上 下
18 / 53
第1部 護衛編

湯上り事件①

しおりを挟む
スカーレットが連れて来た医者は、リオンを診察して特段問題はないことを告げた。

内診の結果、痛みによる反応もないことかは内臓の損傷も骨折もしていないとの見立てだった。
状況から察するに、意識がないのは疲労から眠っているだけらしい。
そのことに、一同はほっと安堵した。

「さてと、リオンも大丈夫みたいだし、夕飯にしないか」
「だな。まぁ、俺は酒の方が楽しみだけどよ!」

ルイの提案はもっともだった。

すでに夕飯には遅い時間だ。
レストランや食堂はラストオーダーとなっているだろうから、ランの言う通り酒場でつまみをつつきながらという夕食になるだろう。

ランとルイは一刻も早くお酒を飲みたいという空気をひしひしと感じるが、スカーレットとしてはこのまま行く体力はない。

「悪いんだけど、ボクはちょっと休憩してから行くよ」
「じゃあ、僕もスカーと一緒に後で行く。ランとルイは先に行って席取っておいてよ」
「俺も少し荷物の整理をしたいからスカー達と一緒に行くとしよう」
「お!了解!」

こうして、ランとルイは先に酒場へと向かい、スカーレットとアルベルト、そしてレインフォードは後で一緒に行くことになった。
そしてスカーレット達はそれぞれの部屋に戻り、一時間後に落ちあうことにした。

用意されている部屋に足を踏み入れると、想像よりもずっと綺麗だった。
心なしか先ほどいたアルベルト達の部屋よりも若干綺麗に見える。

(二人部屋だし、四人部屋よりもお値段がちょっと高いのかも…)

優遇してもらえて申し訳ない気持ちもある。
あとで皆には何かご馳走をしてあげよう。

部屋も二人部屋にしては広いと思う。
真ん中にシングルベッドがあり存在感を放っている。窓際には小さなテーブルと椅子が用意され、小さな鏡がちょこんと乗ったドレッサーも設置されていた。

落ち着いた雰囲気のインテリアに、スカーレットは少々既視感を覚えた。

(なんだろう…どっかでこういうのに泊まったような…)

うーんと唸りながら考えていると、スカーレットの脳内にぱぱぱっと景色が浮かんだ。
それは、「ア」から始まり「パ」で終わる某格安ビジネスホテルの部屋だ。

(そっか!!あそこだわ。はぁ…懐かしく感じちゃうわ。よく泊まってたなぁ…)

思わず郷愁の念に駆られる。
前世では週5で泊まっていた時期もあったものだ。

というのも、残業が終電後も続くことがあったからだ。
特にシステムトラブルが発生した時などは、家には帰れないのが常だった。

デスクの椅子を並べて横になって仮眠する男性社員も多いが、さすがに女性の自分がそれをすることはできない。
結果、オフィスの近くのアパホテルに泊まることもままあったのだ。

当たり前ながら遠い過去の記憶だが、なんとなくビジネスホテルが懐かしく感じてしまう。

スカーレットは懐かしさを覚えながらぼふんとベッドにダイブした。
ベッドにうつぶせになって枕に顔をうずめると、疲労から眠気が襲ってくる。

だがこの後皆と合流して夕食を食べることを考えると、今寝るわけにはいかない。

眠気覚ましに顔を洗おうと体を起こしたスカーレットの目に飛び込んできたのは、サイドテーブルに置かれた一枚のビラだった。

『あったかホカホカ。大きな湯船でのんびりお風呂に入って疲れを癒しませんか?』

どうやらこの世界には珍しく共同風呂があるようだ。
バスタブに漬かるだけでも十分だが、やはり手足を伸ばしてお湯に浸かるのは格別だろう。

特に前世の記憶のあるスカーレットとしては、非常に魅力的なビラの内容であった。

「よし!まだ時間もあるし、お風呂に入ってこよう!」
スカーレットは意気揚々と準備をして、大浴場へと向かった。



(はぁ…極楽だったわ)

久しぶりにゆっくりとお風呂に浸かれて、体の芯までホカホカだ。
体も軽くなり、疲れも癒されたように感じる。

女風呂は人もおらず貸し切り状態だったので、気兼ねなくのんびりすることができた。
これでフルーツ牛乳があれば申し分ない。
そんなことを考えて女風呂の暖簾に似たカーテンを潜って部屋に戻ろうとした時だった。

「スカーはもう上がりか?」

風呂場から出て数歩歩いたところで、後ろから声を掛けられたのでスカーレットは驚きのあまりに叫びながら振り返った。

「きゃっ!…て、レインフォード様!はぁ。びっくりしました…驚かさないでください…」
「すまなかった。そんなに驚くとは思わなくて」
「いえ、ちょっと油断していただけです」
「スカー、君も風呂に入ったのか?」
「はい、そうです。すっごく気持ちよかったですよ」

レインフォードの言葉に満面の笑みでそう答えたスカーレットだったが、2つほど気になる点があり、思わず渋面になった。

一つはレインフォードの手にはタオルが握られていること。
そしてもう一つは「君〝も〟風呂に入ったか」という問いだ。

「レインフォード様。一応確認なのですが、君〝も〟ということは、まさかレインフォード様もお風呂にお入りになるつもりじゃ…」
「あぁ。久しぶりにお湯に浸かりたいかならな」

