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人間として生きるか否か①

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気づけばリディは白亜の宮殿にいた。
床は白の大理石のようで、柱も天井も白い。
テラスから風がそよぐのでそちらを見れば鮮やかな緑の森が広がり、蒼穹の空はどこまでも高く青い。

だが目の前にはそれとは対照的に黒い衣服に黒い髪の青年が、水晶の玉座に座ってこちらを見ている。
その青年を見たリディは驚きながらその名を呼んだ。

「まさか妖精王…オベロン様?」
「そうだよ」

にこりと笑う顔は先ほど話していた黒妖精そっくりだ。
先ほどの黒妖精がオベロンだと合致した時にリディは少しだけ項垂れた。

「まさか…オベロン様にオベロン様の取次ぎをお願いしてたなんて…」

なんとも間抜けな話である。
だがそこで自虐的になっていても仕方がない。
現実を見ることにする。

「すみません…ちょっと状況を把握していいですか?」
「いいよ」
「ここはどこですか?」
「ここは妖精界の僕の城だよ」
「よ、妖精界?!」

妖精と話すことはできていたし、彼らは妖精界から来ているのはもちろん理解している。

だがそこに人間の自分が訪れる未来は想像していなかった。

「うん、君の状況は妖精達の報告を受けて知ってるよ。普通の人間なら放置して餓死っていう風になったのかもしれないけど、君は僕達に色々してくれたからね。だから妖精界に呼んだんだ」

気軽に言うが、どうして突然この世界に来れたのか分からない。
気付いたらここに居たというのがリディの感覚であった。
だが一つだけ心当たりはあった。

「もしかして…あれってフェアリーリングですか?」
「ご名答」

オベロンは端的にそれだけを言って口角を上げた。
先ほどリディが寝そべっていた芝生。

あれが人間界と妖精界を繋ぐ妖精の輪(フェアリーリング)…すなわち転移装置みたいなものになるのだろう。

「君はあれを通ってやって来たことになるんだ」
「なるほど…」

一つ状況は理解できた。

だがリディにはもう一つ疑問があった。
先ほどオベロンがリディを見て言った言葉の意味が分からない。

「では、オベロン様の嫁というのは…?」

「だって君は捧げ物だろう?捧げ物って言うのは人外の嫁にという肩書で捧げられるなんていうのはお伽噺の鉄板じゃん?…まぁ、君は僕の趣味じゃないけど」

「あ、はぁ」

最後の一言は微妙ではあるが、まぁ分からなくもないのでリディはそこは突っ込まないでおいた。

妖精王に見初められるような絶世の美女ではないことは重々理解している。

「じゃあ別に嫁じゃなくてもいいんじゃないですか?」
「ふふふ、転生者っていうのに興味があるんだよ」
「!?私が転生者って知ってるんですか!?」

「まぁね。妖精がいる前でそう言う話をしてことがあっただろう?違う世界の話を聞くって言うのも面白そうだと思ってさ」

オベロンがナルサスに被って見えた。

なんで皆、面白い女を嫁にしようとするのか、その思考回路が分からない。

「それにさ、嫁ってことにしておいた方が元人間の君が妖精界で生きるには都合がいいと思うんだよ」

確かにオベロンの言葉には一理ある。
妖精界には元人間が存在する。
それは妖精が人間と妖精を取り替えたり、あるいは人間を妖精界に連れ去って来るからだ。
これをチェンジングと言う。

人間の子供をかわいがりたいという純粋な気持ちで連れ去ることもあれば、召使として使いたいという悪意から連れ去ることもある。

だから、この妖精界に放り込まれたリディは、下手をすれば人間に対し悪意のある妖精の元で強制労働という可能性もあるのだ。

そう言う意味で妖精王の嫁とすれば他の妖精の害意からも守れるということをオベロンは示唆している。

「それでね。君を妖精界に向かえるにあたり、君には妖精になってもらう必要があるんだ。その際には人間界での記憶は徐々に無くなっていく」
「えっ?」

「でも君はもう人間界には居れないだろ?ここに居れば幸せに過ごせる。だって君はもう何にも未練はないって言ってたじゃないか?」
「それは…」

先ほどは意気揚々とばかりに未練はないと言い切った。
だが今度は即答できなかった。

妖精としての生活が全くイメージできなかったということもある。
今までは占いをして生計を立てて、自立した生活を送るという計画があった。

時には外国に行ってその文化に触れ、占い師をしながら日銭を稼いで旅を続けるなんてことにも憧れていた。

それが突然無くなるのだ。
だがそれよりも、やはり人間であった頃の記憶が無くなるというのがリディの判断を鈍らせた。

(記憶が無くなるということはルシアン様との記憶も無くなるってことよね)

