上 下
53 / 80

イケメンボイスの人③ 改

しおりを挟む

静寂が部屋を支配する。

(んーと? 部屋は一室しかない。ということはカインと同室になるってこと?)

イリアも戸惑いを隠せないでいるが、それ以上にカインが動揺しているようだった。

「困る!! 俺、物置でもなんでもいいから部屋無いか聞いてくる!」
「カイン、それは無理だと思うわ。カインは一緒の部屋だと嫌?」

イリアとしては着替えの問題はあるがそ備え付けのシャワールームで着替えれば問題ないだろう。

それとも自分では気づいていないが、イリアが寝相が悪いとか寝言が激しいとかいう他の理由があるのだろうか?

それはそれで恥ずかしいが、部屋が空いていない以上は同室は仕方ないだろう。

「嫌っていうか……お、お前は嫌じゃないのか?」
「え? 私? 別に嫌じゃないわよ。ベッドもダブルベッドだから二人で寝れなくないでしょ?」
「な……ね、寝る!?」
「あ、カインにとっては窮屈よね。なら私がそこのソファーで寝てもいいわよ」
「は、えっと、そういう問題じゃなくて! 男と二人だって分かってるのか?」
「ん? だってカインとでしょ?」
「なにかあったら……その……な」

赤ら顔でカインは歯切れ悪く何かもごもごと言っているがイリアには聞こえない。

(もしや、カインは私が女だからソファーで寝させられないとか思っているのかしら!)

優しいカインのことだ。きっとイリアに気を使っているのだ。
それならば全然問題ないのに。

「もう! ベッドのサイズが気になるならほら!」
「うぉ!」

イリアはカインの袖を掴んだままベッドにダイブした。
ぼすんぼすんと二つの音がして、イリアとカインの体が柔らかいベッドシーツに沈む。

「ふふふ、ほら二人でも十分寝れるわよ」

仰向けに倒れたカインの顔を上から覗き込むと目を丸くして驚いたまま固まっている。
その表情を見て、イリアは思わず笑ってしまった。

まるで十二年前に初めて会った時のようだった。
あの時はカインと戦って彼を穴に落としたのだ。その時の表情と同じだ。

「ふふふ……カインったら何その顔! 昔、穴に落とされた時みたい」
「お、お前なあ! 突然何するんだよ! それにそれは忘れろ!」

カインにとっては屈辱の記憶なのだろう。
顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。
イリアはカインの横に並んで寝転んだ。

「でも懐かしいなぁ」
「あーあの時はびっくりしたな。魔法ぶっ放すのもだけど、王都から一人で来たって言うんだからな」
「そうだったわね」

あの時は一人でディボのところまで行ったが、今はカインがいる。

一人だったら寂しい国境までの旅だったかもらしれないが、カインの存在は心強いし、一緒の旅はとても楽しい。

「カインありがとうね」

イリアがそう呟くとカインがこちらを向いた。
そのダークグリーンの瞳をぼんやり見ながらイリアは思っていたことをぽつりと話した。

「どうしたんだよ急に」
「ちゃんとお礼言いたいなって。今回、また昔みたいに一人で旅をしなくちゃならないと思ってたからカインが来てくれて嬉しい。やっぱり一人は心細いから。それに馬車で側にいてくれるって言ってくれて嬉しかった」

弱音を吐くのは苦手だ。
しかしカインには素直に今感じていることを話したかった。
カインはイリアの言葉を聞いくと、抱き寄せて髪を撫でた。

「お前が望むならずっと側にいるからな」
「ふふ、昔もそう言ってくれたわ」
「昔?」

「ほら子供の頃熱出したことあったでしょ。あの時一人で寝るのが心細くて一緒に寝てって強請ったじゃない?」
「そんなことあったか?」
「うん、あったの。こうやって二人で横になって、頭を撫でてくれたわね」

あの時のカインの温もりは忘れられない。

今回も抱きしめてくるカインの腕の温もりが心地よくて、徐々に瞼が重くなってきた。

これまで安宿だったのでこんなふかふかなベッドが久しぶりだったのもあるし、一日中歩き回っていた疲れが出たのかもしれない。

(お風呂入って……洋服着替えなきゃ……)

そうは思っても睡魔がイリアを襲う。
だけどこれだけは言っておこうとイリアは眠気に抗いながらカインに尋ねる。

「ねぇカイン。私ができることない? あったら遠慮なく言ってね」
「そうだな……」

思案するカインの言葉を聞こうとしたイリアだったが、とうとう睡魔には勝てず、最後までその言葉を聞くことなくイリアは眠りに落ちていった。

「イリア、嫁に来てほしい……って寝たのかよ!」

意を決したカインの直球プロポーズは、残念ながらイリアの耳には入らなかったようだ。
寝息を立てるイリアを見て苦笑したカインはゆっくりとイリアを抱きしめていた腕を解いて寝かせた。

予定通りカインはソファで寝ようと体を起こそうとした時だった。
ゴロリと寝返りを打ったイリアがしっかりとカインを抱きかかえた。

「えっ? お、おい!! 放せって!」
「すーすーすー」

カインは足掻くが、熟睡モードのイリアは一向に腕を解かない。

「無意識かよ……。はぁ……今日は寝れねーな」

カインはガシガシと自分の頭を掻いた後、諦めてイリアと寝ることにした。

とはいうものの好きな女と同じベッドというのはかなりの我慢を強いられる。理性をフル動員しながら、カインの夜は更けていった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。 家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。 ざまぁ要素あり。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

処理中です...