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一章 公国の姫君は、出会う
本意で不本意なランクアップ
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私たちの住むここは、リリ=ステイシア公国。
メリエント大陸の端に存在する、貴族が統治する国。
その首都は、百年ほど前はステイトという名で国の中心に位置していたけれど、今現在では全ての機能が新首都ミレーナに移されている。
それは、魔法石『カルディア』が、このミレーナの地で採掘され始めたからだ。
研究機関『WiiG』に認可された採掘場は、ミレーナ採掘場を含めて世界に十箇所しか存在しない。
この世の全てのものは、『カルディア』の魔力に引き寄せられる。
そのように言われるのは、実際に魔石にそういう力があるのではなく、事実としてそうなるからだった。
たとえば、リリ=ステイシア公国においては以下の手順を辿った。
まず最初に、国軍が編成された。
兵士は『カルディア』の採掘を担当するための戦力として国中から集められた。
次に、輸送機関と工業施設の建設が行われた。同じく国令によって労働力が徴収される。人が集まれば、当然そこで商業が栄える。
この時必要となった資金面で大きな寄与を果たしたのが貴族だった。新しい土地でも、そうして貴族の統治制度が引き継がれていった。
しかし周囲が栄えていったとしても、ミレーナ採掘場自体は実に色気のない環境だった。
切り出された岩山に囲まれて、二棟の人工建造物がそびえ立っているのがその実態だ。
競うようにして天に伸びるその高層ビルの外壁は、一つは白銀、もう一つは漆黒に塗られており、どちらにも不思議なことに窓が見当たらない。高さ五十階はあろうかというその建物のほとんどは兵士の居住地として機能しており、内部で衣食住の全てが供給される。
したがって、兵士たちは幸か不幸か『採掘場』から出ることなく何不自由ない生活が営める。
白の一棟は、研究本部。
採掘された『カルディア』はこちらに運び込まれ、半永久動力炉として加工される。
同じくサイファーの開発・管理も担うのがこの白の研究棟、通称『悪魔の花園』。
そして、黒の一棟。
ここ指令本部には、私たち兵士が在籍している。
そのほぼ最上階である四十八階、統監府の一室に、私は呼び出されていた。
「さて……何から伝えようか」
目の前の男が口を開く。
執務室のような部屋だ。私たち一人ひとりに与えられている自室よりも一、二回りほど大きい。
その男は、こちらを見ていない。
部屋の奥に置かれたどっしりとした構えの机と椅子に着いて、偉そうに左手で頬杖をつきながら右手で何やら書類にサインをしている。
年齢は四十を超えた辺りと聞いたけれど、歳の割にはかなり年季の入った風体をしている。白髪を隠すようにその髪は銀色に染められていた。
「わざわざ口頭で伝えるべき重要なことがあって私を呼んだのではないのですか、本部長」
「『指令』本部長だ、ブランデンベルク侯の娘よ。向こうの狂った悪魔と一緒にされてはかなわん」
顎で壁の方を指す。窓が無いから方角はわからないものの、白の研究棟がある方向を示しているのは分かった。
「はい、ハルベルト指令本部長。それで、ご用件は」
私は不本意ながら改めて話を伺う姿勢を見せた。そうしなければいつまでも話が進まない。この男はそういう男だ。
ゴスペル・ハルベルト。
指令本部長。統監府総代も兼任していて、つまるところ私たち兵士の指導者だった。
但し、戦場に顔を出すことはない。
この男に、戦闘経験などは無いのだ。
五年ほど前に『お上』から任命された、いわばお飾りの長官でしかない。
サイファーどころか第一世代の剣も扱えないと思う。
そいつは鬱陶しい溜息を吐いて、わざとらしく低い声で喋る。
「……君にもあの『天衣無縫の魔女』くらいの落ち着きと物分りの良さが身についてくれるといいのだが」
ここで一旦言葉が区切られた。私は頑張ったけれど感情を隠し切れたかどうかは分からない。わざわざフィリアを引き合いに出すなんて、まったく不愉快だった。
男が話を再開する。
