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第1部 護衛編

リオンからの相談

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ドルンストに到着したのは黄昏時よりも前だが、夕食にはまだ早いという時間だった。

宿は久しぶりに個室となり、スカーレットは男装による緊張から解放されて、ゆっくり部屋で過ごそうか、それとも小腹が空いたので何かおやつ的なものを買いに行こうか悩んでいた。

(外に出るのは面倒だわ。でも夕食までお腹が持ちそうにないし…うーん)

そんなことを思いつつ荷ほどきをしていると、小気味よいノックの音がした。

アルベルトか、もしくはランかルイが、もう酒を飲みに行こうと誘いに来たのかもしれない。

スカーレットはいつものように、反射的に返事をしようとしたところで、不意に以前身バレの危機にあったことを思い出した。

あの時は部屋をノックした人物がレインフォードだと思わずに、素で返事をしてしまった。

(バレたかと思って本当に焦ったわ…)

思い返しても汗が出てしまう。
それに、相手を確認しないでドアを開けてしまい、レインフォードに注意されたこともあった。

そういうわけで、スカーレットは「スカー」として、慎重に返事をした。

「どなたですか?」
「リオンです」

意外な人物の来訪に、スカーレットは驚きながらドアを開くと、そこには酷く深刻な表情のリオンの姿があった。

「リオン、どうしたの?」
「スカー様、今お時間ありますか?」
「あるよ」

ただならぬ様子のリオンに、つられてスカーレットも緊張の面持ちで答えた。
するとリオンは口を開き何かを言おうとするが、一瞬ためらう。そして意を決したように言った。

「実は、殿下のことで相談があるんです」
「相談?どうしたの?」
「ここではちょっと…」

口ごもるリオンの様子から、よほど言いにくいことなのだろう。

「ここでは殿下に聞かれてしまうかもしれないのでカフェに行きませんか?」
「分かった。でもボクでいいの?」

「はい。スカー様は旅の途中で色々な方の相談に乗っていらっしゃったようですし、きっといいアドバイスをいただけるんじゃないかって思って」

確かに中身が20代半ばなので、人生経験はそれなりにある。

リオンの相談内容が何なのかまだ分からないため、アドバイスできるか自信はないが、話を聞いて一緒に考えることは出来るかもしれない。

「んじゃカフェに行こうか。準備するから入り口集合でいい?」

「はい。あ、他の方にも知られたくないので誰にも言わないでください。じゃないと…殿下の耳に入ってしまうかもしれないので」
「分かった」

そうしてリオンと別れたスカーレットは外出の準備をした。

「ピー―」

窓の所にいたライザック・ド・リストレアンが、一つ鳴いて羽をはばたかせた。
そういえば、そろそろ夕食の餌の時間だ。

「ごめんごめん。ほら、ご飯よ」

スカーレットはあらかじめ買っておいた生肉を上げると、ライザック・ド・リストレアンは元気にそれを食べた。

「じゃあ出かけて来るわね。いい子にしててね」
「ピー」

最近ライザック・ド・リストレアンは、自由に飛び回っているので留守番をするわけではないが、スカーレットがそう言うと、まるで返事をするかのように鳴いた。

「あ、早くいかないとリオンが待ってるわ」

スカーレットは誰にそう言いながら、慌てて部屋を後にした。

急いでいるため乱暴にドアを閉めると、ちょうどアルベルトが隣の部屋に入るところのようだ。ドアの閉まる音に驚いたように目を丸くして、スカーレットを見た。

「そんなに慌ててどうしたの?」
「ちょっとリオンと出かけて来るね!夕食には戻るから」

「リオンと行くなんて珍しいね。あんまり遅くならないでね」
「うん!」

そうしてスカーレットはダッシュで宿屋の入り口まで行くと、既にリオンの姿があった。

「ごめん遅くなっちゃった」

スカーレットが平謝りするが、リオンは特に怒るわけでもなく、そのまま何事もなかったように小さく微笑んだ。

「大丈夫です。じゃあ、行きましょうか」

リオンに促されて、カフェへと向かった。



ドルンストの街は一言で言うと緑と白の街である。
石畳の道は、石の高さが揃えられており、歩きやすい。

その両脇に立つ建物は漆喰の白い壁で統一されており、窓には緑が鮮やかなプランターがどの家にも置かれていた。

ただ、同じような形の建物が並んでいるので、どこをどう歩いているのか迷いやすい街並みであった。
僅かに出ている看板や番地を示すプレートで、何とか現在地が把握できた。

(観光客とか迷いそうよね)

一本間違うと入り組んだ路地に入ってしまうため、観光客は街の中心部にしか行かないらしい。

そんなドルンストの繁華街をリオンと歩いていたが、リオンが纏う雰囲気は暗く重い。

カフェへの道すがら話をしようとするが、リオンは一言二言返事をするだけで、すぐに口を閉じてしまい、話が続かず、最後の方は無言で歩いた。

やがてオープンカフェが見えた。
生成りの木綿でできたパラソルが並べられ、その下ではゆったりと椅子に座って談笑している人々の姿があった。

チョコレートケーキが人気商品なのか、多くのテーブルの上にはチョコレートケーキが置かれていた。

「紅茶で良いでしょうか?」
「あ、うん」

どうやらこのカフェはカウンターで注文し、自分でテーブルまで持ってくるというセルフ形式の店のようだ。

「僕が注文してくるので、スカー様は席を取っていてもらってもいいでしょうか?」
「了解!」

スカーレットは外を見まわして開いている席を確保すると、芝f楽してリオンがアイスティーと紅茶のカップを乗せたトレイを持ってやって来た。

「どうぞ」
「ありがとう」

勧められてスカーレットは紅茶を一口飲んだ。

アッサムティーに似た芳醇な香りと甘みのある紅茶が口の中に広がる。
だが、リオンはというと、アイスティーには口を付けずにうつむいたままだ。

スカーレットは紅茶のカップを置くと、リオンへと向き直って改めて尋ねた。

「それで、何があったの?」
「…僕はもう用済みなんです」

リオンの言葉の意味が分からず、スカーレットが首を傾げると、リオンはうつむいたまま言葉を続けた。

「殿下が僕を従者から解任しようとしているみたいなんです」
「そんな…」

信じられない。レインフォードはリオンの事を気にかけていたし、従者として信頼を置いているように見えた。
それなのになぜ解雇しようとするのだろうか。

「レインフォード様にそう言われたの?」

スカーレットの言葉にリオンは首を振った。

「でも城にいた時から様子がおかしかったんです。従者の仕事を遠ざけられたり無視されたり。グノックでも僕を一人で帰そうとしました。それに何かずっと考え込んでいるようですし。きっと僕は用済みなんです」

そう言うと、リオンは堰を切ったようにぽろぽろと泣き出してしまった。

城にいた時のことは分からないが、スカーレットが知る限り、リオンの言っていることは事実である。

特に、最近は何やら考え込んでいることも多いように見える。
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