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終章 誰が知る未来
誰が知る未来【三】
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運悪く、手を放すのが遅れたせいでメアとシュナの二人を引っ張る格好になってしまう。
一瞬のことに声が出ない。
それは二人も同じだった。僕を引っ張り上げようとするが、二人にも足場は無かった。
――リプルード。
斥力の魔法を、両手で全力で放つ。
「きゃあ!」
「ひゃっ!」
うまく発動するかは賭けだった。接触していたことが功を奏したのか、落下しかけていたメアとシュナは、弾けるように僕の手を離れ、逆方向の宙に跳ねる。
「おにいちゃ――」「ご主人様!」
「っ、クレフ!!!」
宙で二人が悲鳴を上げる。そしてセリナさんが声に気付き、瞬間で崖先まで飛んできてくれた。
が、その手は空を切った。
作用反作用の関係で、魔法を発動した僕の体はさらに勢いがついてしまって落ちていく。
もうすでに橋の裏側しか見えなくなってしまっていた。
似た光景を、そう遠くない過去で見た気がした――僕は目を閉じる。
――ああ、思い出した。
思い出せた。
心のつっかえが取れたように、堰き止められた水が流れ出すように、僕の記憶が次々と呼び起こされていた。これを忘れていたなんて。
ああ、フィンとは、ちゃんと話をできていたんだ。
そうだ、あの後、お父さんとはちゃんと素直に話をしたんだろうか。
どうなったか、もう聞けないのは残念だった。
魔族がダンジョンで命を落とさないような仕組みを作ることができれば、なんてことを考えていたことまで思い出した。勇者が神との契約を結ぶのと似たような仕組みを、向こうの世界でも創ることができないか、なんて。そこまでは別に約束はしてないから、破ったことにはならないだろう。
上の方から声が聞こえる。それは、わーんと耳鳴りのように僕の頭に響いた。
ルルコットには、一言文句を言いたかったな。
あとは、僕にここまで成長する機会をくれた心からのお礼。
リックのお土産は、シュナが持っている魔導書の中に入っている。
ルルコットならメアの魔力とかから僕に似た魔力を作って解錠できると思う。
コノハさんには魔紋認証の話とか、あとはパークで見た、コースターの話をしたかった。ダンジョンに線路を張り巡らせられれば、もっと効率的に物資を隅々まで行き渡らせることができるんじゃないかなんてことを考えていた。
――案外意識が長く続くんだ、などとどうでもいい考えが頭に浮かんだ。
底があるかも分からない。このままずっと落ち続けるんじゃないか。
体は、もう加速度を感じていなかった。
あたたかい何かに包まれている。
「ほら、もう。ぼーっとしないでください!」
強く聞き覚えのある声が聞こえる。
――フィン?
「足元に気を付けてって、お父様も言ってたのに」
僕の体は、フィンに抱きしめられていた。
翼の羽ばたく音が聞こえる。そしてついに僕の足は、また地に着くことができた。
「おに――」
「クレフ!!!」
むぐっ。フィンの体から離れてすぐ、今度は正面から締め付けられる。
「せ、セリナさん……?」
シュナの声が聞こえる。どうしちゃったの、セリナさん――胸に押しつぶされて、僕の声は音にならない。
「は、離してあげないと、クレフさんが苦しそうです、っちょ、ちょっと」
フィンの声がして、後ろに引っ張られる感覚がするけど、体と頭は全然動かせられない。
「もう、ダメ。離せない」
「ディア! え、えっと、ほら! 時間が、無いから! 急がないと!」
メアの声に、ようやくセリナさんが我を取り戻して――それでも本当にしぶしぶと――僕のことを離してくれた。
「――じゃ、行こう」
セリナさんがいつもの調子に戻った。
「でも、もう。クレフは私のだから」
「え?」
戻っていなかった。
「試験が無事に終わったから。今日からクレフが、私の主人になる」
「しゅ、主人とはどういうことですか!?」
なぜかフィンが大声を上げた。そして意味を勘違いしてる気がする。
「クレフさんは、お父様からあれを受け取りました! 将来の伴侶となるのは、私です!」
