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飼い主探し② 改

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声と共にバタバタと足音が近づいてきた。
それは前歯が出て三白眼の小柄な男で、イリアたちの前で止まるとぴょこぴょこと跳ねて後ろに声をかけている。

手招きしている方向を見ると、オールバックに薄いブルーの入った色付きメガネをかけた六十歳過ぎの男が貫禄をあらわに登場した。

「こいつぁ、間違いないシュモンでっせ!」

前歯の男がイリアの傍らに座っていた犬にずずいと顔を近づけて言った。

「おお、確かに。探したぞ、シュモン」

前歯の男が従者で、色付きメガネの男がこの老犬の飼い主だろう。
飼い主は老犬の前に仁王立ちになった。それを見た犬は震えながら後退り、イリアたちの後ろに隠れた。

「ほら、帰るぞ! ヘイズ」
「了解しやした。ほら、こい!」

ヘイズと呼ばれた従者は持っていたリードをシュモンにガチャリとつけると、シュモンは逃げるようにして暴れた。

「おら、静かにしやがれ!」

ヘイズはシュモンを一喝し、ゴンと頭を殴ったので、シュモンは小さく悲鳴を漏らした。

「ちょ……ちょっと! 何するんですか?!」

イリアは慌ててシュモンの頭を抱えるようにして庇った。

「なんだ貴様ら。貴様がこいつを盗んだのか!」
「な……」

開口一番にそう言われてイリアは絶句した。

「まさか! この子が石を投げられていたので保護したんです」
「ふん……まあいい。こいつは返してもらうぞ」
「待ってください! シュモンが嫌がってるじゃないですか!」
「ぐだぐだ五月蝿い。は? 金が欲しいのか? ヘイズ」
「へい!」

飼い主の男がヘイズに顎で指図すると、いつもそうしているのか皆まで言わずにヘイズはイリアに金貨を差し出した。

「ほら受け取れ」

「そういう問題じゃないです。……失礼ですが、この子にちゃんとご飯食べさせてますか?こんな風にいつも殴ってるんですか?」

「……何が言いたい」
「虐待じゃないですか?」

イリアは飼い主の男を少しだけ睨んで言うと、男はぴくりと右の眉を上げた。
シュモンを抱えながら上を見上げているイリアを、下卑た者を見るようにして鼻で笑う。

「儂の犬だ。どうしようと勝手だ。行くぞ、ヘイズ」
「へぇ! ……お前、邪魔すんじゃねー」
「きゃ!」

イリアはヘイズに突き飛ばされた。同時にシュモンは引っ張られ悲痛な鳴き声を上げた。

「くそバカ犬が!!」

苛立った飼い主はシュモンを殴ろうと手を振り上げた。と、同時にその腕をカテリナが止める。
その目には怒りの炎が見えた。

「それ以上はやめたまえ。この犬は渡せない」
「は? なんだ貴様は! もっと金が欲しいのか? この強欲め!」

男はカテリナに捕まれた腕を振り払おうとして振り回すと、反動でカテリナがよろめく。そして、彼女のお腹を足蹴りした。

カテリナは後ろに倒れそうになりたたらを踏み、痛みのためかお腹を抱えた。

男はというと汚いものが触れたかのようにカテリナが掴んでいた場所を手で払う。

「ふん。これだから下賤の者は嫌だ。金目当てか? やはりお前たちが盗んだのか? なんなら警察に突き出してやる」

そう言ってカテリナの襟首を握り持ち上げた。

カテリナは長身であるが、それよりもガタイがよく長身である飼い主の男に持ち上げられ、苦しそうに顔を顰めた。

「カテリナを離しなさい! 彼女は虐められて川に投げ込まれたこの子を、躊躇なく川に入って助けてあげたの! 飼い主探しだって付き合ってくれたし、この子のためにご飯買ってくれた。誰が飼い主かも分からないのに見返りのためにできるわけないでしょ!!」

イリアは立ち上がって一気にそう捲し立てた。
飼い主の男は任侠映画の役者のように威圧的にこちらを睨みつけた。
だがイリアは怯まなかった。むしろ逆にキレた。

「トリステン家訓その1! 目には目を! 歯には歯を! ……サプレア!(空撃)」

叫んだイリアは同時に男に向かって手を突き出すと、そこから真空の刃が繰り出される。

風と共に男の腕を切り、同時にその服をボロボロにして吹き飛ばした。

ついでにシュモンを繋いでいたリードも切り落としたので、ヘイズの手からぽとりとリードが地面に落ちた。

「な……なに?!」

自分の服が突然バラバラとなり、ほぼ半裸状態になったことに男の理解は追いついていない。
目を丸くしてこちらを見ている。
今度は形勢逆転。
地面に尻餅をついてイリアを見上げる男に対し、イリアはそれを冷たく見下ろした。

