね、少し意地悪な言い方だったな。」

「いえ、今まで命を失ったものがいない事が奇跡だったんです。

自分が出来るのは簡単な治癒魔法くらいのものですから」



後方支援のいない討伐隊の行軍では、聖力の強い者が怪我人に治癒魔法をかけるのが通例であった。

今の隊員の中ではグウェンが最も聖力が強く、実力も高いのも相まって、戦場で怪我をしたものがいれば彼が全て対応していたのだ。

勿論専門的な治療にはならないので、速やかに神官に見せるなり対応が必要であったが、魔物と戦っている際にそんな余裕はありはしない。

中には命は取り留めても、後遺症で剣を握れなくなり除隊することになったのものだっていた。

グウェンはすぐにその事に頭が回らなかった自分に苛立ちを覚えた。


すっかり落ち込んでいる様子のグウェンを見て、団長はやれやれとため息をついた。

そしてきりっとした顔を作ってから、こう宣言したのだった。



「今回の事は、不問とする。

その代わり、カレン殿としっかり協力して任務に向かうように!」


そう言い終わったかと思うと、団長はすたすたとグウェンに近寄り、力任せに部屋の外へと押し出していく。

じゃあな!と叫ぶように告げられた途端、目前にあるドアがぴしゃりと閉じられ、風圧でグウェンの前髪がふわりと宙を泳ぐ。

ぽかんと眺めていれど、そのドアが再び開く様子はない。

向こう側ではガリガリと万年筆が紙を引っ掻く音が聞こえてきており、団長がすでに書類仕事を始めているのがわかる。



「そういえば、机の上に山みたいに載ってたな…」


グウェンは机の上に大量の書類が山積みになっていた光景を思い出して呟いた。

これから彼はその書類達と格闘することになるのだ。


並び立つ小難しい言葉ばかりの書類を眺めるだなんて、苦行に等しい。

そういった作業には、てんで向いていないのだ。

なのでグウェンは追い出された執務室から、速やかに距離をとることにしたのだった。
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