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番外編

ルシアン視点:とにかく可愛い

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ディナーは順調に進んだ。

最初こそ緊張していた様子のリディであったが、食事を口にした瞬間輝くばかりの笑みを浮かべて本当に美味しそうに食事を食べ、ディナーも楽しんでくれているようだった。

その笑みを見るだけでルシアンも幸せな気持ちになる。

(隣にあの少女…リディがいる。夢みたいだ)

一瞬の邂逅だけで懸想していた少女だが、それがリディだと知ったらさらにその恋心が増していった。

リディはさっき客室で「モブ顔を晒してすみません」とか言っていた気がするが、こうして眼鏡をはずして素顔を見れば全然モブ顔ではなく、絶世の美女ではないかもしれないが整った顔をしている。

いや、むしろ絶世の美女よりリディの方が好ましい。

それにこれまで茶飲み友達として話した会話から、リディは教養もあるし頭がいい。
かといってそれを鼻にかけるわけではない。

ルシアンの周りの女性は媚びを売って来る女性も多いが、リディは自然体で一緒にいると心地いいしリラックスできる。

そう言う意味で元々友人としての好意を持っていたのだが、リディの正体を知って一気に恋愛感情に振り切れてしまった。

先程はリディの正体を突然知って戸惑ったが、むしろリディがあの少女で良かったと思う。

色々あって偽装なのだがそれでもリディと婚約者になれることに幸せを感じる。

隣に座ったリディは魚のポワレを堪能するように食べていた。
その様子を微笑ましく見ていると、突然リディがこちらを見た。
ボルドーの輝く瞳がルシアンを捉える。

「ルシアン様、どうかなさいました?…も、もしや何か粗相してました?」
「いや、リディと一緒に食事ができて幸せだなって思ってね」
「私も、ルシアン様とこうして食事を食べるの、不思議な感じがします。でもとても嬉しいです」

自分と食事を摂れることが嬉しいと言って貰えて、ルシアンの気持ちが舞い上がる。
我ながら単純である。

「俺も嬉しいよ」

お互い見つめ合うようになっていると、母カテリーヌが突然声を掛けて来た。
そしてリディとの馴れ初めを聞かれてしまった。

ルシアンは少し考えて本当の事を説明した。

片思いをしていたがようやく付き合えたこと。
ライラックの花の咲く公園で出会ったこと。
リディに励まされて恋に落ちたこと。

ただ、毎日リディのいる東屋に行ってストーカーの様に見つめるだけで声を掛けれずにいたことだけは脚色してしまったが…。

その話を聞いていたリディはぽかんとした様子であった。
やはり自分の事を覚えてないことが分かり、少しだけ落胆してしまう。

一方、馴れ初めの話題を振って来た両親は2人の世界に入ってしまった。
この2人は大恋愛の末に結婚したというのだ。

そのため、ルシアンの結婚については元々のルシアンの意思を尊重すると言ってくれてはいた。
だが、実際リディの事を気に入った様子の2人を見てルシアンは安堵した。

(まぁ、「この出会いは運命だ!」とか言う家系だからなぁ)

両親も出会って「運命だ!」と言って結婚したが、自分の祖父もまた「運命だ!」と言ってギルシース留学時に出会った貴族女性と周囲の反対を押し切って結婚したと聞いたことがある。

この話を聞いた時は「バカバカしい。運命なんてあるわけないだろ」とルシアンは思った。
いや、ルシアン自身、自分が「セレントキス」のキャラであることを自覚していたので、むしろ「運命なんてあってたまるか!」とまで思っていた。

だが今なら運命の出会いも信じられる。

恋に落ちたら執着してしまうのも、何としてでも手に入れて結婚しようとするのも、熱烈に愛するのも血筋なのかもしれない。

まさか現実主義な自分がそうなるとは思わなかったが…。

先程カテリーヌが

「この子ってば仕事一筋で。恋人の一人もいないのを心配していたのよ。だからこの間リディさんの事を聞いて驚いてしまったのよ。全然恋人の影すらなかったから」

と言っていたが、確かにこの間婚約の事を告げた時には驚くと共に、胸を撫でおろした様子であった。

先の言葉からもルシアンが恋人を作らないことを心配していたことが分かった。

そして婚約の話を告げた時、「義娘ができる!」と興奮していたが、既にリディの部屋まで準備してくれていたらしい。

義娘ができることにテンションの上がった両親と、もっとリディと居たいルシアンはリディを含めた4人で宴会となった。
リディは酒に口は付けなかったが、美味しそうにケーキを頬張っていた。

(可愛いなぁ)

そう思って見つめていると、リディがふと何かに気づいたようにカテリーヌに声を掛けた。

「カテリーヌ様は…喉の調子がお悪いんですか?」
「え?どうしてそう思ったの?」

突然そう言われたカテリーヌは目を丸くしている。
が、その様子は図星であることが表情から読み取れた。

「何度も水をお飲みになっていますし、呼吸をするときに何度か小さく咳をされているようだったので」
「よく見てらっしゃるのね。そうなの。ちょっと喉がイガイガするというか」

