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第1部 護衛編

女嫌い

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「スカー、俺、ワイン頼むけど、お前も飲む?」
「うーん、ボクはリオンが心配だし、そろそろ帰るよ」

たぶん酒場に来て1時間は軽く過ぎている。
さすがに一人で残してきたリオンが心配になって来た。

「寝せておけば大丈夫だって。ガキじゃないんだから付き添う必要ないって?ってアイツはまだガキか!はははは」
「はぁ…ラン、飲みすぎだよ」

セルフノリ突っ込みをしているランを見て、スカーレットは頭を抱えて呆れた。
本当に酒癖が悪い。スカーレットが窘めるが多分聞いていないだろう。

「ルイ、ちゃんとランの面倒見てね。厄介ごとは起こさないようにして」

スカーレットの言葉にルイは口の端を少だけ上げて小さく笑ったが、承諾の返事はしなかった。
これは「一応止めるけど、面白いことだったら傍観するから」という意味だろう。

スカーレットはため息を付いて、今度はアルベルトを見た。
このどうしようもない2人を押さえられるのはアルベルトしかいない。

「アル、よろしく」
「えぇ…僕はスカーと帰るつもりだったのに。もし変な輩に絡まれたら大変だよ?」
「ボクなら平気だから。頼みの綱はアルだけだから」
「…分かったよ」

アルベルトは不服そうな表情をしたものの、しぶしぶ納得してくれた。

「じゃあ、行くね」

そう言ってスカーレットは立ち上がったのだが、その拍子に後ろを通ろうとしていた女性と、振り向きざまにぶつかってしまった。

「きゃっ!」
「あ、すみません」

慌てて謝罪するスカーレットの前にいたのは、なんともナイスバディな女性だった。
どぎつい緑色のドレスを纏い、オフショルダーのデザインのそれは肩が大きく出ている。

豊満な胸はコルセットの力も相まって、大きく開いたドレスから零れんばかりだ。
黒く豊かな髪は結い上げられ露になったうなじからは甘い香水の匂いがして、なんとも官能的である。

「あらぁ、可愛い子ね」

ぶつかった女性はスカーレットを見ると、艶めかしい笑みを浮かべながらスカーレットの腕に自らのそれを絡ませてきた。
ぎゅっと抱き着いてくるので、豊満な胸の膨らみが腕に押し当てられる。
突然の出来ごとにスカーレットは困惑してしまった。

「ねぇ可愛いお兄さん、お酌はいらないかしら?」
「いえ。ボクはもう帰るところなので」
「そう言わないでよ。ほら、ぶつかったお詫びだと思って。安くするわよ」
「え、えっと…」

確かに自分がぶつかったのでお詫びをしろと言われたら断りにくい。
だが、女性に酌をさせるような真似はできない。
なんとか断ろうとするが、大人な雰囲気の女性を前にして、どうしていいのか言い淀んでしまう。
同じ女なのにドギマギする。

「ふふ、もし良かったら酌以上の事もしてあげるからさ。ねえ、私の事、買ってちょうだいよ」
「いえ、ぶつかったことは謝りますが、お酌とかそういうのは本当結構です!ごめんなさい!」

スカーレットが顔を赤くしながらなんとかそう言うと、さすがに脈はないと思った女は、今度はレインフォードを後ろから抱きしめた。
そして耳元に口を寄せ、淫靡な笑みを浮かべながら言った。

「じゃあ、こっちのお兄さんは?いい男だし、色々サービスするわよ」

ねっとりと絡みつくような甘たるい口調でそう言った女の腕を、レインフォードは強い力で振り払った。

「俺に触れるな!」

店内に響き渡るほど大きな声でレインフォードは拒絶の言葉を放った。
その声に、ざわついていた店内がしんと静まる。
レインフォードが女を見る目は、スカーレットが今まで見たことのないくらい冷たく、視線だけで人を殺せそうな鋭い物であった。
そしてぞっとするほど冷淡な顔で吐き捨てるように言った。

「お前のような女、虫唾が走る」
「ひっ!」

女は小さく悲鳴を上げた。
そう言い捨てると、レインフォードは女を一瞥したあと店を出て行ってしまった。
あまりにも突然の事に、スカーレット達は言葉を失って呆然とレインフォードの後ろ姿を見送った。

だがスカーレットはすぐに我に返ると、慌ててレインフォードを追った。
店を出ると、体から静かな怒気を出しながら歩いくレインフォードの姿があった。

「レインフォード様!待ってください!」

名前を呼びながらレインフォードに駆け寄ったがスカーレットの呼びかけにも答えず、不愉快そうに眉間に皺を寄せて歩いている。

「レインフォード様!」
「…あぁ、スカーか」

二度目の呼びかけにようやくレインフォードがスカーレットを見た。
だがその顔色は決して良いものではなく、気分が悪そうなのが伝わって来た。

「あの…大丈夫ですか?」

さっきも思ったが、ゲーム設定ではレインフォードは女嫌いという設定は無かった。
だが、先ほどの対応を見ると、ちょっと女性が苦手というには生ぬるいほど、女性が嫌い…むしろ嫌悪しているように見えた。

「その…レインフォード様はどうしてそこまで女性が嫌いなのですか?」

バルサー邸でも身の回りの事を決して女性にはさせなかった。
なにがレインフォードをそうしたのだろうか?

「あ、立ち入ったことを聞いてしまってすみません」

スカーレットの問いに、レインフォードは一旦目を瞑って呼吸を整えると、吐き捨てるように言った。

「色々経緯はあるんだが、女は皆、嘘で嘘を固めるだろう?外見と中身が一致しない。どんなに美しいと言われている女でも一皮むけば、金と権力と地位にしか興味がない。それに、既成事実を作ろうと寝所まで潜り込まれたこともあるし、宴の席で媚薬の類を盛られたこともある。だから、あいつらを見ると虫唾が走る」

なかなか壮絶である。
もちろん女性全員がそういうわけではないのだが、レインフォードの体験を考えれば女性というものを嫌悪してしまうのは仕方のないことかもしれない。

と同時に、女であることを隠していることにスカーレットの中で申し訳なさが募る。
それに万が一女であることがバレたら、あの虫けらを見るような、絶対零度の目を向けられるかと思うと、恐怖以外のなにものでもない。

(うん。絶対にばれないようにしよう)

旅程としてはあと3日程で王都へと着く。
その3日の内に、2回レインフォードの死亡イベントが発生するはずである。
あと3日だけ…騙すのは心苦しいが、レインフォードを死なせるわけには行かない。

(レインフォード様、ごめんなさい。許してください)

レインフォードの隣を歩きつつスカーレットは心の中で謝りながら宿へと戻った。
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