もう二度と会えない今、ルシアンの事は忘れたほうがいいのかもしれない。
ただルシアンと過ごした夢のような日々を忘れることには抵抗があった。

言い淀むリディに対し、オベロンは静かに告げた。

「君はまだ、人間だ。だから妖精になるかどうか考えて決めるといい。ただあまり長くは待てない。人間でも妖精でもない君がここに留まれば、自然消滅してしまうから」

自然消滅という言葉に、リディの体に緊張が走る。
よく考えて結論を出さなければ。

「今日は色々あっただろうから、まずは休むといい。君の部屋を用意したから」
「はい」

オベロンがそう言うと女官と思しき女性がリディの傍にやって来ると、付いてくるようにと促したので、リディはそれに従った。

案内されたリディの部屋は真っ白な部屋で、レースの天幕が幾重にも重ねられていた。
その奥には天蓋付きのベッドが用意されていた。

リディはそこにポンと座る。

「色々あったなぁ…。でも、どうしたらいいんだろう」

リディはそう言いながら体をそのままベッドに倒して天井を見た。
答えはまだ見つからない。

そのまま目を閉じているうちに、これまでの疲労からいつしかリディは眠り落ちていった。





妖精界に滞在して数日が経った。
リディは再びオベロンの元に呼ばれていた。

色とりどりの花に囲まれた庭園にあるガゼボに招かれ、今は用意されたアフタヌーンティーセットを前にして紅茶を飲んでいる。

そのうちのマカロンに手を伸ばしたオベロンは、それを頬張りながらリディに尋ねてきた。

「どう?疲れは取れた?」
「体の疲れは取れたと思います。でも、色々目まぐるしい変化だったのでちょっと脳疲労は抜けてない感じです」

「ははは。まぁ、もう少しだけ時間はあるから考えるといいよ。それで、今日は前世の話が聞きたくて呼んだんだ」

オベロンはリディにそう告げたので、リディはオベロンに求められるままに自分の持つ前世の話を語った。

自分が女子高生という身分だったこと、高校はどういう所なのか、部活は何だったか、乙女ゲームとは何か、などなどだ

それをオベロンは興味深そうに聞いていた。

「なるほど。そのハンバーガーと言うのは一度食べてみたいな」

前世の食事の話になり、流れ的にファーストフードの話に移った。
その時にオベロンがそう言った。

オベロンが何気なく言ったのであろうが、リディはその言葉でルシアンを思い出していた。

最後にデートらしいデートをしたのはWデートの時だ。
ハンバーガーを美味しいと笑って食べていた。

(楽しかったな…って、思い出しちゃったよ)

少しだけ涙目になる。
ルシアンへの気持ちを自覚してから、ふとした瞬間にルシアンを思い浮かべてしまう。

(もう未練はないって言ったはずなのに…私結構未練がましいのかな)

自分の女々しい部分を始めて認識した。
それを振り切るように、リディは明るい声でオベロンに答えた。

「材料さえあれば作りますよ!そうだ!シェイクも作ってみましょうか?私はバニラ味が好きなんです。でもイチゴ味もあってですね。こちらもなかなか人気で!」

「無理してる」
「え?」
「ほら、目が少し潤んでいるよ」

バレないと思っていたことを指摘されて、リディの胸がドキリとなった。
それはルシアンへの未練をも見透かされているように感じたからだ。

だがオベロンがリディの目元に触れようとしたのか手を伸ばした時だった。
その手が空中でピタリと止まった。

「おや、誰か来たみたいだ」

オベロンはそう言うと、少しだけ目を瞑り、何か集中しているようだった。
リディはそのままオベロンを見つめて待った。

「あぁ、なるほどね」

オベロンは目を閉じたままそう頷いて言った後に、パチリと指を鳴らせば、テーブルの横に大きな姿見のような鏡が出現した。

そして、その鏡を見るようにリディを促した後に尋ねてきた。

「もしかして彼がルシアンかい?」
「…え?ルシアン様?」

そこに映っていたのは確かにルシアンだった。
だが、リディが驚いたのはルシアンがいた場所だった。
城の最奥、フェアリーリングのある部屋にいたのだ。

「ふーん、やっぱりか」
「まさかルシアン様がここに来てるってことですか?」
「そう。これは今まさにあの部屋を映してるよ」
「どうしてここに?」
「それは、ほら、目的は一つじゃないかい?」

驚きながらリディは鏡に映るルシアンを見ていたところ、ルシアンは何かを見つけたのか突然走り出した。
そして叫ぶ。

「リディ!生きてるか?リディ!」

ルシアンが駆け寄ると、必死の形相で誰かを抱き起していた。

「え?…あれ、私ですか?」

見れば先ほどの芝生に自分が横たわり、それをルシアンが抱き起していたのだ。
だが自分はここにいる。

どういうことかとオベロンに尋ねた。
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