「この子は引き取らせていただきます。それとも……下賤な者のお金が必要ですか?」

イリアはわざとらしく、先程ヘイズが渡そうとした倍の金貨を男の前に落とした。
金貨が互いにぶつかり合い金属特有の音を立てながら男の前にばら撒かれる。

「えーい、こんな老いぼれ犬なんて不要だ! くれてやる!! 行くぞ、ヘイズ!」
「へ、へい!!」

飼い主の男はサングラスの中の細い目でガンを飛ばしながら立ち去っていく。
ヘイズはシュモンをどうするのか分からないようで、何度か男とシュモンを交互に見た後、慌てて主人を追って行った。

「ふん」

イリアはそれを見送った後、カテリナとシュモンの元に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ。すまなかった」

シュモンも心配そうにカテリナの脇に座り、つぶらな瞳でその顔を見上げている。

「それにしても……そなたは本当にお人好しだな。まさか引き取るとは。旅の途中だろう?犬を連れての旅なんて大変ではないか?」

「まぁ……そうなんですけど。でも虐待されると分かっていて返せないですよ」

これからの旅のことを思うと確かに犬を……しかも老犬を連れての旅は大変だろう。
シュモンにも無理をさせてしまうかもしれない。

でもあのままあの飼い主に引き渡してはシュモンが死んでしまう可能性があったことを考えれば、最善ではないかもしれないが最良の選択であったと思う。

「うーん、確かにこれから長旅になるし……シュモンを歩かせるのは大変かしら。打身も治ってないし……馬車を購入するとか……あーでも山越えとかあるみたいだし」

どうすればシュモンと共に旅ができるか思案していると、カテリナが提案してきた。

「我が引き取ろう」
「え? でもカテリナさんも旅の途中ですよね?」

「ああ。だが我はまた王都へ戻る。帰りの馬車を手配しているし問題はない」

確かにシュモンもカテリナに懐いているし、馬車での旅であればシュモンも辛くはないだろう。
カテリナであれば虐待もしないし、むしろ可愛がってくれそうだ。

「……では、すみませんがよろしくお願いします」
「承知した。では我は戻るとしよう」
「シュモン、カテリナさんに可愛がってもらうのよ。元気でね」

イリアの声に応えるようにシュモンはワンと元気に吠えた。
最後にもふもふを堪能したイリアはもう一度カテリナに頭を下げた。

「カテリナさん、飼い主探し付き合ってくださってありがとうございました!」

イリアがその場を離れようと一歩踏み出した。全ての問題はクリアされて清々しい気分だ。

その時ぐいと腕を引かれ、イリアは百八十度回転した。
見れば目の前にカテリナがいる。

「先程の飴だが……」
「飴? あぁ、いただいたものですね。後でいただきます」
「返してくれないか?」
「えっ?! ……いいですけど」

突然の申し出にイリアが戸惑っていることを察したようで、カテリナは眉を顰めて申し訳なさそうに説明した。

「その……それは妹にやる約束をしていたんだ」
「そうだったんですね!」

飴は小瓶に入っており乳白色のそれは、日光に照らされて鈍い光を放っている。

確かに綺麗な代物でなかなかお目にかかれないもののように見えた。

さっきは空腹で悲壮な顔をしていたのだろう。
優しいカテリナはお土産であるのを譲ろうとしてくれたのかもしれない。

「すみません……あまりの空腹で見苦しい顔をお見せしました。はい、お返ししますね」
「すまない」
「いえいえ」

その時、聞き慣れた声がした。カインだ。

「あ、イリア。良かった見つけられた」

前方からやってきたカインの両手には色々紙袋が抱えられている。
旅に必要なものの買い出しをしてくれたのかもしれない。

「あ、では連れが来たので失礼しますね。カテリナさん、シュモンをよろしくお願いします」
「あぁ」

イリアはシュモンにも手を振ってカインの元へと向かったのだった。
そんなイリアには後に残されたカテリナの呟きは聞こえなかった。

「簡単に人を信じるものではないのにな。……そなたとはもっと違う形で会いたかった」
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