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第1部 護衛編

出立、そして…①

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予想外に留まることになったルーダスから出立する朝、思いがけない達がスカーレットの元へとやって来た。

それは丁度、馬の準備をして、いよいよ出発という時だった。

「よう!ボウズ!」

歩きながら片手をあげてそう言ったのはサントスだった。
その後ろにはマチルダとルーベスが続き、3歩程後ろに杖をついてよろよろとした足取りのローテルドが歩いて来た。

「皆さん、どうしたんですか?」
「どうしたってよ、見送りだよ。これから出立するんだろ?」
「はい、そうですけど。わざわざ来てくださったんですか!?」
「あたりめーよ!ボウズと兄ちゃんには世話になったからよ」

サントスはスカーレットとレインフォードに向かってそう言ったので、どうやら兄ちゃんとはレインフォードをさしているらしい。

不敬なのでは…とちらりとレインフォードを見たが、彼は優しく微笑んでいるだけで、特段気分を害してはいないようだ。

サントスの言葉に続くようにマチルダもうんうんと納得した様子で言った。

「そうだよ。2人のお陰で話をまとめられたんだしねぇ。ルーベンス先生も胃痛が収まったようだよ。あのままじゃ倒れかねなかったしね」
「マチルダさんの言う通りです。方向性が見えて安心しました。一時はどうなるかと…」

思い出したようにルーベンスは胃を押さえつつ、安堵のため息をついた。

「お役に立てたなら嬉しいです」
「それに、跳ね橋のアイディアもとても参考になりました。その案で検討を進めてみます」
「跳ね橋?」

ルーベンスの言葉にレインフォードは首を傾げた。

実は昨日、要件定義の内容をまとめていたとき、なにか対応案が無いかと考えた末、跳ね橋にするという案がひらめいたのでそれをルーベンスに提案したのだ。

前世で、日本には洪水時に敢えて橋を沈下させることで橋の破損を逃すように設計された橋があると聞いたことがある。

ただ、流木や土砂などが引っかからないように工夫するとなると石造りなり、そうなるとローテルドの要望が叶えられない。

そこで逆転の発想で跳ね橋ならどうかとルーベンスに提案したのだ。

跳ね橋ならば、橋が流される程の水量になった場合、橋を上げてしまえば壊れることもないし、水量が下がったときに橋を下ろせばすぐに通ることができる。

木造で作るのでガタガタすることもないし、初期の工事費はかかるかもしれないが、費用対効果を考えれば決して無駄にはならない。

「なるほど。面白い案だな。スカーが一人で考えたのか?」
「あ、はい。実現性があるか不安だったのですが、意見が参考になったようで良かったです」


そうしていると、今度は遠くから呼び声が聞えて来た。

「おーい!」

声の方を見ると、昨日手伝った食器屋の店主がこちらにやってきていた。

腰を痛めているせいか、気持ちはせいているようだが走れずにいる。
ようやくスカーレットたちのもとへたどり着いた際には、ぜえぜえと息を切らしていた。

「スカー、それにアルベルト。昨日はありがとう」
「いえ。こちらこそお世話になりました。バイト代も多くもらってしまって、ありがとうございました!」
「バイト?」

またもやレインフォードが首を傾げた。

「昨日、こちらのお店で働かせてもらったんです」

状況が呑み込めずに戸惑いの表情を浮かべているレインフォードには気にも留めず、店主は話を続けた。

その手には昨日スカーレットが届けた改善資料がある。

「こんなに細かい資料を貰えて参考になったよ。まさか利益がこんなに少ないなんて気づかなかった。それで一つ教えて欲しいんだけど…」

「あぁ、それなら…」

昨日スカーレットが手渡したのは、在庫管理の資料とそれをどこで買い付けたか、そしてその金額をまとめた資料だった。
それに少しばかりの意見を書いたのだ。

棚卸の資料を作っている際に気づいたのだが、彼の店ではかなり遠方の地域の珍しい食器も購入していた。

だがそれが売れるのは稀なようで、在庫が余っていた。つまりそこまで売れる商品ではないのだ。

かつ、遠方での仕入れを考えると買い付けに時間も費用も掛かる。
費用対効果を考えるとあまり効率的ではない

他にも大量購入で費用を押さえているのかもしれないが、売れるのは少数で大量の在庫を抱えてしまっている。

むしろ、普段使いの木製の食器などのほうがよっぽど売れているのだ。

店主の中ではレアな商品が高額で売れるという先入観があったため、このような結果になったのだろう。

そうして昨日の資料を見ながら店主の質問に答えていると、気づくとレインフォードがその資料を食い入るように見ていた。

何かを考えているようで、じっと書類を見つめたあと、今度はスカーレットの事をじっと見つめる。

その視線がなんとなく居心地が悪く、スカーレットは恐る恐る声をかけた。

「あの…レインフォード様?なにか?」
「スカーが作ったのか?」
「そうですけど」
「…凄い能力だ。ますます欲しくなったな」
「?」

レインフォードは小さく何かを呟いたと思うと、スカーレットに真剣なまなざしを向けて言った。

「前も聞いたが、君は王都に着いたら領地へ戻るのか?」
「はい。その予定ですけど」
「もし俺が城に残って欲しいと言ったらどうする?」

その問いの真意が分からない。

残って欲しいと聞こえるのだが、なぜそんなことを言うのだろう?

ただ、一つはっきりしているのは、レインフォードがどんな真意でそれを言っているとしても、スカーレットの答えは一つなのだ。

「気持ちは嬉しいですが、レインフォード様を王都までお送りするのがボクの役目です。それが終わったら領地に戻ります。それは父との約束ですし」

(それにこれ以上一緒にいたら女だってバレそうだし…)

そう心の中で思っていると、レインフォードは神妙な顔のままで言った。

「なるほど。分かった」

それきり黙ってしまい、スカーレットはどう反応していいのか困ってしまった。
その微妙な空気を払拭するように、カラリとした声がした。

「ああ、間に合ったみてーだな。みんなから聞いたぜ。橋の件、色々アドバイスしてくれたんだってな。これ、礼だ」

金髪ヤンキー兄さんことザイザルがそう言って包みを手渡してくれた。

「海賊亭特製のサンドイッチだ。道中で食ってくれ」
「いいんですか?」
「あぁ、手伝ってくれたからな。礼なんだ、受け取ってくれ」
「ありがとうございます!」
「気をつけて行けよ!また町に来ることがあったら寄ってくれ」
「はい!」


僅かながらの邂逅であったにも関わらず、こうして結ばれた縁に心が温かくなった。

思いもかけず多くの人に見送られながら、スカーレットはルーダスの町を後にした。


※ ※

先ほどから、レインフォードの視線が気になる。
ふと見るとレインフォードと目が合うのだ。

気にしないようにして前を見ても、視線が自分に向けられているのがなんとなく分かる。

「あの…レインフォード様。ボクが何かしましたか?」
「いや。ちょっと考え事だ」

レインフォードの答えを聞いても意味が分からない。
自分を見て考え事をするなど、どうしただろうか?

(はっ!まさか女だってバレた!?それか、疑ってる!?)

内心ドキドキしながら、スカーレットはレインフォードの視線から逃れるように、アルベルトの元へと寄って、彼の後ろへと隠れた。
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