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恋人祭りのその後で② 改

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祭りの日。

ザクレの街は大いに賑わっていた。

いつもの見慣れた街並みは色とりどりの花で飾り付けられており、風が舞えば白やピンクの花が舞いあがる。

診療所に転移したイリアが窓から覗いた光景は鮮やかで、それだけで気持ちが上がった。

「カインはお祭りは来たことあるの?」
「はぁ?来るわけないだろ?そもそも一緒に来る人なんていなかったからな」
「そうなの?言ってくれれば一緒に来たのに」
「いや…まぁ…なんとなくタイミングが掴めなくてな」

祭りよりも研究が好きではあったが、たまになら気分転換に外に出ることもやぶさかではない。
一声かけてくれれば良かったのにと思ったが、カインの性格ならば自分に遠慮したのかもしれない。

「カインも初めてなら一緒に楽しもうね」
「あぁ」

そうしているとドアがノックされる。
返事をして扉を開けるとそこには予想通りの人が来ていた。

深緑に金の刺繡が施された詰襟は、赤銅色のリオの髪にも映えている。前回も思ったが少し見ただけでもかなり上質の生地で仕立ててある。

もしかして名のある家柄の騎士なのかもしれない。

「リオさん、お迎えありがとうございます」
「いいえ、お待たせしてしまいましたか?」
「ちょうど来たばかりです。あ、そうだこれお返しします」
「あぁ、ありがとうございます」

リオに洗濯済みのマントを手渡した。
幸いにしてワインのシミは綺麗に落とすことができたので、イリアはほっとしていた。

「綺麗に洗ってくださってありがとうございます。…で、あの、こちらは?」
「あぁ、ご紹介しますね」

イリアの隣に佇むカインに目を止め、リオがそう尋ねてくる。
だが、イリアが紹介する前にカインがイリアを押しのけるようにして挨拶を始めた。

「カインと言います、騎士様。本日は一緒に祭りを回らせてもらうのでよろしくお願いします」
「私はリオと申します。…ところで一緒に回る、とは?」

「今日は俺も一緒に祭りを回らせてもらいます。こいつは目を離すと危険なことに首を突っ込みかねないじゃじゃ馬なもので」

イリアとしては首を突っ込んでいるつもりはないのだが、前回の酔っ払い事件もあることから文句も言えずそれを聞いていた。

「大丈夫ですよ。私が責任をもって彼女をお守りしますので」
「いえ、養い親からもイリアの面倒を見るように言われていますから。特に変な虫がつかないようにと!」

「変な虫ですか…。そんなのは私が叩きのめしますのでご安心ください」
「その変な虫は人助けのフリをして声をかけてくるような軽薄な人間も街にはいますからね」

カインとリオが会話するたびにお互い語調が強くなっている気がする。

なにか第一印象がお互い悪かったのだろうか?思い当たる節は無いがとりあえず二人でにらみ合っているような雰囲気があり、その場を動こうとしない。

「リオさん、せっかく誘っていただいたのに突然カインが一緒になってすみません。でもお祭りは大勢の方が楽しいと思って。ダメでしたか?」

「貴方のお願いならいいですよ。ここに立ってても仕方ないですからね。まずは祭りに行きましょう」
「カインもリオさんにあまり失礼な態度はダメよ。私の恩人だからね」

「…分かっているよ」
「じゃあ、行きましょうか!」

イリア達はこうして街へ繰り出すことになった。

街には祭りらしく道路の両脇に屋台が出ている。
日本の祭りの屋台とはやはり違い、海外のマルシェ的な雰囲気の屋台だ。

だが売っているものは食べ物や飲み物、ヨーヨーや仮面も売っている。

この世界には異世界ニホンから流れ着くが、多くは王族と王族が許可した一部の人間にしか見ることが許されていないが、たまにその文化の片鱗のようなものが市井に出ていることがある。

まぁ、この世界が「フロイライン」の設定を受け継いでいるので、そういう設定が反映されているだろう。

祭りは多くの人が行きかい、賑やかで、みな浮足立っているように見えた。イリアもまた祭りの賑やかさに浮かされるように、気持ちが昂っていく。

「あれって…ダーツ投げ?」
「そうですね。初めて見ますか?」
「えぇ、初めてです」
「ダーツを三回投げてその合計得点に応じて商品が貰えるというものですよ」
「面白そうね!」
「やってみましょうか?」
「はい!」

ニホンなら射的なのだろうがこの世界ではダーツで景品を取るらしい。

棚には子供向けと思われるぬいぐるみ類や、大人向けの商品と思われるネックレスや時計などの貴金属、一般受けの食器などの景品が並べられている。

イリアは屋台の店主にお金を渡し、三本のダーツをもらって投げてみた。
だがそもそも的にすら届かない。

「なかなか難しいわ」
「なら私が投げます。そうですね…あのネックレスは貴女に似合いそうだ。プレゼントさせてください」

そう言ってリオはダーツを手に取って投げると、全て真ん中のブルに突き刺さった。

「リオさん凄いですね!」
「ふふふ。ありがとうございます」
「ふっ、ブルなんて面積が広いんだ。そんなの当たって当然じゃねーの?」

カインはそういうと、店主から奪うようにダーツを奪って構えた。

「俺ならばトリプルを狙うね。はっ!」

カインがダーツを投げると、スタンスタンスタンと小気味よい音とともに的にダーツが突き刺さった。
それを見ていた他の客がおおっと歓声を上げた。

「ふ…これで百八十点だ。俺の勝ちだな」
「カイン君、まだまだ甘いね。二十点だけ狙うなんて簡単だよ。私なら宣言したダーツボードに投げることができる」
「なら勝負だ」
「望むところ!」
「え?ちょっと!?」