レインフォードは悪びれもない様子で満面の笑みを浮かべていた。
その言葉にスカーレットは慌てた。傷がある状態で体を温めたら傷が悪化するのではないかと思ったからだ。

「何言ってるんですか!駄目です!まだ傷が治ってないんですから!」
「もう痛みもないし、平気だ。それにさっぱりしたいんだ」

気持ちはわかる。晴天の下、ずっと馬で移動してきたのだ。
どうしたって汗はかいてしまうし、体のべたつきも気になるところだろう。
だが、また傷が開いたり痛みが出てしまうのではないかと心配になってしまう。

「でも…傷を温めるのはあまりいいことではないので」
「スカーは本当に心配性だな」
「レインフォード様が無頓着すぎなのです」
「大丈夫だ、長湯はしないさ」

レインフォードはそう言って苦笑しながら、まるで子供をあやすようにぽんぽんとスカーレットの頭に触れた。

子供扱いされているような気持ちになって、大人の女性としては少し複雑だ。
それだけ気さくに接してくれているのかもしれないが。と、その時ふと気付いた。

(気さくに接してくれると言えば…あ!また馴れ馴れしい口をきいてしまった…)

気を付けているのだが、どうしても前世から知っているため、ついつい旧知の中のような口調で話してしまう。

「申し訳ありません…。レインフォード様に指図するような言い方をしてしまって…」

反省してしゅんとしてしまったスカーレットの言葉に、レインフォードは、戸惑いの色を見せた。
そして次にはくすっと笑い、目を細めて言った。

「前々から気になってたんだが、君は俺に気を使いすぎる。アルベルト達に接するようにしてくれて構わない」
「でも…不敬では?」
「君は命の恩人だし、全然不敬ではないさ。それに、君と俺は旅仲間なんだ。今みたいに話してくれた方が俺は嬉しいし、俺としても気が楽なんだ」

レインフォードの言葉にスカーレットは戸惑ってしまった。

「えっと…」

だが、レインフォードは穏やかに笑うので、スカーレットもその提案を受け入れることにした。

「じゃあ、レインフォード様も気軽にしてくださいね。今はお互い〝商人〟なんですし、王太子として振る舞う必要はないですから。自由にしてください」
「旅の商人か…。分かった。じゃあ自由にさせてもらうな」

レインフォードの言葉遣いが少しだけ砕けたものになった。
スカーレットはゲームをプレイしているときからずっと気になっていたのだ。
何をしていても完璧な王太子――レインフォード。

だけど、それは苦しくはないのだろうか?
ゲーム中にヒロインに向ける気持ちは情熱的で、ヒロインにだけ感情をあらわにするシーンがある。
それを知っているからこそ、本当のレインフォードは感情を抑えて生きているのではないかと、そう思ってしまう。

もちろん、スカーレットの勝手な想像なのだが。

でも、もし完璧を演じているのであれば、この旅の期間中だけでも自由にしてほしい。
スカーレットがレインフォードにしてあげられるのはそのくらいだから。

(推しには幸せになってほしいからね。少しでも肩の荷をおろしてもらえるといいのだけど)

そんな風に思いながら、スカーレットはレインフォードを見つめた。

「ところでスカー」
「なんですか?」
「今、女風呂から出てきたように見えたんだが」
「えっ!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】転生悪役令嬢は婚約破棄を合図にヤンデレの嵐に見舞われる

syarin
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢として転生してしまい、色々足掻くも虚しく卒業パーティーで婚約破棄を宣言されてしまったマリアクリスティナ・シルバーレーク伯爵令嬢。 原作では修道院送りだが、足掻いたせいで色々拗れてしまって……。 初投稿です。 取り敢えず書いてみたものが思ったより長く、書き上がらないので、早く投稿してみたくて、短編ギャグを勢いで書いたハズなのに、何だか長く重くなってしまいました。 話は終わりまで執筆済みで、雑事の合間に改行など整えて投稿してます。 ギャグでも無くなったし、重いもの好きには物足りないかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。 ざまぁを書きたかったんですが、何だか断罪した方より主人公の方がざまぁされてるかもしれません。

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

悪役令嬢はプログラマー~ループ99回目で塩対応だった王太子が溺愛してきます~

イトカワジンカイ
恋愛
「こうなったら好きに生きさせてもらう!」 99回目の巻き戻りをしたシェリルは拳を握って強く思った。 シェリル・バートンは断罪され、殺された。だが、気づくと入学式前に時が戻っていた。そして自分が前世でゲームプログラマーをしており、この世界は自分が作っていた乙女ゲームの世界であり、悪役令嬢であることに気づく。 だが、ゲーム開発スタッフだったせいか、シェリルはメニュー画面で好感度、フローチャート、エンディングリストを確認することができ、リトライも可能である能力を持っていた。シェリルはこのスキルを活かし、断罪を回避しようとするがデットエンドになってしまい、98回巻き戻りをすることになってしまった。 やけばちになったシェリルは、99回目は選択肢を無視して好き勝手生きることに決めた。するとこれまで塩対応だった王太子の態度に異変が… シェリルは断罪ルートを回避し、生き残ることができるのか?

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...