「え?」
懐にしまった、あの小箱を意識する。僕は何を受け取ってしまったんだ。
「セリナさんも、フィンも、ちょっと待って。順番に説明してほしいんだけど」
「え、お兄ちゃん結婚するの?」
「え!? ダメ! ダメですよ! ご主人様にそんな、まだ早いです!」
「しないから」
「な、そういうわけにはいきません! その小箱は――」
「知らない知らない、絶対開けない」
やっぱり説明はいらない。聞かない方がいいし、知らないままでいたい。
「……そんなに私がいやなのですか」
「ちょ、なんでそうなるの!? そういうわけじゃないから。フィンのことは――」
「私のことは、何ですか」
「や、やっぱり言えない」
ここ数日のことをきっかけに、想いは口に出して伝えることをルールとして課した僕だけど、こういう感情だけは例外にすることにしよう。
今決めた。
「よくわかんないけど、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだからね」
メアが僕の手を取った。理由はよくわからないけど、なぜか気持ちがほっとした。
「私のご主人様です」
さっきまでしていたのと同じように、シュナが逆の手を取った。
「クレフは、私の」
セリナさんは特に何も行動には移さなかったけど、僕のすべてを所有しているみたいに言った。
主人が僕に変わると言ったけど、お父さんと何か話をしていたんだろうか。
「……クレフさんの世界には、側室の制度があるんですか」
フィンがじっとりとした目で僕を見て言った。そんな制度は少なくとも僕の周りにはないし、自分が正室であると言わんばかりのその台詞がとても気になった。
とにかく、帰ってからまずお父さんとルルコットに事情を聞かない限りは始まらない。
「何から聞けばいいんだろ。こっちも何から話せばいいか分からないし――」
「別にこっちからは何も話すことは無い。元主人は、全部知ってるから」
僕の呟きにセリナさんが反応した。元主人だなんてわざとらしく表現したのは、僕のお父さん、ゼノグレイフ・クレイジーハートのことを指してのことだ。
「知ってるってどういう――あ、あの水晶が他にも?」
「違う。元主人もオーバーロードが使えるから」
答えをくれたつもりでも、僕には理解できていない。
オーバーロードが何か関係あるんだろうか。
血がつながっていれば、例えば視界が共有されるとか?
僕とメアの間でそんな現象が起きたことはない。
「クレフはまだみたいだけど。オーバーロードは未来の自分の力だけじゃなくて、記憶まで持ってこれる。だからこの先何が起こるか、未来を知ることができる。そして、これからクレフはその力を自分のものにして、この世界を治めていくことになる」
しん、と誰もが口を閉じる。
がらがらと橋が崩れていく音だけがしていた。
「オーバーロードって、そんな力があったんだ!」
メアが嬉しそうに驚いている。そこじゃない。
「ちょっと、待って、どこからつっこめばいいか」
「時間が無いから話はあとで」
「わ、ちょっと!」
セリナさんが駆け出してしまったので慌てて追いかける。
「そうだったのですね……私は、魔王となる方のお嫁さ――」
「わあ! それはまだ決まったことじゃな――そんな顔しないでもう!」
僕が否定しようとするとフィンが本当に悲しそうな顔をする。
「ご主人様! さっきも言いましたけど、まだ早いんですからね! コノハ先生にもこのことは私からちゃんと離しますから」
「シュナ、話す前にどういう伝え方をするかはちゃんと相談しよう」
「お兄ちゃんも、ついにそんなお年頃になったんだね」
「メア、帰ってからもそんな悪乗りした調子だったら怒るからね」
「クレフさんのお父様も待っていると言っていましたね。いきなり挨拶なんて私の方はまだ心の準備が」
「……フィンって実は結構お調子者な性格なんだね」
戻ってから、また新しい日々が始まる。
ほんの数日しか経っていないのに、僕は生まれ変わったような心地がしていた。
こんなに頼りになるみんなに囲まれて、たまに困らされることもあるけど、僕の幸せを創ってくれているのは間違いなかった。
