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藤の花の季節に君を想う

孔子の言葉④

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おずおずと鯛に手を伸ばす。ほっくりとしてちょうどいい焼き加減と塩気に暁は心の中で涙を流した

(生きててよかった…)

高遠自体はからかったりスキンシップが多かったり変な誤解を周りにまき散らす厄介な人物だが、このような美味しいものが食べられるのであればそれも我慢できる…かもしれない。
黙々と食べていると吉平と高遠が語らっている。彼らは食事より酒を飲むことをメインにしているようだった。

「今朝は具合が悪そうだったけど、大丈夫だったかい?」
「あ、はい、大丈夫です!」

朝あった時は普通だったが、確かに何となく元気がなかったと言われればそうかもしれない。
だが、それ以降一緒に仕事をしている限りでは具合は特に悪い感じでもなかった。
高遠は何か知っているのだろうか。
そんな様子を見ていると、吉平は少し口をつぐみ盃を見つめていたが、不意に顔を上げて高遠に尋ねた。

「あ、あの。"子曰、譬如爲山"って何ですか?」
「…どうしたんだい、急に」
「ちょっと…ある人に言われたんです」
「……。なるほどね…」

吉平の言葉に何か思い当たることがあるのか、高遠は一瞬視線を外し、再び吉平を見た。

「譬如爲山っていうのは論語の第九 子罕篇の言葉だね。子曰、譬如爲山、未成一簣、止吾止也、譬如平地、雖覆一簣、進吾往也というのが全文だ」
「それは、どういう意味なんでしょうか?」
「まぁ直訳すると"例えるならば山をつくるようなものだ。最後にもうひと一息というところをやりとげないのは、止めた自分が悪い。
それは例えば土地をならすような時、最初にひと息土を鳴らしただけでも進行したのは、自分がそうしたからだ。"みたいな感じかな?まぁ解釈は色々とあるだろうけど」

吉平は少し困惑した様子を浮かべた。暁もの孔子の言葉が何を言わんとしているのかが理解できず首をかしげていると、高遠は小さく笑みを浮かべながら酒を口に含んだ。

「よく分からないって顔だね。。たぶん頭では理解できているんだろうけど、心が理解できてないんだね」
「…。」
「まぁ今のは直訳だけどこの漢詩の本当に示している部分をもう少し考えてごらんよ。すぐ分かると思うよ」
「分かりました…」

俯いた顔の吉平を見て、暁は何となく不安になった。吉平は何かを抱えている。でも何なのかは自分には言ってくれない。そのことがどうしようもなく苦しかった。
まだまだ吉平と知り合って日は浅いけど、それでも友達だとは思っているし、何かの支えにはなりたいと思っている。
だけど吉平がそう思ってくれないのが寂しく感じていた。

「吉平…もし何かあったら言ってね。力になりたい」
「…うん、ありがとう暁。でも大丈夫だよ!特に何もないよ」
「そう…」
「それより怪異の件の話しようよ」

ちょっと陰りのあった吉平の顔はその言葉と共に影を潜め、いつもの様子になっていた。
促されるように話題は怪異の話になり、まず口を開いたのは高遠だった。

「そうだね。朝、吉平君から聞いたのだけど…ポイントは2つだね。1つ目は3人は万里小路に行って消えたこと。2つ目は藤姫が関与していること。」
「はい、私が調査した限りではそう考えられれます。結論としては万里小路に住む藤姫が今回の怪異の犯人だと思います。まぁ、藤姫が犯人かは断定はできませんけど」
「それは藤姫の家の誰かもしれないってことかい?」
「えぇ、あくまで藤姫の家の誰かかもしれませんし、藤姫の家の土地自体かもしれませんし…。」
「うーん、なるほどね。じゃあ、一度万里小路に行ってみるのがいいね」

そう。藤姫がキーにはなっているが、その怪異の犯人は断定できないのは確かだった。だが、ここまでわかっているのであれば、あとは万里小路の藤姫の屋敷に行けば判明するなのだ。

「そうなんですけど、まだ藤姫のことがほとんど分からないので調伏するにはもう少し情報が欲しいところです。そうすれば事前に調伏の準備もできますし。」
「あぁ、そう言えば先日暁君の家に行ったときにそんな話になったね。ちゃんと藤姫について調べてみたよ」
「ありがとうございます。何かわかりましたか?」
「正直なところ"藤姫"という人物の名前はちらほら聞こえてくる程度だったね。男性の間で爆発的な噂になっているわけではなかったし。ただ天上の貴公子こと実朝殿に近しい人は彼がご執心ということで皆知っていたし、その近辺の友人たちには名前は知っているということだった。」

そこで、高遠は一つ言葉を区切って、右手に持っていた扇子をパチリと閉じた。
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