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第1部 護衛編

誰かに似ている

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スカーレットが屋敷へと戻った時には既に夜の帳が空を覆い始めていた。

ローズマリー号に頑張ってもらい、かなり早く走らせたので10分程度で屋敷に着くことができた。

厩舎へと向かうことなく直接に屋敷の入り口に馬を止めると、青年の肩を担ぐようにして屋敷のドアを開ける。
するとちょうど外に出ようとしていたアルベルトと鉢合わせする形となり、危うくぶつかりそうになってしまった。

「わっ!」
「義姉さん、どこ行ってんだよ。帰りが遅いからこれから探しに行こうと思ってたところだよ」
「アル!この人、怪我をしているの!急いで薬を持ってきてちょうだい!」

アルベルトはスカーレットと青年を見比べた後怪訝そうに眉を寄せた。
身元の分からない土まみれの青年を突然連れて来たことに驚くと共に不信に思ったようだ。

「えっ?この人誰?いったいどういう状況!?」
「詳しい話はあとでするわ。とにかく早く持ってきて」
「わ、分かった」

スカーレットの切羽詰まった声と、ぐったりとした青年の様子から緊迫した状況を察したアルベルトは急いで屋敷の奥へと駆けて行った。

それと入れ違いにスカーレット付きの若いメイドであるエマが屋敷の奥からやって来た。

「お帰りなさいませ。…どうなさったんですか!?」
「エマ、丁度良かった。私と一緒にこの方を客室まで運んでちょうだい」
「はい!」
「触るな!」

エマが青年に触れようとした瞬間、これまで苦しそうにしてぐったりした青年が、突然に力強く拒絶の言葉を口にしたので、エマが反射的にビクリと体を止めた。
青年は低く呻くように言葉を続ける。

「女には触れられたく無い」

エマはどうすべきかスカーレットを見たので、小さく頷いて手を引くように指示した。

「…かしこまりました」

何の事情があるか分からないが、嫌がることを強要したくはない。
だが…とスカーレットは一瞬考えた。
女に触れられたくないと青年は言うが、自分も一応女だ。

しかしこの状況で「私も女なんですけど…」などとは言えない。それに一刻も早く部屋へと運んで手当をする必要がある。

(まぁ嫌がられていないからいいかしら)

緊急事態だし、女だと気づいていないのであれば敢えて訂正することもないだろう。

スカーレットはそのまま青年を来客用の部屋まで運ぶと、その体をベッドへと横たわらせた。

青年はベッドに身を沈めると、体のこわばりを解くが痛みから歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて顔を歪めている。
額からは玉のような汗が流れ落ちていた。

「すぐ薬が来ますから少しだけ辛抱してください」

スカーレットの言葉に青年は小さく頷くが次の瞬間痛みから小さく叫んで顔を顰めた。

「っ!」

よほど傷が痛むのだろう。
先程までなんとか気力を振り絞ってここまで来たせいか、気を抜いた途端に痛みが襲ってきたのかもしれない。

青年の右肩は、先ほどよりも失血したせいでシャツが血でぐっしょりと濡れている。
このままでは失血死の可能性もある。

「すみませんが傷を見せていただきます」

そう言ってスカーレットは青年の来ているシャツの釦を外して脱がせると、鍛えられ均整の取れた体が露になった。
程よく筋肉のついた肩には切創が走り、そこからどくどくと血が流れていた。

(思ったよりも深いけど、これならばウチの薬で十分対応できるわ)

バルサー家は騎士の家系であり、生傷は絶えない。
戦があれば当然深手を負うこともあるので、代々傷に効く秘薬が伝えられているのだ。

「止血します」
「頼む…」

スカーレットは傷口に素早くタオルを押し当てて、全体重をかけるようにぐっと押して止血した。
その時、ドアが荒々しく開き、アルベルトが息を切らせて部屋へと入って来た。

「薬を持って来たよ!」
「ありがとう。…少し染みますよ」

アルベルトから薬を受け取ったスカーレットは青年にそう声を掛けると、素早く傷口を消毒し薬を塗りこむと、慣れた手つきで包帯を巻いた。

「この薬はよく効くので、2週間もしないうちに良くなると思います。あとこちらも飲んでください。痛み止めと解熱剤になります。口を開けていただいても?」

青年はぐったりしながら緩慢な動きで口を開いた。そこにスカーレットは丸薬を入れて水を飲ませた。
これでとりあえずやれることはやった。

「では少しお眠りください。目が覚める頃にはだいぶ良くなっているはずです」
「…重ね重ね…感謝する」

青年はそう言うとそのまま目を閉じた。
スカーレットはそれを見守っていると間もなくして規則正しい寝息が聞こえてきた。

(薬が効いたみたいね。まずは良かったわ)

ほっと安心したところでアルベルトが怪訝そうな声を掛けて来た。

「それでこの人は誰?どういう状況?説明してくれる?」
「誰かは分からないんだけど、遠駆けに出たら街道で賊に襲われているのを見つけて助けたの。この人の他にも何人か仲間がいたけど助けられなかった」
「賊?山賊が出たってこと?このへんに山賊が出るっていう報告は聞いていないけど」
「そうよね」

もしバルサー領地内で山賊が出るという話があればすぐに報告があり、父が対処しているはずだ。
落ちぶれているものの騎士としての誇りを持っているバルサー家としては、そのような不埒な輩を放置することはありえない。
それにスカーレットもアルベルトも賊が出ると言うような話は聞いていない。

(そう言えば、あの賊はこの人を見て『標的は変わらん!殺せ!』って言ってたわよね)

標的ということはこの青年を狙っていたと考えられるだろう。
スカーレットは改めて青年の顔を見た。

年の頃はスカーレットよりも年上だろう。20を少し超えていると思われる。
シルバーブルーの髪に切れ長の美しい目にすっと通った鼻梁。
長身で鍛えている体つきで、その身を包む服は簡素なデザインであるものの上質の布でできていることから、上位貴族であることが察せられる。
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