「だが、君の実績は認めざるを得ない。先日も第二階層に出現したグルードを討伐、潜入中の第七十二部隊を救出したとの報告が上がっている」
――ああ、やっぱり。
呼び出された時からおおよその推察はついていた。
あれから、丸一週間経っていた。
転移の間に常駐しているレベル5に報告し、四人は無事救出された。グルードのコアも摘出され、そちらは研究棟に送られたらしい。
転移の間は、兵士にとっての生命線だ。もし化物がその部屋に侵入し、昇降機が破壊でもされたら潜入中の隊は地下迷宮から脱出する手段を失う。
唯一、下の階層に潜る道のみが存在するのだが、それは自殺行為だ。
その階の昇降機に辿り着く前により強力なセグメントに擂り潰されて、終わり。
そういうわけで、その転移の間というのは最強の戦闘能力を誇るレベル5によって死守されている。
「そして、先の潜入においてもミリアッドを四体、トスカナを二体討伐してコアを回収した、と」
喋りながらも、男の視線はずっと机の上の書類に下ろされたままだ。
番人からの報告書でも読んでいるのだろうか。
昇降機の警備、負傷者の保護、戦果の報告が『番人』と呼ばれるレベル5の主な仕事になる。
「私としても、君の功に報いないわけにはいくまい――ネネカ・ノイエン・ブランデンベルク、受け取り給え」
その紙のうち一枚を、私に差し出してきた。
先ほど男がサインをしていた羊皮紙だ。
両手で受け取り、さっと目を走らせる。その紙の右下部に、ステイシア公の家紋が朱で以て押印されていた。
「これは――」
「君をレベル4へ昇格させることが決まった。まずはそれを祝おう」
――やった!
心の中でガッツポーズをした。
喜びの感情が表に溢れ出そうになるのを必死に抑える。
これで。これで、並んだ。
見てなさいよ、フィリア・ユーベリッヒ!
「……ありがとうございます」
けれど私は無表情を貫いて、出来るだけ平坦な声で体裁を整える。
ここで小躍りするなど恥ずかしい真似はできない。
「――だが」
また男が視線を逸らす。まともに目を見て話せないのかしらこの男は。
「この決定は、正直悩むところがあった……君の所属する第十一部隊のエンジニアが、一命こそ取り留めたが再起不能になったとの報告も上がっている」
あー。
あいつね。
私のせいじゃ無いんだけど。
「君がこれから潜入を許される第四階層は、当然今までと比べて危険度も増す。その危険は、随行するエンジニアも背負うことになるのだ。その点は分かっているのかね?」
男は依然頬杖をつきながら、逆の手の人差し指で机の天板をコンコンと叩く。
「……はい」
だったらエンジニアを隊に入れなければいいじゃない、などと余計なことは言わない私だった。
正直、私たちには必要ない。
補助なんかなくてもグルードを討伐するくらいの実力はある。というか、エンジニアがいて助かった経験なんて一度もない。いや、一回はあったかな。
「君たちの能力がずば抜けて高いことは分かっている。それだけにエンジニアが君たちに引きずられて育つことを期待したのだが……」
そんなことは土台無理な話だった。
そもそも今まで私たちのチームに入ったエンジニア共は、サイファーの補助や調整どころか、共鳴接続すらまともにできた試しがない。経験を積む積まない以前の問題だ。
「……強烈なキックバックに耐え切れず、任務を投げ出す者が後を絶たなかった。相性の問題と思い様々な特性を持つエンジニアを派遣したが――結果はこれだ」
ぱしん、とわざとらしく指で書類の束が弾かれた。今までのエンジニアが出した『転隊願い』に見える。
要するにあの束は、今までに逃げ出した男の数を表している。
「ですがそれは――」
「いや、いい。言うな。確かに私の落ち度でもある」
反論しようと口を開いたものの、すぐに封じられた。
ああ腹立つなもう。
それなら余計なことは言わないでほしかった。
だいたい私は戦闘能力で言えば随分前にレベル4の域までに達している――はずだ。
それでいてここまで昇級が遅くなったのは隊の損害比率の大きさのせいだ。
私の実力に釣り合わないエンジニアが勝手にぶっ倒れていくだけなのに、そんな奴の面倒まで見ろというのは非常に納得のいかない話だった。成長だなんて寝ぼけたこと言ってないで最初っから最強レベルのエンジニアを派遣してくれればこんなことにはならなかったのに!
