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通じ合う心①

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ルシアンは今、リディの目の前で眠っていた。
ゆっくりと胸が上下していて、呼吸は安定しているようだ。
先ほどよりも血色が良くなっている。

「ルシアン様…」

その痛いたしい姿で眠るルシアンを見て、リディはぽつりとその名を呟いていた。

ルシアンが目の前にいることが信じられない。
更に言えば愛していると告げられたことも都合の良い夢を見ているのではと思ってしまう。

べたではあるがふにっと頬を抓ってみた。

(痛いわ…)

それに目の前には確かにルシアンがいる。
リディは確かめるようにルシアンの手を握った。

ルシアンの長い指を絡めるようにすれば、ルシアンをはっきりと感じられた。

すると直ぐに、ルシアンの長い睫毛が小さく揺れ、ゆっくりと青の瞳が現れた。

「ルシアン様!私が分かりますか?」
「リディ…ここは…?」

「妖精界です。オベロン様が連れてきてくれました。妖精の力で傷とかは治っているようなのですけど…痛いところありますか?」

ルシアンはゆっくり体を起こし、リディを見た。
少しだけぎこちなく動くルシアンを支えるように、リディはその背に手を当てて起き上がらせる。

「いや、大丈夫だ」
「良かったです」

リディが安堵の表情を浮かべると、ルシアンがそっとリディの頬に触れる。

優しく愛し気に触れられリディの胸がドキリと鳴った。
嬉しいような恥ずかしいような、なんとなくそわそわする気持ち。
だけど、とても安心する感覚でもあった。

「良かった、リディがここにいる」

ルシアンにほほ笑まれると同時に、リディは先ほどの事を思い出してしまう。

(愛してる!とか言ってしまった…)

あの時は必死でそう言ったが、思い返すと恥ずかしすぎて死にそうである。

ルシアンはというとリディを見つめたまま何も言わない。

なんとなくどう話をしていいか、そのとっかかりが掴めずリディは一旦ルシアンから離れて気持ちを落ち着けようと思った。

「えっと…じゃあオベロン様にルシアン様が起きたって話してきますね」
「行かないでくれ」
「!?」

立ち上がろうとしたリディの手をルシアンが掴むと、引き寄せて胸に抱いた。
そして気づけばリディはルシアンに包まれるような形になっていた。

「ルシアン様?」
「その…俺に気持ちは伝わったと思っていいのか?」

「あ!は、はい!でもですね、ちょっとまだ信じられないと言いますか…私がルシアン様が探していた想い人だったなんて、本当ですか?」

「うん、本当だよ。覚えてもらえてなかったみたいだけど」

「すみません。でもルシアン様なら攻略対象ですからお顔を知っていたと思うんですよね。どうして記憶にないだろう…」

思わず首を捻ってしまう。

キャラデザを知っているから直ぐに分かると思うし、そうでなくてもこれだけのイケメンと出会ったら普通は忘れないと思う。

「ちなみにどんなシチュエーションで会ったんですか?」
「俺の両親と食事をした時の話は覚えてる?」
「はい」
「あれは君との出会いを話したんだ」

確かルシアンは以前、食事をしながらリディとの馴れ初めを公園のライラックの木の下だと言っていた。

(ライラックの花のある公園?)

リディが思い浮かべられたのは隠れ家的に使っていた公園の東屋くらいだ。

「もしかして…あの東屋ですか?」
「そうだよ」
「えっでも…」

あそこで会った人物といえばたった一人しか思い浮かばない。
だがあの時の男性と今のルシアンは違いすぎる。

疲れ切った青年がリディの脇に座ったのをきっかけに少しばかり話をしたのだが、あまりじろじろは見るのも悪いと思って、耳だけを傾けて顔は見ないようにしていた。

だからその青年の顔ははっきり見てはいないがそれでも少し見える顔色は悪く、目の下にもくっきりと隈があった。

しかも長い前髪はだらりと垂れて、その間から目が見えるか見えないかだったし、髪の毛も今のように短くはない。放置して伸ばした髪を無造作に括っている感じだった。

「私が知っている男性と全く違いますよ!?」
「でも君は言っただろう?『「死にそうなお顔ですけど…お悩みなら聞きますよ」ってね』

そう、二年前のあの日。
リディは隠れ家である東屋に行って、コーヒー片手にサンドイッチを頬張りながら数字と格闘していた。

開店前で色々な軽費がかさみ、何とか節約できないかと頭を悩ませていた。

その時、珍しく人の気配がして顔を上げると、リディより少し離れたベンチにくたびれた格好の青年が重いため息をつきながら座った。

(負のオーラが出てる…なんか悲惨だなぁ)