この世界を治めるとか、そういう話はまだ何の実感も湧いてない。けどそれも、僕が周りのみんなの幸せを創り上げていく延長にあればいいななんて思う。
ありがとう。
今度は、僕が、みんなの幸せを創っていくから。(了)
一瞬のことに声が出ない。
それは二人も同じだった。僕を引っ張り上げようとするが、二人にも足場は無かった。
――リプルード。
斥力の魔法を、両手で全力で放つ。
「きゃあ!」
「ひゃっ!」
うまく発動するかは賭けだった。接触していたことが功を奏したのか、落下しかけていたメアとシュナは、弾けるように僕の手を離れ、逆方向の宙に跳ねる。
「おにいちゃ――」「ご主人様!」
「っ、クレフ!!!」
宙で二人が悲鳴を上げる。そしてセリナさんが声に気付き、瞬間で崖先まで飛んできてくれた。
が、その手は空を切った。
作用反作用の関係で、魔法を発動した僕の体はさらに勢いがついてしまって落ちていく。
もうすでに橋の裏側しか見えなくなってしまっていた。
似た光景を、そう遠くない過去で見た気がした――僕は目を閉じる。
――ああ、思い出した。
思い出せた。
心のつっかえが取れたように、堰き止められた水が流れ出すように、僕の記憶が次々と呼び起こされていた。これを忘れていたなんて。
ああ、フィンとは、ちゃんと話をできていたんだ。
そうだ、あの後、お父さんとはちゃんと素直に話をしたんだろうか。
どうなったか、もう聞けないのは残念だった。
魔族がダンジョンで命を落とさないような仕組みを作ることができれば、なんてことを考えていたことまで思い出した。勇者が神との契約を結ぶのと似たような仕組みを、向こうの世界でも創ることができないか、なんて。そこまでは別に約束はしてないから、破ったことにはならないだろう。
上の方から声が聞こえる。それは、わーんと耳鳴りのように僕の頭に響いた。
ルルコットには、一言文句を言いたかったな。
あとは、僕にここまで成長する機会をくれた心からのお礼。
リックのお土産は、シュナが持っている魔導書の中に入っている。
ルルコットならメアの魔力とかから僕に似た魔力を作って解錠できると思う。
コノハさんには魔紋認証の話とか、あとはパークで見た、コースターの話をしたかった。ダンジョンに線路を張り巡らせられれば、もっと効率的に物資を隅々まで行き渡らせることができるんじゃないかなんてことを考えていた。
――案外意識が長く続くんだ、などとどうでもいい考えが頭に浮かんだ。
底があるかも分からない。このままずっと落ち続けるんじゃないか。
体は、もう加速度を感じていなかった。
あたたかい何かに包まれている。
「ほら、もう。ぼーっとしないでください!」
強く聞き覚えのある声が聞こえる。
――フィン?
「足元に気を付けてって、お父様も言ってたのに」
僕の体は、フィンに抱きしめられていた。
翼の羽ばたく音が聞こえる。そしてついに僕の足は、また地に着くことができた。
「おに――」
「クレフ!!!」
むぐっ。フィンの体から離れてすぐ、今度は正面から締め付けられる。
「せ、セリナさん……?」
シュナの声が聞こえる。どうしちゃったの、セリナさん――胸に押しつぶされて、僕の声は音にならない。
「は、離してあげないと、クレフさんが苦しそうです、っちょ、ちょっと」
フィンの声がして、後ろに引っ張られる感覚がするけど、体と頭は全然動かせられない。
「もう、ダメ。離せない」
「ディア! え、えっと、ほら! 時間が、無いから! 急がないと!」
メアの声に、ようやくセリナさんが我を取り戻して――それでも本当にしぶしぶと――僕のことを離してくれた。
「――じゃ、行こう」
セリナさんがいつもの調子に戻った。
「でも、もう。クレフは私のだから」
「え?」
戻っていなかった。
「試験が無事に終わったから。今日からクレフが、私の主人になる」
「しゅ、主人とはどういうことですか!?」
なぜかフィンが大声を上げた。そして意味を勘違いしてる気がする。
「クレフさんは、お父様からあれを受け取りました! 将来の伴侶となるのは、私です!」
「え?」
懐にしまった、あの小箱を意識する。僕は何を受け取ってしまったんだ。
「セリナさんも、フィンも、ちょっと待って。順番に説明してほしいんだけど」
「え、お兄ちゃん結婚するの?」
