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第1部 護衛編
助けたのは推しでした
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まじまじと見れば見るほど青年の顔に見覚えがあるのだが、その正体がスカーレットの考え通りなのかは確証がない。
(この顔…やっぱり王太子レインフォードに似てるわよね?他人の空似?レインフォードのそっくりさん?)
王太子がこんな片田舎にいるわけはないと思いつつも、どう見ても「マジプリ」のレインフォードの顔だ。
推しの顔を見間違えるわけがない。
「この方の様子は私が看ているわ。アルは明日出発の準備をしてきていいわよ」
「いいよ。僕が看てるよ」
そうは言ってもスカーレットも自分が助けた怪我人を放っておいて部屋で休むこともできない。
それに具合が急変しないかも気になってしまう。
「じゃあ、アルには父様を呼んできて欲しいの。たぶん開発研究所にいるはずだから」
「…分かったよ」
しぶしぶと言った体でアルベルトは父を呼びに部屋を出て行った。
怪我人とは言え不審人物を屋敷に入れるからには早めに当主である父親に報告すべきだろうと判断したのかもしれない。
アルベルトが居なくなった部屋でスカーレットはベッドの傍らに座ってレインフォードと思われる青年の介護をすることにした。
※
部屋にはスカーレットが本のページをめくる乾いた音だけが響いていた。
あれから1時間程経つが青年の様子は特に変わったことはなく、痛み止めが効いたのかむしろ穏やかな顔で眠っている。
(熱も出てないようだし一安心かしらね。…でも、見れば見るほどにレインフォードに似てるのよね。いやいや、こんな所に王太子がいるわけないし、影武者っていう可能性もあるかもしれないわ)
本から視線を移して青年の様子を見ていると、不意にその長い睫毛が揺れ、美しい金の瞳が現れた。
「お目覚めですか?」
「…あぁ。どのくらい寝ていた?」
「ほんの1時間ほどです。痛みはありますか?」
「ほとんどない。…ここは、どこだ?」
「バルサー家の屋敷です」
「バルサー?バスティアン・バルサー卿の屋敷か?」
「ええ。バスティアンは私の父です」
「そうか。ならば大丈夫か…」
スカーレットの言葉にレインフォード(らしい人)が安堵のため息を付いた。
(ちゃんとレインフォードかを確認しなくちゃね)
スカーレットが名前を尋ねようとして口を開くのと部屋のドアが開き、低い壮年の男性の声がするのが同時だった。
「スカー、怪我人を連れて来たと聞いたが。様子はどうだ?」
「あ、父上。お戻りになったのですね。ちょうど今目を覚まされたところですよ」
外出先からようやく戻って来た父親のバスティアンは外出着から着替えもせずに部屋に入って来た。
アルベルトからスカーレットが怪我人を屋敷に連れて来たと聞いて、屋敷に戻るとこの部屋に直行してきたのだろう。
そのバスティアンは迷いのない歩調でスカーレットの傍までやって来た。
過去『赤の騎士将軍』という異名で恐れられていた父親は厳しい表情のまま青年へと視線をやった。
だが次の瞬間、その表情が凍り付いた。
「レ、レインフォード殿下!?」
(や、やっぱり…)
バスティアンの言葉で決定的になった。もう疑いようがない。
スカーレットは青年を見て、改めて確認するように問うた。
「やっぱり、レインフォード殿下…なのですか?」
「あぁ、名乗らずすまなかったな。俺はレインフォード・ディアスブロンだ」
(そりゃあれだけゲームを周回してたんだもの、既視感があって当たり前よね。でもまさか生の推しを見れるとは思わなかったわ)
そんな風に考えながらレインフォードをまじまじと見ていたスカーレットだったが、我に返ると慌てて席を立って深々と頭を下げた。
「ご、ご無礼を!」
