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第1部 護衛編

気がかり

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剣戟の音が、森にこだまする。
後方の方ではアルベルト達が襲ってきた刺客と対峙している。

そして、スカーレットの目の前には水色の髪の青年が眼光鋭く剣を構えていた。
一方で、その隣には日焼けして浅黒い肌をした大柄の男が、バトルアックスと呼ばれる大きな斧を肩に担いでにやりと笑っている。

相手が少しでも動けばすぐに反応できるように、スカーレットは2人の動きに集中した。
一呼吸。
お互いに空気を吸い、吐いた瞬間には水色の髪の男は大地を蹴っていた。

「たあああ!」

振り下ろされた一撃を、スカーレットは受けると、そのまま打ち合いとなった。
鈍く青白い光を反射している刀剣が交錯する度に閃光が弾ける。
スカーレットは互いの刃が触れる一瞬に体重を掛け、相手を押していった。相手は防戦一方になり、一歩一歩と後退していく。

「くそぉ!」

青年がそうひと際大きな声で叫ぶと、後方に飛びのいてスカーレットの間合いを取った。
その一瞬を見計らったように、巨体の男が横からスカーレットへと迫り、斧を振り上げて横に薙いだ。

「っ!」

あれを食らったらスカーレットの体は千々に砕け散り、肉塊と貸すだろう。
だが、スカーレットは身を低くしてしゃがみこんでそれを避けた。頭上で風をきる音がして、背後からメキメキという木の割れる乾いた音がした。
大柄の男が木にめり込んだ斧を引き抜く刹那の間に、スカーレットは男の懐へと入り込み、胴を一閃した。
攻撃が入ったがスカーレットは気を緩めることはせず、身を回転させて男の元から離れて間合いを取った。
この一瞬の油断が、生死を分ける。

しかし、体制を整える間もなく、今度は再び水色の髪の青年がスカーレットへ向かって来たかと思うと、頭上から渾身の力を込めて剣を振り下ろした。

「これで死ねえええ!」
「っ!」

しゃがみこんでいたスカーレットは剣を構えてその攻撃を受けることはできない。一刀両断にされる。
脳がそう思う前に体が動いていた。
左手に地面につけて力を込め、それを支軸にして身を捩った。そしてその反応を活かして男の手を蹴り上げた。

「はっ!」
「なに!?」

男が剣を握る手を緩めたのをスカーレットは見逃さなかった。
予想外の攻撃に男が息を呑んだのが耳に聞こえるか聞こえないかの間に、スカーレットは体制を整えると体をばねの様に伸縮させて一気に跳ね上がって男へと切りかかった。
耳を刺すような金属音と共に、男の剣が弾き飛ばされる。


「たあああ!」
「くっ…!」

スカーレットは振りかぶった。
まるで引き寄せられるように刀身が男の元へと向かっていった。肉を切る手ごたえがスカーレットの手に伝わった。

「くぁああああっ」

男は体を捻ってギリギリ致命傷を避けたようで、肩からおびただしい血を流しながらスカーレットから離れて間合いを取る。
そのタイミングで甲高い笛の音が響いた。
それを合図とばかりに刺客達は全員身を翻して去って行った。

追いかけようと足を踏み出したスカーレットの耳に、ひゅんという音が聞えたかと思うと、足元に矢が突き刺さった。

(アーチャー!?)

「アーチャーがいる!背後に気を付けろ!」

スカーレットの言葉に、アルベルトとレインフォードが背中を合わせて攻撃に警戒した。
その時視界の隅に木に体を預けながら青い顔で震えているリオンの姿が見えた。
スカーレットはすぐにリオンの元へと向かった。
レインフォードはアルベルト達が守るだろう。
だが、リオンは一人だ。
これが剣士であればその姿を捉えて戦えるが、どこから弓が射かけられるか分からない状態ではリオンは的になる可能性がある。

「リオン!」

身を縮こませているリオンの元へと走り、リオンを背にしてかばう様に立つと、スカーレットはすぐに視線をさ迷わせてアーチャーを探した。
その時、バサリという羽音がしてピーという声がしたかと思うと、短い悲鳴が木の上からした。

「うわぁ!な、なんだこいつ!」

その音の方向にルイが短刀を投げると、短いうめき声の後、木の上から刺客が落ちて来た。
遠目からも絶命しているのが分かった。
それを確認し終えたかのように、スカーレットの元へとライザック・ド・リストレアンが飛んできて腕に柔らかく止まった。

