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イケメンボイスの人③ 改
しおりを挟む静寂が部屋を支配する。
(んーと? 部屋は一室しかない。ということはカインと同室になるってこと?)
イリアも戸惑いを隠せないでいるが、それ以上にカインが動揺しているようだった。
「困る!! 俺、物置でもなんでもいいから部屋無いか聞いてくる!」
「カイン、それは無理だと思うわ。カインは一緒の部屋だと嫌?」
イリアとしては着替えの問題はあるがそ備え付けのシャワールームで着替えれば問題ないだろう。
それとも自分では気づいていないが、イリアが寝相が悪いとか寝言が激しいとかいう他の理由があるのだろうか?
それはそれで恥ずかしいが、部屋が空いていない以上は同室は仕方ないだろう。
「嫌っていうか……お、お前は嫌じゃないのか?」
「え? 私? 別に嫌じゃないわよ。ベッドもダブルベッドだから二人で寝れなくないでしょ?」
「な……ね、寝る!?」
「あ、カインにとっては窮屈よね。なら私がそこのソファーで寝てもいいわよ」
「は、えっと、そういう問題じゃなくて! 男と二人だって分かってるのか?」
「ん? だってカインとでしょ?」
「なにかあったら……その……な」
赤ら顔でカインは歯切れ悪く何かもごもごと言っているがイリアには聞こえない。
(もしや、カインは私が女だからソファーで寝させられないとか思っているのかしら!)
優しいカインのことだ。きっとイリアに気を使っているのだ。
それならば全然問題ないのに。
「もう! ベッドのサイズが気になるならほら!」
「うぉ!」
イリアはカインの袖を掴んだままベッドにダイブした。
ぼすんぼすんと二つの音がして、イリアとカインの体が柔らかいベッドシーツに沈む。
「ふふふ、ほら二人でも十分寝れるわよ」
仰向けに倒れたカインの顔を上から覗き込むと目を丸くして驚いたまま固まっている。
その表情を見て、イリアは思わず笑ってしまった。
まるで十二年前に初めて会った時のようだった。
あの時はカインと戦って彼を穴に落としたのだ。その時の表情と同じだ。
「ふふふ……カインったら何その顔! 昔、穴に落とされた時みたい」
「お、お前なあ! 突然何するんだよ! それにそれは忘れろ!」
カインにとっては屈辱の記憶なのだろう。
顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。
イリアはカインの横に並んで寝転んだ。
「でも懐かしいなぁ」
「あーあの時はびっくりしたな。魔法ぶっ放すのもだけど、王都から一人で来たって言うんだからな」
「そうだったわね」
あの時は一人でディボのところまで行ったが、今はカインがいる。
一人だったら寂しい国境までの旅だったかもらしれないが、カインの存在は心強いし、一緒の旅はとても楽しい。
「カインありがとうね」
イリアがそう呟くとカインがこちらを向いた。
そのダークグリーンの瞳をぼんやり見ながらイリアは思っていたことをぽつりと話した。
「どうしたんだよ急に」
「ちゃんとお礼言いたいなって。今回、また昔みたいに一人で旅をしなくちゃならないと思ってたからカインが来てくれて嬉しい。やっぱり一人は心細いから。それに馬車で側にいてくれるって言ってくれて嬉しかった」
弱音を吐くのは苦手だ。
しかしカインには素直に今感じていることを話したかった。
カインはイリアの言葉を聞いくと、抱き寄せて髪を撫でた。
「お前が望むならずっと側にいるからな」
「ふふ、昔もそう言ってくれたわ」
「昔?」
「ほら子供の頃熱出したことあったでしょ。あの時一人で寝るのが心細くて一緒に寝てって強請ったじゃない?」
「そんなことあったか?」
「うん、あったの。こうやって二人で横になって、頭を撫でてくれたわね」
あの時のカインの温もりは忘れられない。
今回も抱きしめてくるカインの腕の温もりが心地よくて、徐々に瞼が重くなってきた。
これまで安宿だったのでこんなふかふかなベッドが久しぶりだったのもあるし、一日中歩き回っていた疲れが出たのかもしれない。
(お風呂入って……洋服着替えなきゃ……)
そうは思っても睡魔がイリアを襲う。
だけどこれだけは言っておこうとイリアは眠気に抗いながらカインに尋ねる。
「ねぇカイン。私ができることない? あったら遠慮なく言ってね」
「そうだな……」
思案するカインの言葉を聞こうとしたイリアだったが、とうとう睡魔には勝てず、最後までその言葉を聞くことなくイリアは眠りに落ちていった。
「イリア、嫁に来てほしい……って寝たのかよ!」
意を決したカインの直球プロポーズは、残念ながらイリアの耳には入らなかったようだ。
寝息を立てるイリアを見て苦笑したカインはゆっくりとイリアを抱きしめていた腕を解いて寝かせた。
予定通りカインはソファで寝ようと体を起こそうとした時だった。
ゴロリと寝返りを打ったイリアがしっかりとカインを抱きかかえた。
「えっ? お、おい!! 放せって!」
「すーすーすー」
カインは足掻くが、熟睡モードのイリアは一向に腕を解かない。
「無意識かよ……。はぁ……今日は寝れねーな」
カインはガシガシと自分の頭を掻いた後、諦めてイリアと寝ることにした。
とはいうものの好きな女と同じベッドというのはかなりの我慢を強いられる。理性をフル動員しながら、カインの夜は更けていった。
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