「全然無礼じゃない。そうかしこまらないでくれ。お前のお陰で助かった」
「いえ。偶然とはいえ駆けつけられて良かったです。そう言えば賊に襲われていたようですが、盗賊としては身のこなしが普通ではありませんでした。もしかして王太子殿下だと分かって狙われたのでしょうか?」
「だろうな…。今回供として連れて来たのは騎士の中でも精鋭部隊の人間だ。それを容易く倒した。普通の盗賊ではないだろう」
「誰の差し金かは分かっているのですか?」
「心当たりはあるが、確証はない。俺の立場を狙うものは多いからな」
これ以上は一貴族のスカーレットが口を挟む問題ではない。
だからこそレインフォードは言葉を濁したのだろう。
(まぁ考えられるとしたら第一王子の一派か隣国カゼンあたりが有力よね)
レインフォードにはサジニアという腹違いの兄がいる。サジニアは第一王子であるが母親が隣国カゼンの平民であるため王位継承権はレインフォードより下だ。
それゆえ第二王子ではあるが正当な王妃の子供であるレインフォードが王太子となったのだ。
だがサジニアを担ぎ上げて王太子の地位を狙っている一派はあり、そういう人間から命を狙われる可能性があることは想像に難くない。
「暗殺なんていうのはいつもの事だ。今回の旅でも毒を盛られたし。まぁ、あの程度じゃ俺には効かないがな」
そう言ってレインフォードは事もなげに笑った。
常に命を狙われていることにも、それを当然と受け入れることにも、スカーレットは心が痛んだ。
(そう言えばレインフォード様ってマジプリの中でも死亡率高いわよね)
マジプリでは各攻略キャラのルートにおいて、レインフォードの死をきっかけにしたイベントが起こることがある。
例えば騎士団長カヴィンルートでは、敬愛するレインフォードを守れなかったことで自暴自棄になったカヴィンを、主人公ミラが慰めて愛を深めるというイベントがある。
他にも各キャラルート毎にレインフォードの死亡イベントが高確率で発生する。そのため、レインフォード推しとしては、「あぁ…このルートでも死んでしまうのね」と何度涙したことか。
(この顔…やっぱり王太子レインフォードに似てるわよね?他人の空似?レインフォードのそっくりさん?)
王太子がこんな片田舎にいるわけはないと思いつつも、どう見ても「マジプリ」のレインフォードの顔だ。
推しの顔を見間違えるわけがない。
「この方の様子は私が看ているわ。アルは明日出発の準備をしてきていいわよ」
「いいよ。僕が看てるよ」
そうは言ってもスカーレットも自分が助けた怪我人を放っておいて部屋で休むこともできない。
それに具合が急変しないかも気になってしまう。
「じゃあ、アルには父様を呼んできて欲しいの。たぶん開発研究所にいるはずだから」
「…分かったよ」
しぶしぶと言った体でアルベルトは父を呼びに部屋を出て行った。
怪我人とは言え不審人物を屋敷に入れるからには早めに当主である父親に報告すべきだろうと判断したのかもしれない。
アルベルトが居なくなった部屋でスカーレットはベッドの傍らに座ってレインフォードと思われる青年の介護をすることにした。
※
部屋にはスカーレットが本のページをめくる乾いた音だけが響いていた。
あれから1時間程経つが青年の様子は特に変わったことはなく、痛み止めが効いたのかむしろ穏やかな顔で眠っている。
(熱も出てないようだし一安心かしらね。…でも、見れば見るほどにレインフォードに似てるのよね。いやいや、こんな所に王太子がいるわけないし、影武者っていう可能性もあるかもしれないわ)
本から視線を移して青年の様子を見ていると、不意にその長い睫毛が揺れ、美しい金の瞳が現れた。
「お目覚めですか?」
「…あぁ。どのくらい寝ていた?」
「ほんの1時間ほどです。痛みはありますか?」
「ほとんどない。…ここは、どこだ?」
「バルサー家の屋敷です」
「バルサー?バスティアン・バルサー卿の屋敷か?」
