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藤の花の季節に君を想う

宴という情報収集②

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戸惑っている暁達に酒を飲んでいた客の一人が声をかけてきた。
おいでおいでと手招きされるままに男の元にいく
歳は21くらいだろうか。美男子というわけではないが、すこし釣り目で切れ長の目であり一見冷たく見えそうなものだが、まとっている明るい雰囲気と人懐っこい表情から冷たさからかけ離れた印象となっている
面々の笑みは人好きのするもので、他の男たちと違って軽装であることから、なんとなく緊張感が解けていくようだった
名前を問われて一瞬苗字を言おうと思ったが、苗字から陰陽師であることがバレる可能性があることからあえて名前だけを名乗ることにした。

「暁です」

その意図を汲み取った吉平も恐る恐る答える。

「僕は…吉平です」
「へぇ、暁君と吉平君だね。俺は峰雄。ここは初めて?」
「はい。」
「だろうね。入口で戸惑っていたみたいだし。ここは大人向けの宴だけど、君たちみたいなお子様には刺激が強いんじゃないかい?」

度々お子様扱いされて少々むっとしてしまったが、それを気にすることなく峰雄は笑い飛ばした。
その様子に更にお子様扱いされていることを感じ、ちょっと気分は良くはなかった
成人男性の扱いを受けたいわけではないが、年頃としては大人になりたい気持ちもあるのだ。
その子供と大人の狭間のような現状が暁の心を揺さぶったが、今はそれどころではない。
まずは情報収集をに集中しよう。

「確かに刺激は強いですが…私もそろそろ大人にならなくてはならないと思っていたので」
「ははは。そうかいそうかい。そりゃ失礼したね。」

峰雄は暁の強がりを察したようで、腹の底から笑っているようだった。
なんとなく…悔しい
上目遣いで峰雄を見ると、彼はごめんごめんと笑いながらも答えてくれた。

「さて、君達は高遠殿と一緒に来たけどどうして?知り合い?まぁ…知り合いじゃないと入れないか」
「えっと…僕たちは高遠様の付き人なんです」

事前の打ち合わせ通りに吉平が言うと峰雄は少し怪訝な顔をする。
そして舐めるように暁達を見つめる
その様子にさっそく身元がばれたのではないかと暁は内心焦った。しかし峰雄は一人で納得したようだった。

「あぁ…なるほどね。どうやら高遠殿のお気に入りみたいだからこの宴にも入れるね。」
「普通は入れないんですか?」
「あぁ、君たちみたいに参加者の身の回りを世話するような人物なら入れるけど、普通は高官でないと入れないんだよ。でも君は綺麗な顔しているからきっと高遠殿のお気に入りなんだろう?」
「ま、まぁ…そうですかね??アハハハ…」
「それにしてもなかなか綺麗な顔をしているね。女の子見たいって言われない?」
「私ですか?まぁ…高遠ど…様にはそういってからかわれることは多いですけど」

思わず普通に呼んでいるように「高遠殿」をではおかしいだろうと、暁はとっさに「高遠様」と呼称を変えた。
とっさに判断した自分を褒めたい。
気を引き締めないとぼろが出てしまうかもしれない。
それを打ち消すように暁は話題を逸らした。

「えっと…そう言えばこの宴は高官だけと聞いていたのですが…」
「そうだね。身元は確かな人ばかりだね。高官だと普段はハメを外せないからね。気軽に楽しむ場として度々開かれるんだ」

峰雄と会話しながら他の周りの様子を見る。
耳打ちをしている人もいることから噂話なんかもしているのだろう。
折角だから失踪事件のことも話を聞こうかと思いつつ、どう切り出そうかと悩んでいると吉平があっけらかんと尋ねた。

「僕たち行方不明の人を探しているんですけど」
「え?行方不明…?」
「いやいやいや…その…噂を聞いて…!」
直球すぎて暁は焦ったが峰雄は2人に顔を近づけてひそひそと話をし始めた。

「君たち何でそれを知っているの…?」
「えっと…ちょっと小耳に挟んで…」
「この話、俺もそんなに知らないけど、どうやらかなり高位のお偉いさんの息子が行方不明になっているんだってよ」
「へーそうなんですか…ちなみにお偉いさんって誰ですか?」
「近衛中将の息子だよ。なんでもひとめぼれした女の元に通っているときに失踪したもんだから、駆け落ちしたんじゃないかって話なんだよ」
「駆け落ち…」

確かに近衛中将の息子だけであればそれも考えられるが…駆け落ちではないのは明白だ。

「ちなみに近衛中将軍の息子さん、名前なんていうんです?」
「えーっと…確か、兼雅だったっけかなぁ。」
「近衛中将の息子…ということは年齢は私と同じくらい…ですかね?」
「そうだね…年は16歳だから君たちと同じくらいだ。そういう意味では君たちの方が詳しいんじゃないの?」

正直暁は同年代の友人はおらず、いわゆる貴族のコミュニティーに入っているわけではないので言葉に詰まってしまった。
吉平はどうだろうか…と顔を見てみるとやっぱり困ったような顔をしている。たぶん彼の家も陰陽師の名家ではあるが貴族との関りが薄いのかもしれない

「僕たちは身分も低いんでそんな場所には縁がないんですよね…」
「そうなんだ。あの家の坊ちゃんの事だったら蹴鞠仲間に聞く方がいいと思ったんだけどね」
「蹴鞠かぁ」

蹴鞠はやったことはなかったが、運動神経はいい方だと自負している。
確かになんとかその仲間に入れば有効な情報が得られるかもしれない。
でもどうやってその仲間に入るのかが問題だ。蹴鞠仲間というのも誰か分からない。せっかく手がかりがつかめそうなのに…と困っていると吉平がクンクンと周りの匂いを嗅いだ。

「吉平どうしたの?」
「うーん、この香り伽羅だよね。これだけ高級な香ってなかなか嗅げないなぁと」
「え?こんなにお酒の匂いとかしているのにそんなこと分かるの?」
「入った時から気になってたんだよね。せっかくいいお香なのなぁって。衣に焚き染めたらいいのにお酒の匂いと相まって…なんか…もったいないというか」

暁にとっては色々な匂いがして気持ち悪い空間だったが、吉平は斜め上の回答をしてくるのでびっくりした。
なにより驚いたのは峰雄の反応だった。

「へー、君って鼻がいいんだね。これだけ複雑な匂いなのに伽羅の匂いを嗅ぎ分けたんだ」
「はい、そうですね。僕なにかおかしいこと言いました?」
「いやいやいや。すごい嗅覚だよ。香道とか好きかい?」
「香道は好きですけど…」
「なるほどね。それならあの人を紹介してあげるよ。お香の話ならきっと意気投合するんじゃないかな?」
「あの人…ですか?」
「蔵人に勤める道義殿だよ。ほら、道義殿の息子さんの影平君が兼雅君の蹴鞠仲間だったはずだよ」

暁は思わず吉平と顔を見合わせる。
これは好機だ!暁は2つ返事で道義に紹介を頼むことにした。

「ぜひ!!お願いします!!」

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