「え!? ダメ! ダメですよ! ご主人様にそんな、まだ早いです!」
「しないから」
「な、そういうわけにはいきません! その小箱は――」
「知らない知らない、絶対開けない」
やっぱり説明はいらない。聞かない方がいいし、知らないままでいたい。
「……そんなに私がいやなのですか」
「ちょ、なんでそうなるの!? そういうわけじゃないから。フィンのことは――」
「私のことは、何ですか」
「や、やっぱり言えない」
ここ数日のことをきっかけに、想いは口に出して伝えることをルールとして課した僕だけど、こういう感情だけは例外にすることにしよう。
今決めた。
「よくわかんないけど、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだからね」
メアが僕の手を取った。理由はよくわからないけど、なぜか気持ちがほっとした。
「私のご主人様です」
さっきまでしていたのと同じように、シュナが逆の手を取った。
「クレフは、私の」
セリナさんは特に何も行動には移さなかったけど、僕のすべてを所有しているみたいに言った。
主人が僕に変わると言ったけど、お父さんと何か話をしていたんだろうか。
「……クレフさんの世界には、側室の制度があるんですか」
フィンがじっとりとした目で僕を見て言った。そんな制度は少なくとも僕の周りにはないし、自分が正室であると言わんばかりのその台詞がとても気になった。
とにかく、帰ってからまずお父さんとルルコットに事情を聞かない限りは始まらない。
「何から聞けばいいんだろ。こっちも何から話せばいいか分からないし――」
「別にこっちからは何も話すことは無い。元主人は、全部知ってるから」
僕の呟きにセリナさんが反応した。元主人だなんてわざとらしく表現したのは、僕のお父さん、ゼノグレイフ・クレイジーハートのことを指してのことだ。
「知ってるってどういう――あ、あの水晶が他にも?」
「違う。元主人もオーバーロードが使えるから」
答えをくれたつもりでも、僕には理解できていない。
オーバーロードが何か関係あるんだろうか。
血がつながっていれば、例えば視界が共有されるとか?
僕とメアの間でそんな現象が起きたことはない。
「クレフはまだみたいだけど。オーバーロードは未来の自分の力だけじゃなくて、記憶まで持ってこれる。だからこの先何が起こるか、未来を知ることができる。そして、これからクレフはその力を自分のものにして、この世界を治めていくことになる」
しん、と誰もが口を閉じる。
がらがらと橋が崩れていく音だけがしていた。
「オーバーロードって、そんな力があったんだ!」
メアが嬉しそうに驚いている。そこじゃない。
「ちょっと、待って、どこからつっこめばいいか」
「時間が無いから話はあとで」
「わ、ちょっと!」
セリナさんが駆け出してしまったので慌てて追いかける。
「そうだったのですね……私は、魔王となる方のお嫁さ――」
「わあ! それはまだ決まったことじゃな――そんな顔しないでもう!」
僕が否定しようとするとフィンが本当に悲しそうな顔をする。
「ご主人様! さっきも言いましたけど、まだ早いんですからね! コノハ先生にもこのことは私からちゃんと離しますから」
「シュナ、話す前にどういう伝え方をするかはちゃんと相談しよう」
「お兄ちゃんも、ついにそんなお年頃になったんだね」
「メア、帰ってからもそんな悪乗りした調子だったら怒るからね」
「クレフさんのお父様も待っていると言っていましたね。いきなり挨拶なんて私の方はまだ心の準備が」
「……フィンって実は結構お調子者な性格なんだね」
戻ってから、また新しい日々が始まる。
ほんの数日しか経っていないのに、僕は生まれ変わったような心地がしていた。
こんなに頼りになるみんなに囲まれて、たまに困らされることもあるけど、僕の幸せを創ってくれているのは間違いなかった。
この世界を治めるとか、そういう話はまだ何の実感も湧いてない。けどそれも、僕が周りのみんなの幸せを創り上げていく延長にあればいいななんて思う。
ありがとう。
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