「新しいエンジニアに関しては、追って沙汰を伝える。だが、君たちの任務にはエンジニアの守護も含まれているということを、ゆめゆめ忘れるな」
「……はい、ハルベルト指令本部長」
部屋を出た私は男の言った内容を全て忘れることにした。
メリエント大陸の端に存在する、貴族が統治する国。
その首都は、百年ほど前はステイトという名で国の中心に位置していたけれど、今現在では全ての機能が新首都ミレーナに移されている。
それは、魔法石『カルディア』が、このミレーナの地で採掘され始めたからだ。
研究機関『WiiG』に認可された採掘場は、ミレーナ採掘場を含めて世界に十箇所しか存在しない。
この世の全てのものは、『カルディア』の魔力に引き寄せられる。
そのように言われるのは、実際に魔石にそういう力があるのではなく、事実としてそうなるからだった。
たとえば、リリ=ステイシア公国においては以下の手順を辿った。
まず最初に、国軍が編成された。
兵士は『カルディア』の採掘を担当するための戦力として国中から集められた。
次に、輸送機関と工業施設の建設が行われた。同じく国令によって労働力が徴収される。人が集まれば、当然そこで商業が栄える。
この時必要となった資金面で大きな寄与を果たしたのが貴族だった。新しい土地でも、そうして貴族の統治制度が引き継がれていった。
しかし周囲が栄えていったとしても、ミレーナ採掘場自体は実に色気のない環境だった。
切り出された岩山に囲まれて、二棟の人工建造物がそびえ立っているのがその実態だ。
競うようにして天に伸びるその高層ビルの外壁は、一つは白銀、もう一つは漆黒に塗られており、どちらにも不思議なことに窓が見当たらない。高さ五十階はあろうかというその建物のほとんどは兵士の居住地として機能しており、内部で衣食住の全てが供給される。
したがって、兵士たちは幸か不幸か『採掘場』から出ることなく何不自由ない生活が営める。
白の一棟は、研究本部。
採掘された『カルディア』はこちらに運び込まれ、半永久動力炉として加工される。
同じくサイファーの開発・管理も担うのがこの白の研究棟、通称『悪魔の花園』。
そして、黒の一棟。
ここ指令本部には、私たち兵士が在籍している。
そのほぼ最上階である四十八階、統監府の一室に、私は呼び出されていた。
「さて……何から伝えようか」
目の前の男が口を開く。
執務室のような部屋だ。私たち一人ひとりに与えられている自室よりも一、二回りほど大きい。
その男は、こちらを見ていない。
部屋の奥に置かれたどっしりとした構えの机と椅子に着いて、偉そうに左手で頬杖をつきながら右手で何やら書類にサインをしている。
年齢は四十を超えた辺りと聞いたけれど、歳の割にはかなり年季の入った風体をしている。白髪を隠すようにその髪は銀色に染められていた。
「わざわざ口頭で伝えるべき重要なことがあって私を呼んだのではないのですか、本部長」
「『指令』本部長だ、ブランデンベルク侯の娘よ。向こうの狂った悪魔と一緒にされてはかなわん」
顎で壁の方を指す。窓が無いから方角はわからないものの、白の研究棟がある方向を示しているのは分かった。
「はい、ハルベルト指令本部長。それで、ご用件は」
私は不本意ながら改めて話を伺う姿勢を見せた。そうしなければいつまでも話が進まない。この男はそういう男だ。
ゴスペル・ハルベルト。
指令本部長。統監府総代も兼任していて、つまるところ私たち兵士の指導者だった。
但し、戦場に顔を出すことはない。
この男に、戦闘経験などは無いのだ。
五年ほど前に『お上』から任命された、いわばお飾りの長官でしかない。
サイファーどころか第一世代の剣も扱えないと思う。
そいつは鬱陶しい溜息を吐いて、わざとらしく低い声で喋る。
「……君にもあの『天衣無縫の魔女』くらいの落ち着きと物分りの良さが身についてくれるといいのだが」
ここで一旦言葉が区切られた。私は頑張ったけれど感情を隠し切れたかどうかは分からない。わざわざフィリアを引き合いに出すなんて、まったく不愉快だった。
男が話を再開する。
「だが、君の実績は認めざるを得ない。先日も第二階層に出現したグルードを討伐、潜入中の第七十二部隊を救出したとの報告が上がっている」
――ああ、やっぱり。
呼び出された時からおおよその推察はついていた。
あれから、丸一週間経っていた。
