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二章 その日の前の日

その日の前の日【三】

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「ルルコットは強引なときはホントに強引だから困るよ……」

 あの後、喫茶店でもうひと騒動あった。ルルコットからお留守番を告げられたリックが思いっきり駄々をこねた。主要メンバーがこれだけ抜けるとそれこそダンジョンの運営に支障をきたすから、とリックを説得し、最終的には『兄がいない間は俺がダンジョンを守っててやるよ!』で落ち着いたけど。

  この前のミスが目立っただけで、コノハさんのゴーレムのフォローだけじゃなく、ギミックやトラップの設置や修理、果ては大地の精霊を駆使した戦闘イベントの運営と、多才にこなしてくれるのがリックだ。調子の波があるのは否定できないけど、抜けてもらって困るのは本当の気持ちだった。

 それに、リックに残ってもらいたい理由はもう一つあった。

「連れていくあともう一人はコノハさんにしようと思ってるんだけど」隣を歩くセリナさんに意見を聞く。「どうだろ。リックだけだとやっぱり厳しいかな」

「その姿で、その言葉遣いはやめた方がいいと思う」

「え――僕の話?」

 コノハさんの件は無視されて、そしていきな駄目出しを受けた。

「その『僕』って言うのもだめ」
「そ、そんないきなりは直らないんじゃないかな」
「だから、今のうちから、練習」

 街はずれの、舗装がところどころはがれた道を二人で歩きながらの会話。
 目立つから絶対にやめた方がいいという僕の制止を聞かずに、喫茶店を出てすぐの路地でルルコットが変身トランスの魔法を僕にかけた。今は背も声も服装も、すっかりオーバーライドを発動した時そっくりの姿にされてしまっている。

「『俺』かなあ……」嫌々ながら、オーバーライドの時の記憶を呼び起こす。「でもなんか失礼な気がするから『私』とかの方がいいのかな」

「明日、向こうのマスターに挨拶するときは『私』でもいいと思うけど、今は『俺』じゃないとダメ」

 注文が細かい。

「僕が僕じゃなくなっていきそう……」
「『僕』禁止」
「……ハイ」

 セリナさんは見た目と内面のギャップが大きい。

 白のワンピースはひざ丈より少し短く、元々長身の背をヒールがさらに高く見せている。外を歩いている今は黒のカーディガンを羽織っていて、食事中は結んでいた髪を解いて柔らかな金の髪の毛を風が撫でるままにしている。そんな綺麗なお姉さんといった印象とは裏腹に、口下手というか、言葉を選ばず素直に思ったことをいうきらいがあって、人に冷たい印象を与えてしまいがちだ。僕自身も少し怖いと感じてしまう時もある。

 ルルコットからセリナさんと二人にされてしまったときはどうしようかと思い、用も無いのにメアかリックを一緒に連れて行こうかと迷ったほどだ。
 
 そうこうしている内に目的地に着いた。
 レンガ造りの小さな一軒家。近くには他の建造物は見当たらない。扉をこの姿のまま開けていいものかと悩む僕を置いて、セリナさんはすっと中に入っていった。

「リメリーさん、いますか」

 そう大きな声でもなく、響くような高い声質でもないんだけれど、セリナさんの声は遠くからでもなぜかよく聞こえる。

「おやまあ、ディアフォールんとこの子かい」

 二階から声がした。
 木造の急な階段から、おばあちゃんが手すりにつかまりながらゆっくりと降りてきた。

「リメリーさん、こんにち――」



 リメリーさんの姿を見て声を掛けようとしたところで、止まる。

「なんね、クレフの坊やもいっしょかいね」
「――分かるの?」

 とても今の姿から普段の僕だとうかがい知ることはできないはずだった。

「はっはっ、わかるのとはなんだい。あたしゃまだボケとらんよ。はっはっはっ」
 
 ゆったりとした、いつもの口調。見た目とか声とか、そういうのでリメリーさんは人を判別していないのかもしれなかった。

「どっか遠くに行くんかいね」

 だいたいのことは、いつもリメリーさんはお見通しだった。

「うん、ちょっとその準備をしたくて来たんだけど」

 リメリーさんは僕とセリナさんに椅子を勧めて自分は肘掛椅子に腰かけた。テーブルの上の焼き菓子を僕たちの方に差し出してくれる。

「ありがとう。あ、そうだその前に――」
「その前に、私から、いいでしょうか」

 セリナさんは直立不動の姿勢から、まっすぐに頭を下げた。

「この間は、すみませんでした。ご厚意で急なご依頼をさせていただいたのにも関わらず、あろうことか私の失態で、大変なご迷惑をお掛けしてしまいました」

 リメリーさんはいきなりのことでで目を丸くして驚いていた。それは僕も同じだった。

「雷獣討伐の件かいね」

 僕はセリナさんにあわせて慌てて頭を下げるくらいしかできなかった。ここに来るまでその話は一切出てなかったから、半ば忘れてしまっていた。セリナさんは、僕が思っていたよりもずっと気に病んでいたみたいだった。

「ええ、ええ。そんな気にせんでええ」

 リメリーさんはもういつもの眠たげな瞼に戻っていた。

「ギルドの皆から聞いた話やが、いくさで経験値がたっぷり積めて、ほらよかった言うとったわ」

 勇者ギルドに悪い案件を紹介してしまうと、リメリーさんの面目が立たなくなってしまう。だからそういう風に言ってくれるのは、リメリーさんなりの気遣いでもあった。

「それは結果論であって――」

「こりゃ。ええ、て言うとるんやから、ええ。それ以上は言いな」

「――ありがとう、ございます」

 セリナさんがようやく顔を上げた。僕もそれにならう。

「なんね、なんにも話とらんのかいね」

 リメリーさんが僕を責める。

「さっきまで忘れてたんだ、急に隣の世界に渡ることになったからそのことで頭がいっぱいになっちゃって。あれもこれも、僕がいない間のイベントの告知の仕込みしなきゃって、そうじゃなかったらホントはルルコットと一緒にその件で来るつもりだったんだけど――」

「この子、あの日はすぐにあたしんとこ飛んで来おった。『僕が全部悪いんだ』言うて、泣きながら」

「ちょっ!?」

「この子が泣いて、あたしが許して、それでこの話は終わっとんや」
「泣いてないからね!? そんなあることないことセリナさんに言わないでよ!」
「じゃから、あんたが謝ることはなんにもなかったんや。話は終わっとるんやから」
「終わってるんだったら、もういいでしょ、ほら、おしまい」
「そん時に言うたんや、クレフ坊は、みん――」


「わーーーーーーーーーー! わーかったから! ほら、わかった。ね? わかったから、おしまい。今日はイベントの準備に来たんだからさっさとやらないと時間がないってば」


 リメリーさんを書類の準備に急かす。これ以上好きに喋らせちゃだめだ。セリナさんがじっとこっちを見ているけど、気にしないことにした。

 小一時間ほど経って、改めてお礼を言ってから、リメリーさんの家を後にした。少し日が落ち始めていた。セリナさんから、リメリーさんとのやり取りについて聞かれたが、僕は意地でも話さなかった。セリナさんが詳細を聞くのを諦めてから家に着くまでの間、みっちり言葉遣いを指導された。

 一向に良くはならず、「こうなったら、奥の手しか」とセリナさんが不穏な言葉を呟いたけれど、僕は聞かなかったことにした。
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