「ええ。バスティアンは私の父です」
「そうか。ならば大丈夫か…」
スカーレットの言葉にレインフォード(らしい人)が安堵のため息を付いた。
(ちゃんとレインフォードかを確認しなくちゃね)
スカーレットが名前を尋ねようとして口を開くのと部屋のドアが開き、低い壮年の男性の声がするのが同時だった。
「スカー、怪我人を連れて来たと聞いたが。様子はどうだ?」
「あ、父上。お戻りになったのですね。ちょうど今目を覚まされたところですよ」
外出先からようやく戻って来た父親のバスティアンは外出着から着替えもせずに部屋に入って来た。
アルベルトからスカーレットが怪我人を屋敷に連れて来たと聞いて、屋敷に戻るとこの部屋に直行してきたのだろう。
そのバスティアンは迷いのない歩調でスカーレットの傍までやって来た。
過去『赤の騎士将軍』という異名で恐れられていた父親は厳しい表情のまま青年へと視線をやった。
だが次の瞬間、その表情が凍り付いた。
「レ、レインフォード殿下!?」
(や、やっぱり…)
バスティアンの言葉で決定的になった。もう疑いようがない。
スカーレットは青年を見て、改めて確認するように問うた。
「やっぱり、レインフォード殿下…なのですか?」
「あぁ、名乗らずすまなかったな。俺はレインフォード・ディアスブロンだ」
(そりゃあれだけゲームを周回してたんだもの、既視感があって当たり前よね。でもまさか生の推しを見れるとは思わなかったわ)
そんな風に考えながらレインフォードをまじまじと見ていたスカーレットだったが、我に返ると慌てて席を立って深々と頭を下げた。
「ご、ご無礼を!」
「全然無礼じゃない。そうかしこまらないでくれ。お前のお陰で助かった」
「いえ。偶然とはいえ駆けつけられて良かったです。そう言えば賊に襲われていたようですが、盗賊としては身のこなしが普通ではありませんでした。もしかして王太子殿下だと分かって狙われたのでしょうか?」
「だろうな…。今回供として連れて来たのは騎士の中でも精鋭部隊の人間だ。それを容易く倒した。普通の盗賊ではないだろう」
「誰の差し金かは分かっているのですか?」
「心当たりはあるが、確証はない。俺の立場を狙うものは多いからな」
これ以上は一貴族のスカーレットが口を挟む問題ではない。
だからこそレインフォードは言葉を濁したのだろう。
(まぁ考えられるとしたら第一王子の一派か隣国カゼンあたりが有力よね)
レインフォードにはサジニアという腹違いの兄がいる。サジニアは第一王子であるが母親が隣国カゼンの平民であるため王位継承権はレインフォードより下だ。
それゆえ第二王子ではあるが正当な王妃の子供であるレインフォードが王太子となったのだ。
だがサジニアを担ぎ上げて王太子の地位を狙っている一派はあり、そういう人間から命を狙われる可能性があることは想像に難くない。
「暗殺なんていうのはいつもの事だ。今回の旅でも毒を盛られたし。まぁ、あの程度じゃ俺には効かないがな」
そう言ってレインフォードは事もなげに笑った。
常に命を狙われていることにも、それを当然と受け入れることにも、スカーレットは心が痛んだ。
(そう言えばレインフォード様ってマジプリの中でも死亡率高いわよね)
マジプリでは各攻略キャラのルートにおいて、レインフォードの死をきっかけにしたイベントが起こることがある。
例えば騎士団長カヴィンルートでは、敬愛するレインフォードを守れなかったことで自暴自棄になったカヴィンを、主人公ミラが慰めて愛を深めるというイベントがある。
他にも各キャラルート毎にレインフォードの死亡イベントが高確率で発生する。そのため、レインフォード推しとしては、「あぁ…このルートでも死んでしまうのね」と何度涙したことか。
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