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藤の花の季節に君を想う

苦手な人物たち③

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確かに暁が調べるよりも、こと女性に関しては高遠の方が情報を集められるかもしれない。それにしても…ちょっと動機が不純なものが混じっているような気がしたが、あえて口にしないでおく。

「よろしくお願いします。」
「で、暁君たちはどうするの?やっぱり藤姫に興味がある?」
「いえ、私は失踪者である実朝について調べたいと思います。なにか失踪する動機があったのか。妖がらみの不審な事件がなかったかあたりを探ってみようかと」
「実朝殿と言ったら天上の貴公子と呼ばれている公達だね」
「高遠殿はご存じなんですか?」
「いや、私は男には興味がないんだけどね。女房達の噂でよく耳にする。柔和で微笑みが絶えずその女性にも優しく接してくれると評判だよ。私とは違ったタイプの男性だからあぁいうのを好むものもいるだろうけど」

高遠が一目置くようなモテ男というのは理解できた。
それならば、葛葉あたりが詳しいかもしれない。
葛葉は五条邸に勤めている女房だ。暁の姉のような幼馴染で、暁の陰陽師としての能力や式神についても理解があり、一時期は賀茂家の家事などを手伝ってくれていた。
独自のネットワークを持ち情報収集の能力にも長けているので実朝についても知っていることがあるかもしれない。

「実朝殿について調べると言ってもどうやって調べるんだい?伝手でもある?」
「まぁ…それなりに詳しい人物はいるのでそこを当たろうかと。」
「実朝殿のあれこれを聞くのはいいけど、浮気はダメだからね」
「浮気って…何がですか?」
「実朝殿は魅力的な男性だからね。君が興味をもってしまっては困るよ。」
「はぁ?なんですかそれ!!大体男の私が男である実朝殿に興味を持つわけないじゃないですか!?」
「ふふふ、冗談だよ。」

またからかわれた…。それよりもあの噂について何とか収拾してもらわないと。
暁は居すまいを直して高遠に向き直ると少し怒気を含めて言った。少しくらい強く言わないとまたはぐらかされてしまうだろう。

「高遠殿、ちょっとお話が」
「なんだい改まって」
「高遠殿と私の噂です。私が高遠殿のお気に入りで…その…恋愛関係というか、そういった意味に捉えられている部分があるってことで!」
「あぁ、そのことかい。別に噂なんて気にしなくてもいいんじゃないかな?」
「だって高遠殿が男色の趣味があるみたいな言い方されているんですよ!!それってまずくないですか!?」
「ふふふ…私のことを気にしてくれているのかい?」
「い、いや…そういう意味では!!」
「君には好きな女性でもいるのかな?」
「はぁ?なんでそういう話になるんですか?」

高遠が言っている意味が分からない。どんな意図でこんなことを尋ねてくるのか。
そもそも影平といい、なんですぐに意中の女性がいるかなんて話になるのだ。男とはそういうものなのかと疑問に思ってしまう。

「い、いないですけど」
「なら問題ないじゃないか。利点もあるんだよ。私のお気に入りということが分かれば興味を持った公達も増えて君の顔を知れることになる。そうすれば今回のような事件に関しても聞き込みなんかもしやすいだろう?いつも私が君たちの仕事に同行できるわけではないしね」

確かに一理あるが何となく釈然としない。そんな思いが顔に出たのか、高遠は立ち上がりざまにポンポンと撫でた。
玉兎はともかく金烏は暁の頭を撫でることがあるが、それとはまた異なった手つきだった。慣れないことに思わず顔が赤くなったのが分かった。
そんな恥ずかしさを振り払うように暁は高遠を睨みながら恨めしい顔になる。

「ともかく!!私は迷惑をしているのでそう言った噂はなるべく控えてください!」
「くす…考えておくよ。さて、私はそろそろ行こうかな。これから一夜の夢を見に行く約束をしているのでね」

暁の動揺も知らず大人の余裕を見せながら高遠は屋敷を後にした。それすらも悔しい。
それに、わざわざこれから女との情事があるからということで去っていくことを言外に言われて暁は更に腹が立った。

「どうぞ楽しんでください!!」

なぜ腹が立っているのかは理解できないが、そう言わずにはいられなかった。
暁の言葉には答えずに去っていく高遠を見送ると自分勝手な高遠の振る舞いに怒りが収まらない。怒りに任せて残りの膳を食べつくすと玉兎がいつもの冷静な表情を浮かべながら姿を現した。
術が破られたショックからは立ち直ったのだろうか?

「暁、もしかして次の情報収集には葛葉を頼るのか?」
「うん、そのつもり。でもなぁ…はぁ…」

葛葉のことは姉のように思っているし、好きだ。が、唯一の欠点がある。それは暁に色々な着物を着せようとすることだ。
暁を着せ替え人形のようにいじくるのが好きな姉替わりの欲求にこたえるのはなかなか疲れるものがある。
一着二着であればいいのだが何時間も何着も着せられ、化粧を施され貝合わせなどの遊びに付き合わされた日には、ぐったりとしてしまう。
だが事件解決のためには背に腹は代えられず、葛葉を頼ることにしたのだった。

「さて、葛葉に手紙を書いて連絡しようっと」

文机に向かおうと立ち上がると玉兎は静かに膳を下げ始めた。
その時玉兎がぼそりと呟いた。


「やっぱり術が効かないとか…修行が足りないのか…」

玉兎はまだショックから立ち直れていないようだった。

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