カテリーヌは少し驚いた表情をした後、苦笑しながらそう言うと、リディはうーんと考えた後に提案をした。

「ちゃんとお医者様に診てもらった方がいいかと思いますが、喉にはジャーマンカモミールティが効くと言います。お湯にラベンダーを入れて香りを嗅ぐだけでも症状が緩和されると思います」
「そうなの?じゃあ試してみようかしら」

人を見て些細な仕草を見落とさないことや気遣いは流石である。
占い師として人を見る仕事をしているせいか、それともそもそも気配り上手なのか…

ともかく、これをきっかけにカテリーヌのリディへの好感度が爆上がりしたのが伝わって来た。

そんなこともありつつ、宴もたけなわになりお開きになった。
部屋へと送るそのわずかな時間、ようやく2人きりになれた。

本当はもっと2人でいたいが夜も遅いし、リディも疲れているだろう。
リディが何かを思い出した素振りを見せた後、感心したようにルシアンの顔を見た。

「それにしてもルシアン様って、咄嗟にあのような話ができるなんて凄いですね!お話を作るのがお上手でびっくりしました」

両親に話したリディとの馴れ初め話の事を言っているのだろう。
リディはあの過去の話を聞いてもやっぱり覚えてはいないようだ。
ちょっと、いや、かなり残念だ。

「あながち作り話でもないだけどな…」
「え?」
「あ、なんでもない。今日はゆっくり休んで」

あっという間に部屋まで着いてしまい、もっと屋敷が広ければいいのに…とつい思ってしまう。
名残惜しいが、そろそろ自室へと戻らなくてはならない。
元気そうに振舞っているがリディも少し疲れの色が見えた。

夕方まで仕事をして、その後ひったくりを捕まえて、慣れない家でディナーになり…となったことを考えると疲労するのも当然だろう。

ルシアンはお休みの挨拶をして去ろうと思うが、なかなか足が動いてくれない。
だから、そっとリディの手を取った。

家で雑用をさせられているために、決して滑るような美しい肌ではない。
あかぎれが出来ているし、かさつきもある。

だが、一生懸命に生きている手であることが伝わってきて、だからこそ猶更愛おしくも感じる。
ルシアンはその指先にキスを落とした。

「じゃあ、お休み。俺の婚約者殿」

後ろ髪を引かれる思いをしながら、ルシアンは何とか足を進めて自室へと戻った。



翌日、ルシアンはリディと共にラングレン家へと向かっていた。

ラングレン伯爵からさっさとリディとの婚約の承諾を貰って、リディをラングレン家と縁を切らせたい。

婚約者が婚家の行儀を学ぶために結婚前から屋敷に住むことは割と多い。

だからリディにはバークレー邸に住んでもらい、一刻も早く虐待するようなラングレン家から出て欲しいというのがルシアンの気持ちだ。

ラングレン家へと向かう馬車の中ではリディの横に座った。
家族や公の場でこのように密着することはできないのだ。

この密室内であれば誰の目にも触れないのでリディを抱きしめたい衝動に駆られるが、さすがに急にそのような事はできないので手を繋ぐので我慢する。

隣に座るリディからは甘い花の香りがした。
同じ石鹸を使っているはずなのに、何故こんなに甘い香りがするのか。

(もう存在が妖精だよな)

プラチナブロンドの髪が光に照らされて白に近い金に輝いているように見え、纏っている柔らかな雰囲気と相まってこの世の者とは思えないくらい美しい。

ルシアンは今度はリディの指に自分のそれを絡める。
リディの素肌を堪能するように絡ませて肌を触れ合わせると、リディの顔が薄っすらと赤くなった。
そんな反応も可愛い。

「馬車の中で手を繋ぐ意味もないですし、手を放していただけるとありがたいのですが」

戸惑ったようにそうリディは言ってくる。

ルシアンに触れられるのが嫌なのかと一瞬ドキッとしたが、様子を見るにルシアンの行動に戸惑っているという色が濃い様に見えた。

「嫌だと言ったら?」
「えっと…?揶揄ってますね?」

ルシアンが答えるとリディは少しだけ怒ったような、憮然とした口ぶりで口をとがらせてそう言った。
そんな表情さえ可愛い。

リディは何かを考えている素振りを見せて、しばらく経って何を思ったのか突然ハッとしてルシアンへと言った。

「あの、私ガラスの仮面の主人公まではいきませんが、頑張って演じますね!だから今日の特訓はここまでで大丈夫ですよ!」

ガラスの仮面とか演じるとか特訓とか…正直どういう思考回路でどういう結論に至ったのか分からないがリディはそう宣言した。

リディの考えが少々分からない時もあるが…まぁ、それも可愛い。

そうこうしている内に、残念ながらラングレン家へと着いてしまった。

だがここからが勝負だ。
何が起こってもリディを守る。

気を引き締めて、ルシアンはラングレン家へと足を踏み入れた。
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