イリアが口を挟む間もなく、カインとリオは睨み合うとダーツの投げ合いが始まってしまった。

お互い一歩も譲らない戦いで、実力はほぼ互角。だがなかなか勝負が着かず、結局「営業妨害だ」と店主に言われて追い出されてしまった。

その後も金魚すくい競争やヨーヨー釣り競争、アイスの早食いなどなど、とにかく行く先々でカインとリオは勝負をし、結局勝負がつかずに追い払われるということを繰り返した。

その様子を見てイリアは半分呆れてもいたが、なんだかんだでこの勝負の行方を楽しんでいた。
たまにその勝負に参加もするのだが、早々に負けてしまうのはちょっと悔しくもあったが。

「それにしても人が多いですね」

一通り祭りを楽んだ頃には、日が傾き始めていた。
日が暮れようとしていても行き交う人はひっきりなしで、街の熱気は相変わらずだった。

ただちょっと気になっていたのは徐々に家族連れや友人連れが少なく、男女のペアが目につくことだ。

「年に一度の祭りですしね。この機会を待ちわびている人も多いと思いますよ」
「そうなんですね」
「おい、イリア。はぐれるなよ」
「あ、うん。気を付ける」

と言った瞬間、イリアは前方からきた人にぶつかりよろめいてしまった。

「あ…あぶない。気をつけなきゃね」
「まったく仕方ないな」
「「手を繋ごう」」

カインとリオの言葉がハモった。
同時に二人から手を差し伸べられて困ってしまう。というかいくら人で混雑しているからと言って、手を握られないと迷子になるほど子供でもない。

「女性をエスコートするのは騎士の役目。イリア嬢、お手をどうぞ」
「はぁ、こいつは俺の家族みたいなものだ。気心の知れた人間と一緒にいた方がこいつだって安心するだろ」

イリアに手を差し伸べたまま、カインとリオは睨み合っている。
どうしてこうなっているのだろう?
そんなに二人の出会いが最悪なのだろうか?

「二人とも大丈夫ですよ。そんな子供じゃあるまいし。さっきはちょっと屋台に気を取られてしまったので次は気を付けます」

イリアの言葉を聞いて一瞬同時に渋面となったカインとリオを見て、何故そんな表情になるのかが気にはなった。
だがそれ以上にイリアが気になるものがあった。

それは屋台から香ってくる甘い香り。なんだろうと道路の向こうにある屋台に目を向けた先に会ったのは驚愕の代物だった。

「え!?大判焼き!?」

大判焼きなど普通暮らしていてはお目にかかることはない。
というか、この世界にあった事実が衝撃だ。

イリアは懐かしさのあまり、ふらふらその屋台へと足を向けた。
ショーケースに並んでいる大判焼きはもちろん定番の小豆はないが、チーズとハムを挟んだものやチョコ入りもの、そしてカスタードクリームのものもある。

「うわぁ、おじさんこれ大判焼きよね?」
「大判焼き?いや、これはカスタードパンケーキだよ」

名前はおしゃれになっているが、確実に大判焼きだ。

「お嬢ちゃん、何味がいいかい?」
「そうね…定番のカスタードクリームにしておくわ」
「はいよ」

薄い包装紙に巻かれた大判焼きを受け取り一口食べてみる。
あつあつで食べる大判焼きはイリアに前世を思い出させ、懐かしい気持ちにさせた。
目を閉じると夏祭りの祭囃子が聞こえてきそうだ。

「お嬢ちゃんは花、どうするんだい?」
「花?」

屋台のおやじに言われてイリアは首を傾げた。
そういえばカインにも「花祭り」と言われていた。

「お花って何か意味があるんですか?」

「は?お嬢ちゃん…年頃なのに知らないのかい?この祭りは良縁祈願の祭じゃないか!異性と祭りに来るっていうのは恋人になりたいってことだよ。最後に花を受け取れば恋人成立なんだよ」

「えっ…?」

今回のお祭りはリオが誘ってくれたものだ。
ということはリオは自分と恋人になりたいのか?
一瞬思ったがそれはありえないと思った。

なぜならリオとは一度しか会っていないのだ。ということは…ナンパなのか?

遊び人には見えないが実はすごい女たらしなのかもしれない。あれだけの美形だ。火遊びの相手は事欠かないだろう。

それにカインがこの祭に同行したのも納得がいった。
イリアが騙されていると思ったのだろう。

「なるほどね」

確かに外見に騙されるところだった。
だが、意味も分からず祭りに来てしまったのは自分が迂闊だからだ。
相手を怒るのは筋違いだし、いまさらお断りして帰るのも悪い気もする。

「そろそろ帰ってもいいけど…私迷子になっちゃった…?」

気が付いて左右を見回したが、カインもリオの姿も見当たらない。
大判焼きに目が眩んで一直線にここまで来てしまったが、完全にはぐれてしまったようだ。
この人ごみで二人を探すのは難しいかもしれない。

とはいっても、ここで立ち尽くしていても仕方がないのでイリアは屋台を視界の隅にとらえつつ、ため息をついた後にとりあえず歩き始めた。
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