転移の間に常駐しているレベル5に報告し、四人は無事救出された。グルードのコアも摘出され、そちらは研究棟に送られたらしい。
転移の間は、兵士にとっての生命線だ。もし化物がその部屋に侵入し、昇降機が破壊でもされたら潜入中の隊は地下迷宮から脱出する手段を失う。
唯一、下の階層に潜る道のみが存在するのだが、それは自殺行為だ。
その階の昇降機に辿り着く前により強力なセグメントに擂り潰されて、終わり。
そういうわけで、その転移の間というのは最強の戦闘能力を誇るレベル5によって死守されている。
「そして、先の潜入においてもミリアッドを四体、トスカナを二体討伐してコアを回収した、と」
喋りながらも、男の視線はずっと机の上の書類に下ろされたままだ。
番人からの報告書でも読んでいるのだろうか。
昇降機の警備、負傷者の保護、戦果の報告が『番人』と呼ばれるレベル5の主な仕事になる。
「私としても、君の功に報いないわけにはいくまい――ネネカ・ノイエン・ブランデンベルク、受け取り給え」
その紙のうち一枚を、私に差し出してきた。
先ほど男がサインをしていた羊皮紙だ。
両手で受け取り、さっと目を走らせる。その紙の右下部に、ステイシア公の家紋が朱で以て押印されていた。
「これは――」
「君をレベル4へ昇格させることが決まった。まずはそれを祝おう」
――やった!
心の中でガッツポーズをした。
喜びの感情が表に溢れ出そうになるのを必死に抑える。
これで。これで、並んだ。
見てなさいよ、フィリア・ユーベリッヒ!
「……ありがとうございます」
けれど私は無表情を貫いて、出来るだけ平坦な声で体裁を整える。
ここで小躍りするなど恥ずかしい真似はできない。
「――だが」
また男が視線を逸らす。まともに目を見て話せないのかしらこの男は。
「この決定は、正直悩むところがあった……君の所属する第十一部隊のエンジニアが、一命こそ取り留めたが再起不能になったとの報告も上がっている」
あー。
あいつね。
私のせいじゃ無いんだけど。
「君がこれから潜入を許される第四階層は、当然今までと比べて危険度も増す。その危険は、随行するエンジニアも背負うことになるのだ。その点は分かっているのかね?」
男は依然頬杖をつきながら、逆の手の人差し指で机の天板をコンコンと叩く。
「……はい」
だったらエンジニアを隊に入れなければいいじゃない、などと余計なことは言わない私だった。
正直、私たちには必要ない。
補助なんかなくてもグルードを討伐するくらいの実力はある。というか、エンジニアがいて助かった経験なんて一度もない。いや、一回はあったかな。
「君たちの能力がずば抜けて高いことは分かっている。それだけにエンジニアが君たちに引きずられて育つことを期待したのだが……」
そんなことは土台無理な話だった。
そもそも今まで私たちのチームに入ったエンジニア共は、サイファーの補助や調整どころか、共鳴接続すらまともにできた試しがない。経験を積む積まない以前の問題だ。
「……強烈なキックバックに耐え切れず、任務を投げ出す者が後を絶たなかった。相性の問題と思い様々な特性を持つエンジニアを派遣したが――結果はこれだ」
ぱしん、とわざとらしく指で書類の束が弾かれた。今までのエンジニアが出した『転隊願い』に見える。
要するにあの束は、今までに逃げ出した男の数を表している。
「ですがそれは――」
「いや、いい。言うな。確かに私の落ち度でもある」
反論しようと口を開いたものの、すぐに封じられた。
ああ腹立つなもう。
それなら余計なことは言わないでほしかった。
だいたい私は戦闘能力で言えば随分前にレベル4の域までに達している――はずだ。
それでいてここまで昇級が遅くなったのは隊の損害比率の大きさのせいだ。
私の実力に釣り合わないエンジニアが勝手にぶっ倒れていくだけなのに、そんな奴の面倒まで見ろというのは非常に納得のいかない話だった。成長だなんて寝ぼけたこと言ってないで最初っから最強レベルのエンジニアを派遣してくれればこんなことにはならなかったのに!
「新しいエンジニアに関しては、追って沙汰を伝える。だが、君たちの任務にはエンジニアの守護も含まれているということを、ゆめゆめ忘れるな」
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