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第1部 護衛編

襲撃③

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数度打ち合いが続き、激しい剣戟の音が響く。

「ほう。私と互角か」

確かに互角の戦いだ。こちらが仕掛けても直ぐに受けられる。だが、逆にあちらが仕掛けて来ても、すぐに対処できた。
だが、一つ一つの攻撃は相手の方が重い。一振り一振り何とか受け止めているが長引けば押し切られる可能性が高い。
数度打ち合って、そのことに男も気づいたようだ。
ニヤリと笑って言った。

「だが、力勝負では俺の勝ちだな」
「っ!」

ひと際大きく振りかぶった男の攻撃に受け止めるのが精いっぱいだ。
剣を伝った振動で、手がじんと痺れた。それでも何とか男の剣をそらそうとするが、男は体重を掛けてそのままぐっと力を入れてスカーレットが力で押されるのを待っている。

(ここで押し負けたら斬られる…でも…!)

だが、それこそスカーレットの待っていた攻撃でもあった。

「だったら機動力で勝負だ!」

スカーレットはそう言いながら自らすっと剣の力を抜き、そのまま体を男の方へと滑らせた。
支えを失う格好になった男はバランスを崩す。自然とスカーレットは男の懐に入りこむ形になる。
そしてスカーレットはそのまま剣の柄で男の鳩尾を思い切り殴った。

「ぐっ!」

男が短く呻くのを聞き終わる前に足払いをすると、そのまま男が仰向けに倒れた。
スカーレットはそれを見逃さない。
すぐさま剣を大きく振りかぶると、それを振り下ろした。

「たああああ」

だが、男もその攻撃に反応した。振りかぶったことで空いてしまったスカーレットの腹部に、男は思い切り蹴りを入れた。
瞬間的に襲ってくる鈍い痛み。呼吸が一瞬できなくなった。
そして気づけば壁まで吹き飛ばされていることに、背中の痛みで分かった。

「仕舞にしてやる!はああ!」

起き上がって体勢を整えた男が叫びながらスカーレットに切りかかって来るのを剣で受けようとした。
しかしその手には剣がないことに気づいた。
吹き飛ばされた時、手から落ちてしまったのだ。

「しまった…!」

振り下ろされる男の剣を、身を躱して避ける。
スカーレットの耳に剣が空を切った空気の揺れを感じる。

「ほらほら、逃げるだけか?」

男は笑いながら攻撃を繰り返してくる。
息つく暇もなく振り下ろされる剣を右へ左へと後ろに下がりつつなんとか躱すが、やがて気づけば壁際まで追い込まれてしまった。

「さぁ、もう逃げ場はない」

壁に追い込まれ、逃げることはできない。
男は勝利を確信したように薄く笑った。

(なにか武器があれば…)

そしてとどめとばかりに男が剣を振り下ろした瞬間にしゃがんだスカーレットは、床に散らばっていたガラス片を手に取る。そして目の高さにある男の太腿めがけて突き刺した。

「はぁっ!」
「ぐっ…!」

ガラス片が男の太腿に深々と突き刺さり、その場所からじわりと血が滲んだ。
すぐにそれは大きくなって男の黒いズボンの色を変える。
小さく呻いた男は顔に怒りを浮かべて、叫びながらスカーレットの顔を思い切り蹴ろうとする。

「このクソガキが!」

スカーレットは後方に回転しながらそれを躱し、二度ほど回転して落ちている剣の場所まで行き、それを拾った。
男はスカーレットをギラギラとした目で睨みつける。

「殺す!」

太腿に突き刺さったガラス片を抜いて放り投げながら、男は憎しみを込めた声を絞り出すように言った。
血に濡れたガラス片が床に落ちてカランと音を立てた。

「やってみるといい!」
「はぁああ!」

男が床を蹴って間合いを詰める。勢いを乗せた分、今までの攻撃より攻撃力は高い。
このまま男の攻撃を受けたらスカーレットが弾き飛ばされ、バランスを崩した隙をつかれて斬られてしまうだろう。

一瞬で判断したスカーレットはあえて剣を下段に下げ、身を捻って男の攻撃を躱した。

「!?」

予想外の動きに男が瞠目し、息を呑む。

それを視界の隅に捉えたまま、スカーレットはすれ違い様に下段に下ろしていた剣を一気に上段へと振り上げる。
白刃が直線を描き、男の懐へと吸い込まれるように動く。

スカーレットが男の脇をすり抜けた時には、背後で男が崩れる音がした。

振り向けば、大量の血が男の腹部からぼたぼたと床に滴っている。

スカーレットは男の元に近寄り、背後から男の肩に剣を置いて尋ねた。

「言え。誰の命令で殿下の命を狙った」
「…」

勝負は決した。
誰が見てもうそう思うだろう。

だが、相手は刺客だ。いくつもの死線を潜り抜けてきた者。
男は血を流しながらも渾身の力を込めてスカーレットへと切りかかってきた。

「!!」

スカーレットは慌てて飛びのいてその攻撃を避けた。

(まだ動けるの!?)

男の傷はどう考えても致命傷だ。
しかし男はその赤い目に激しい殺意を滲ませてスカーレットへ剣を向け、傷を負っているとは思えないスピードで駆けてくる。
スカーレットは反射的にそれを防いだ。
ガキンという刃と刃がぶつかる音がして、瞬間火花が散った。
スカーレットは全てが終わったと思って油断していたため、防御から攻撃に転じるスピードが一瞬だけ遅れてしまった。

「っ!」

気づけば男はスカーレットの横をすり抜けていた。

(このままじゃ逃げてしまう!)

スカーレットは慌てて振り返ったが、その時にはすでに男は華麗に窓から身を躍らせていた。

「待て!」

急いで窓から身を乗り出して男を追おうとしたが、既にその姿はなかった。
しかもあれだけの深手を負わせたのに、血痕さえ残っていない。
これでは後を追おうにも行方を捜すのは難しいだろう。

(さすがは訓練された刺客だわ)

スカーレットはそう思いながら、刺客の消えた闇を見つめた。
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