そう思いつつも、知り合いでもない人物に声を掛けられるわけもなく、リディはなんとなくそちらに意識を向けながらも帳簿とにらめっこをしていた。

だが突然青年の口からポロリと言う感じで言葉が漏れ聞こえた。

「どうすれば…」

あまりにも重い一言で、このままだと自殺するのではないかと言うくらい切羽詰まったような声だった。
だからリディは声を掛けてしまったのだ。

「死にそうなお顔ですけど…お悩みなら聞きますよ」と。

一応人の悩みを聞く占い師を生業としようとしているのだ。
話を聞いて、気分転換をして楽になってもらえればと思ったからだ。

「ほら、吐き出せば少しは楽になると思います。赤の他人、偶然居合わせただけの人間ですし、お互い知らない者同士でしょ?地面の穴に言うとでも思ってください」

リディはそう言いながらも顔は青年の方には向けず、目の前に咲くライラックを見ていた。

青年は暫く考えたのち、ゆっくりと低い声で話し始めた。

「詳細は話せないんだが、自分は神とかそう言うものの意思で作られてて、俺は人形に過ぎないんじゃないかって思える。努力してもその結果は本当に自分の努力なのか?神がそうさせたから努力しなくてもその結果になったんじゃないかとね。そう言う運命になっているから、自分の意思なんて関係なく、何もかも決まったレールの上を歩いているんじゃないかと思うんだ。だから、自分と言う存在はいったい何なのだろうかと、考えると空しくなってしまってね。人生に疲れたんだ…」

なかなか深くて哲学的な話だったので、リディは何と言っていいのか分からなかった。
多分相手もリディの意見など求めているわけではない。
ただどうしても一つだけ言いたかった。

「私はあなたに説教したり答えを導くことができる高尚な存在じゃないただの街人その一に過ぎないんですけど…ちょこっとだけ言ってもいいですか?」

「あぁ」
「運命って言うのは、一つじゃないんです」
「一つじゃない?」

「はい。いくつもある選択肢の一つにしか過ぎません。いくつか示された選択肢を自分で選んだ結果の上を人は歩いているんです。だから、貴方は決まったレールの上を歩いているんじゃないと思うんです」

リディは今度は持っていたコーヒーに目を向けたまま、青年に話した。
それを青年はただ静かに聞いている。

「そうですね。例えば貴方は努力した結果が、自分の努力の結果ではなく、神がその結果にしたのかもしれない疑問を持っていますよね」

「あぁ」

「じゃあ勉強を全くしなくて、テストで見当はずれの答えを書いたとします。例えば1+1=2なのに、1+1=5ですみたいな。それなのに「そう!1+1=5で正解です!あなたは百点満点ですよ!」とはならないわけですよ。つまり、貴方が残した結果は、貴方が努力したものだと思います」

「じゃあ今までのも俺が努力した結果…なのか」

「はい、そうです!先ほど言いました通り、運命って選択肢です。運命は決まっているわけではなくて、自分で選ぶものなんですよ。だから大丈夫です。貴方は貴方の意思で生きているんです」

そこまで行ってリディははっと我に返った。

(熱弁してしまった!!…熱くなり過ぎた)

若輩者の小娘程度が自分より年上の青年に講釈を垂れるような事をしてしまい、途端恥ずかしくなった。

「まぁ…上手く言えないんですけど、全然自信を持っていいんです!」

リディはそう言ったものの、顔を見ていないので男性の反応は分からない。
ただ、男性がふうと小さく息を吐いたのが聞こえて来た。

「そうか…運命は自分で選ぶものなのか…」

その後は暫く無言だった。
リディは何も言わず、再び出店準備のための帳簿付けを始めた。

ライラックの花の香りを纏った風が、東屋を通り抜けるだけの静かな時間が過ぎた。
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