「ライザック・ド・リストレアン、貴方が助けてくれたんだね。ありがとう」
「ピー!」

ライザック・ド・リストレアンは嬉しそうに羽を羽ばたかせて鳴いた。

「みんな、怪我はない?」
「僕たちは大丈夫」
「俺も怪我はない。皆も無事でよかった」

怪我が癒えたレインフォードもまた応戦していたようで、持っていた剣を鞘へと納めながら言った。
確かに小さな傷はあるものの、全員の無事が確認出来てスカーレットもまた安堵した。

「リオンも平気?怖かったよね」
「へ、平気です」

そう言ったリオンだったが、顔色はいいとは言えず、虚勢を張っているのは一目瞭然だった。

「もう3回目か。あっちもしつこいな」

ランが呆れを含みつつ、辟易した声を上げた。
リエノスヴートにたどり着くまでに1回、そして今日、リエノスヴートからドルンストへの道中で2回、こうやって刺客に襲われている。

「王都が近いから相手も焦っているのかもしれないね」

王都に入ってしまえばレインフォードは守りの固い城へと戻ることになる。
そうなると暗殺は安易にできなくなってしまう。そのため王都に着く前にレインフォードを亡き者にしようと躍起になっているのだろう。

「皆には迷惑をかけるが、王都までもう少しだ。よろしく頼む」
「はい!もちろんです!」

申し訳なさそうに言うレインフォードにスカーレットは大きく頷きながら答えた。
もとより推しを守るためにこうして同行しているのだ。
なんとしてでもレインフォードを守らなくては。
スカーレットの言葉に、レインフォードは優しく微笑んだ。

「まあ、なんにせよもう少しで森も抜けるし、リエノスヴートまで一気に行ってしまおうぜ」

ランの言葉に全員が頷き、先を急ぐことにした。
歩きながらスカーレットはこれまでの刺客と戦いを思い出して、2つの事を考えていた。
1つ目は誰がここまで執拗に刺客をよこしているのかということだ。

以前レインフォードは自分の命を狙う人間は多いと言っていたが、命を狙ってくる可能性が高いのは第一王子の派閥か隣国カゼンだ。
だが、カゼンの人間は黒髪に褐色の肌を持ち、目が赤いという特徴を持つ。

(確か第一王子のサジニア・ディアスブロン殿下もそうよね)

サジニアは第一王子だが、現国王がカゼンの血を引く妾に産ませた子どもである。
つまりレインフォードの義兄にあたる。
だが母親の身分が低いため、正妃との子どもであるレインフォードが王太子となっているのだ。
それに対して長子が王太子になるべきだと主張し、レインフォードに反発しているのが一派がある。
レインフォードの命を狙うとしたら、彼らである可能性が高い。

もちろん隣国カゼンが領土欲しさにレインフォードの暗殺を企てた可能性も否定はできない。
だが、刺客にはカゼンの人間はいなかった。
つまりカゼンと刺客との関わりは低いと考えられる。

(やっぱり第一王子の派閥の人間よね)

そこまで考えたが、スカーレットは政治に関しても派閥争いに関しては知識がない。
ここで犯人をあれこれ考えても答えは出ないし、レインフォードの死亡イベントをクリアすれば、レインフォードが刺客に襲われて死ぬというストーリーの発生はない…と思う。
だから、これ以上はスカーレットは関与する問題ではない。

(そりゃ推しの事だから気になるけど…私とは別世界の方だしね)

そう結論づけたところで、もう一つの疑問について考えた。
そもそも何故刺客はスカーレットたちの旅程を知っているのだろうか?

例えば、以前ルーダスの宿で襲われたが、あれも突発的な予定変更だった。
もともとはグノックからリエノスヴートに行く途中で橋が流されたからだ。それがルーダスに立ち寄ることもなかった。
なのに襲われた。

それに、現在だってリエノスヴートへの迂回路で1回、リエノスヴートを出てからも2回襲われているが、彼らは待ち伏せでもしているかのようだった。
自分たちがいつ来るかも分からない状態で、果たしてずっと刺客達を待機させている…というのも不自然な気がする。

(ゲームの強制力…かしら)

イベントの発生場所は既にゲームとは異なっている。本来ならば死ぬはずのレインフォードが生きていることで、ゲームの強制力が働いている。
そうも考えられる。
しかし、本当にそうだろうか?

ルーダスによることになったあたりから、違和感のようなものがぬぐえない。
だが、最後に立ち寄ることになる街であるドルンストの先はすぐ王都だ。

(一番優先すべきはレインフォード様を無事に王都までお連れすることだし、無駄なことを考えて刺客にやられたら目も当てられない。護衛に集中しよう)

こうして、スカーレットは無事に王都へ行くことだけを考えることにした。
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